次に助けが必要な人は

 それからあたしと陽人くんは、長いこと話をしていた。話の中心は、最近困っている人を見かけたかどうかだった。あたしには今のところ心当たりがなかった。長井さんの問題はすでに、解決しちゃったしね。


 でもそんな楽しい、夢の時間は終わりをむかえてしまった。お母さんが帰ってきたの。そのときに、残念ながら陽人くんは帰ってしまった。もっともっとお話していたかったのに。


「さっきの子、広瀬さんのところの子? 雰囲気からして、陽人くん?」


 お母さんがそう聞くからあたし、おどろいちゃった。


「え、なんで知ってるの?」

「なんでって、幼稚園も小学校も一緒だったし、幼稚園の頃はよく遊んでたじゃない。まあ、遊んでた相手は蒼太くんだったけど」


 え? あたしが、蒼太くんと一緒に遊んでた? まったく記憶にないんだけど……。


 あたしが首をひねっていると、お母さんもそういえば、と考え込む顔をする。


「そういえばアンタ、ある日を境にまったく蒼太くんと遊ばなくなったわよね。ま、女の子と男の子だし、そういうこともあるかって気にしてなかったけど」


 そうだったんだ。まあ、幼稚園の時の記憶なんて、ほとんど何も残ってないから誰と遊んでたかの記憶がないのも、まあしかたないかな。


「ママ友たちの間でも有名よ、陽人くんは。サッカー部じゃ一年生でたった一人、ずっとレギュラーに入ってて、すごく人当たりがいいって。反対に、蒼太くんはいつも必要最低限の返事しかしないから、あんまりよく思われてないみたいね」


 陽人くん、お母さんたちの間でも有名なんだ。自分のことをほめられているわけじゃないのに、なぜだかあたしまでうれしくなる。


「ママ友といえば」


 お母さんは何かを思い出したようにあたしに向き直った。


「アンタは、友チョコわたしたりしなかったわね」

「友達が少ないからねっ」


 お母さん、あたしにけんか売ってるのかな。すみませんねぇ、友達が少なくて!


 あたしが怒ってることに気づいたのか、お母さんがあわてて言う。


「ちがうちがう、アンタのことを責めてるわけじゃないのよ」

「じゃあ、何」


 ついついとげのある言い方をしちゃう。


「加藤さんのお母さんが、ねねちゃんのことを心配してたの。友チョコに気を使いすぎなんじゃないかって」


 加藤ねねちゃん。小学校の時に何度か同じクラスになったことがあって、今も同じクラス。お母さんたち同士は仲がいいけど、あたしたちは別にそうでもない。ねねちゃんは、いつも休み時間に同じクラスの女子数人と一緒にいるっけ。


 でもそんなねねちゃんが、友チョコに気を使いすぎって?


 あたしが興味を持ってるのにお母さんは気づいたみたい。得意そうに話を続ける。


「友チョコって、あくまであげなくてもいいものじゃない? でも、年末くらいからずーっとねねちゃん、気にしてたんだって。友チョコどうしようって。手作りにしようか、それとも買おうかって」


 あー、難しいよね。あたし、友達であげる人いないから気にならなかったけど。それでも、陽人くんにあげるチョコレート、手作りか買ったものをあげるかは悩んだもん。結局、小学校の時に仲良くしてた子たちと一緒に手作りしたんだけども。


「手作りにするなら、何を作るか、いつ作るか、ラッピングとかどうするか。考えることがたくさんあって、テスト勉強や塾の勉強がおろそかになっちゃったみたい。この間塾のクラス替えがあったみたいなんだけど、クラス、落ちちゃったんだって」


 そんなに!? 塾の成績が下がってクラスが落ちるほど、悩んでたの!?


「それなのに、なんだか最近元気がないんですって。どうしたんだろうね」


 お母さんはそれだけ言うと、洗面所に行ってしまった。ほんと、どうしちゃったんだろ。それだけ一生けんめい悩んで決めたもの、きっとどんな形でももらった方は、うれしいと思うんだけど……。


 あたしはそう思いながら、リュックサックを自分の部屋に持っていく。部屋にたどりついて、ドアを閉めたとたん、スズが飛び出し、人間の姿になる。


『こんな美人をほったらかしにして、アンタはお楽しみやったなぁ』


 うわ、スズさんすっごくぷんぷんしてる。


「せっかくの美人が、台無しだよ……」


 あたしがそういうと、スズさんぎろりとあたしをにらむ。こわい。


『せやな、台無しやな。だから元の顔に戻すわ。いい情報も聞けたことやしな』


 スズさん、急に楽しそうな顔をする。鼻歌まで歌い始めてる。


「え、どういうこと」

『決まってるやん。次助ける子、決まったやん』


 ビシイッとあたしの方を指さして、スズさんが言う。あの、人を指さしちゃいけませんって、幼稚園で習いませんでしたか。


「えっと、ねねちゃんのこと?」

『それ以外に誰がおるねん。明日、さっさと情報集めてくるで』


 がんばるでーと気合を入れているスズさんをよそに、あたしは考える。このこと、陽人くんにも伝えた方がいい……よね? だって困っている人がいたら、お互いに教えあって情報共有しようって、約束したもん。








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