陽人くん

 教室に着いてからも、授業が始まってからも、あたしの頭の中では蒼太くんの言葉がぐるぐるしていた。


 授業の内容がまったく頭に入ってこなくて、休み時間に入っていたのも、気づかなかったくらい。


「ノートなら、見せてあげるけど……」


 授業をまったく聞いてなくて、ノートもとってなかったと相談したら、長井さんはあたしにノートを貸してくれた。やっぱり、持つべきものは友達だなぁ。


 なんだかんだで、四月の入学式から親しくしていた友達は、クラスにいなかったかもしれない。休み時間中も、一人で過ごすこと多かったし。長井さんという友達ができたのは、スズさんと出会ったおかげだね。


 あたしは、スズさんと長井さんに感謝しつつ、ノートを写す。そんな時だった。教室の外のろうかが急にさわがしくなった。


 なんだろう、と思っていると、ろうかに陽人くんが立っているのが見えた。それから、乱暴に教室のとびらが開いたかと思うと、田中くんが慌てた様子で言った。


「おい月島、広瀬がお前に用があるってさ」


 え、蒼太くんが? そう思って蒼太くんの方をふりかえる。彼は、前にあたしが話しかけたときと同じで、自分の席で本を読んでいる。


「ちがう、そっちの広瀬じゃない。となりのクラスの広瀬だ」


 そう言われて、あたしはびっくりした。え!? 陽人くんがっ!?


 それを聞いて、同じクラスの女子もざわめく。そりゃ、そうだよね。陽人くんは多分この学年で一番モテてる男子だもん。


 あたしは、いたいほどクラスの女子の視線をあびながら教室を出る。陽人くんは、あたしを見つけると、笑顔であたしに手招きした。あたし、そういえば、まともに陽人くんとお話したことないかもしれない。


「急に呼び出して、ごめんね」


 陽人くんはまず、あたしにそう言った。その気づかいがきっと、モテる理由の一つなんだと思う。さらに、顔がイケメンときてるし。


「ううん、大丈夫。……何か用事があるの?」


 あたしが聞くと、陽人くんは小さくうなずいた。そして周りを見わたす。辺りには、あたしたちの様子を監視するように見つめる女子たちがたくさんいた。


「でも、ここでは言いにくいから。放課後、君の家に行ってもいいかな」


 あたしも、これ以上女子たちの注目をあびたくない。だから、ただうなずいた。でも、あたしの家、陽人くんは知ってるのかな。


「それじゃ、あとで」


 そういうと、陽人くんはさっさと自分の教室へ帰ってしまった。長井さんが教室から出て来て、あたしに小声で言った。


「陽人くんがこっちの教室に来るなんて、めずらしいね。蒼太くんがいる教室には彼、近づきたがらないから」


 そうなんだ。あたしがそう返そうとしたとき、ろうかと教室を結ぶ窓から、蒼太くんが見えた。彼は、本から顔を上げてこちらを見つめていた。


 でも、あたしと目が合うとすぐに本に視線を戻してしまった。

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