蒼太くんの一言

 次の日、あたしは広瀬くんのくつ箱に、小さなメモを入れておいた。


『あたしと同じクラスの加藤ねねちゃんが困っているかもしれません。 月島』


 バレンタインデーの日は間違えて蒼太くんのくつ箱に手紙を入れちゃったみたいだけど。今日は絶対に大丈夫。何度も何度も確認したから。あの日も、したはずだけどね。


 ほんとは直接伝えに行きたいけど、学校で陽人くんに話しかけようとしたらあのとりまきの女子たちをなんとかしなくちゃいけない。それにあたし、あんまり目立ちたくないから。


 その日、あたしは一日中ねねちゃんの様子を観察して過ごすことにした。すると、今まで見えていなかったものが、見えてきたの。


 そう、数日前までは確かにねねちゃんは、クラスの女子数人と一緒に過ごしてた。移動教室の時も、学校の行き帰りもいつも一緒。


 なのに。


 今日あたしが見た様子は、まったく違っていた。


 ねねちゃんは、一人で教室に入ってきた。少ししてから、いつも一緒に過ごしてたはずの女子たちが入ってくる。


 休み時間も、ねねちゃんは一人。そして移動教室の時ものろのろと授業の準備をして、彼女たちより少し遅れて、教室を出て行った。


 移動先は、理科の実験室。この教室では好きな人たち同士でグループを作って座っていい。あたしはいつも、グループからあぶれた者が行くテーブルにいたんだけど。今日は違った。


「月島さん、こっちこっち!」


 長井さんにさそわれて、あたしは長井さんと田中くんがいるテーブルにおじゃまする。なんだか、誰かにさそわれるって、少しこそばゆい。


 ふと、いつもあたしが座っていた、どこのグループにも入れない人用のテーブルに目を向ける。そこに、ねねちゃんがいた。彼女はぼーっと、彼女がいつも一緒に過ごしていた女子たちの方を見つめてる。


 と、そこへ氷の王子こと蒼太くんが登場する。その時、あたしのななめ前に座ってる田中くんが立ち上がって、あたしの時と同じように言う。


「広瀬ー、こっちこっち!」


 蒼太くん、めんどくさそうにこちらを振り返る。え、ええーっ!? なんで田中くん、氷の王子をこっちのテーブルに誘っちゃうのおおおおっ!


 あたしは不安そうに長井さんを見た。すると長井さん、あたしにウインク。


「月島さん、蒼太くんが気になってるんでしょ。チャンスじゃない」


 長井さん、それ誤解だよーっ!? あたしが好きなのは、蒼太くんじゃなくて、陽人くんだよおおっ! この前一緒にいたのを見て、かんちがいされちゃったんだ!


 でも、今さら否定するわけにもいかないし……とあたしがもんもん考えていると、向かい側の席のいすが引かれる音がする。そして、目の前にイケメンが……。


 おー、目の保養! 神様、ありがとうございます。でも、ほんの少しわがままを言っていいのなら。同じ顔でも、陽人くんがよかったです。


 あたしが見とれていると、蒼太くんが顔をしかめてこちらを見つめ返してくる。


「……何」

「な、何でもないよ! ごめん」


 そういうと、蒼太くんは小さく息づいた。それから、他のところに視線をやりながら、あたしに向かって言う。


「……さっきから、加藤のことばっかり見てるな。好きなの」

「ばっ」


 バカって言いそうになる口を押えて、あたし一呼吸置く。


「ちがうよ! ……気になるから」


 あたしは言って、うつむいた。蒼太くん、笑うかな。いやいや、相手は氷の王子だよ? 笑うどころかバカにしてくるかもしれない。


 でも、実際の彼の反応はあたしの想像に反していた。静かな声がふってくる。


「……あいつ、バレンタインデーで大失敗したみたいだな」


 え? あたしは思わず蒼太くんを見る。彼は、ねねちゃんを見つめてる。


「……たぶん、いつも一緒にいた……友達? あいつらとけんかか何か、したんだと思う。オレに分かるのは、そこまでだ」


 オレに分かるのは? いったい、どういうことだろう……。あたしが蒼太くんにくわしい話を聞こうと思ったとき、チャイムが鳴った。


 授業が終わると、蒼太くんは田中くんとさっさと教室に帰ってしまって、あたしは話しかける機会を完全に逃してしまった。


 もう! こうなったら、自分でなんとかするしかない。直接、ねねちゃんに何があったのか聞く方がいいよね!






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