友チョコって、なんのため?
あたしは放課後、ねねちゃんと話してみることに決めた。放課後、いつもなら数人の女子たちと楽しそうにおしゃべりしながら帰っていくねねちゃん。でも今日は、さっきの移動教室の時と一緒で、友達が教室を出て行くのを見届けてから、帰る準備を始めた。
いつも一緒に帰ってたのに、声もかけずに帰る友達。やっぱり、何かあったんだ。蒼太くんの、さっきの理科室での言葉がよみがえる。
バレンタインデーの日に、友達とけんかしたのかもしれないってことだよね。それなら、急にねねちゃんと友達がまったく別行動するようになった理由も、説明がつくもん。
あたしは、帰る準備をしているねねちゃんのところへそっと寄っていく。ねねちゃんとちゃんと話すのはいつ以来だろう。英語の文法の授業の時、席がとなりだから小テストの丸つけのために、テストこうかんはするけど。でも、その時だってまともにお話なんて、してない。ただ、よろしくって言ってるだけだから……。
ねねちゃんは、あたしが寄って来たのをみると、おどろいた様子だった。何の用だろうって顔をしてる。そりゃ、そうだよね。用事がない限り、今まで話すことなかったもん。
「あのさ、ねねちゃん」
「うん?」
「お母さんから聞いたんだけど、何か、友チョコのことで、悩んでたの?」
何か悩みがあるかって聞くより、お母さんに聞いて事情は少しは分かってるって伝えた方が聞き出しやすいと思ったの。
そして、それはどうやら正解だった。ねねちゃんは、お母さんという言葉が出たことで話す気になってくれたみたい。
「お母さん、また余計なことを……」
「ママ友たちの間で、勝手に話されるのって、いやだよね」
あたしは、調子を合わせる。自分のいないところで、自分の話がされてるって思うと、なんかいやな感じがするんだ。
「そう、ほんとにそう。自分たちの話だけしといてくれればいいのに」
ねねちゃんは大きくためいきをつく。それから、仕方なさそうに言う。
「実はバレンタインデーの日、友チョコのことでケンカしたんだ」
蒼太くんが言ってた通りだ。あたしは思う。
「年末くらいからずっと考えてたんだよね、友チョコのこと」
ねねちゃんは遠くを見る目をする。
「入学式の日、すっごく不安だったの。小学校の時仲の良かった友達と別のクラスになっちゃって」
その気持ちは、すごく分かる。あたしもそうだったから。
「とにかく、友達を作らなきゃって必死だった。教室で一人で過ごすなんて、考えただけでもおそろしくて。自分もいやだけど、周りにもどう思われるだろうって気になっちゃって」
そう、周りの目って、ほんとにこわい。周りになんて言われるだろう、どう思われるだろうってこと、あたしも常に考える。
あたしが一学期、学級委員になったのも、同じ理由だもん。他のクラスメートにきらわれたらどうしよう、かげで悪口言われたらどうしよう。
そんなことばっかり考えて。小山田先生に声をかけられた時の、あたしを見つめるクラスメートの視線がこわくて、あたしは自分の意見を言うことから逃げた。
「分かるよ」
あたしは、自然にそうねねちゃんに伝えていた。ねねちゃんは、あたしの目を見ると、少しほっとした顔をする。
「ゆかりちゃんは、いつもそうだったね。いつでもわたしのこと、理解しようとしてくれた」
ねねちゃんとは、幼稚園の頃はよく遊んだ。お母さんたちと一緒に買い物にもよくでかけた。ねねちゃんはいつも、おでかけのときはあたしに手紙を書いてきてくれたっけ。
ねねちゃんは、幼稚園のころは気が強くて、よく泣いてた。そのたびにあたし、ねねちゃんが泣き止むまで話を聞いて挙げてた気がする。
「とにかくその時わたしは必死で、彼女たちに声をかけたの。一人になりたくなくて」
それが、今まで一緒に行動してた女子たちだったってことだね。
「そのおかげで、わたしには居場所はできた。でも」
ここで言葉を切って、ねねちゃんは悲しそうな顔をした。
「そのかわりわたしは、だいぶ無理をして過ごすようになったの。彼女たちが好きな歌手、雑誌いろんなことを研究して、話題を合わせるようにがんばった」
「きっと、大変だったよね」
きらわれないために、仲間外れにされないために。ねねちゃんは一生けんめいがんばってたんだ。あたし、全然気づかなかった。
「バレンタインデーの日の朝。わたしは前々から準備してた彼女たちにわたす用のチョコレートを持って家を出たの」
ねねちゃんは、いすに深くもたれかかる。
「でも、彼女たちには、あたしのラッピングが手抜きに見えたみたい。他の子たちのは、すごく高そうな包装紙に包まれてたからね」
ねねちゃんは、ぽつりと言った。
「友チョコって結局、なんのためにわたすんだろうね」
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