すなおな気持ち
次の日。教室に着くと、長井さんがすぐに寄ってきた。
「月島さん、昨日は相談にのってくれてありがとう」
休み時間、一人で過ごすことが多い長井さん。そんな長井さんが、あたしが教室に着くなり、声をかけてきてくれた。周りのクラスメートもおどろいた目であたしと長井さんを見つめてる。
「ううん、あたしは何も……」
あたしがそう答えると、長井さんはあたしの机の上にそっと、小さな包みを置いた。昨日見た、ピンクの袋と同じ。
「これ、相談に乗ってくれたお礼。気持ちだけだけど、受け取って」
「ありがとう」
何が入ってるんだろう。気になるけど、先生に見つかってもいけないし、とりあえずかばんに直しておこう。
「家に帰ってから開けさせてもらうね」
あたしはそう言って、そっとかばんの中に包みをしまいこんだ。誰かに何かをもらうって、とっても心があったかくなる感じだね。
その日は、放課後になるまでがとても長く感じられた。もちろん、いつも長くは感じるけど。
終わりのショートホームルームが終わって、放課後になった。長井さんは急いで田中くんの席に向かう。そして、何か彼に言うと、あたしのところへやってきた。
「田中くんに、今から少しだけ話したいって言って来た」
「じゃあ、今から……」
あたし、ごくんとつばを飲み込む。今から、長井さんは田中くんに自分のことをどう思ってるか、聞くんだね。
長井さんは、小声であたしに言う。
「ここだと他のクラスメートたちに聞かれちゃうから、中庭に来るように言っといた」
「それじゃ、先に二人で中庭に行って待ってようか」
あたしと長井さんは廊下を通って、中庭に向かった。中庭に着くと、長井さんはリュックサックの中から、一つの袋を取り出した。昨日大事に持っていた袋。長井さんが一生けんめいに作ったチョコレートがこの中には入ってる。
しばらく、あたしと長井さんはなんでもない話をして、田中くんを待った。長井さんもあたしも、話している内容を忘れてしまうくらいには、きんちょうしていた。
田中くんは、本当に来てくれるだろうか、もしかしたら来てくれないかもしれない。そんなことを思いながら待ち始めて数分。
中庭に、田中くんがやってきた。田中くんは、制服のボタンを第一ボタンまでしっかりとめて、少しずれ落ちた丸メガネを押し上げながらやってきた。いつも猫背な彼の背中が、いつもよりさらに、丸みをおびているような気がする。
彼はゆっくりとあたしたちの前までやってくると、少し戸惑った口調で言った。
「話があるって聞いたけど……」
「うん」
長井さんは、短く答える。袋を持った両手は、後ろで組んでるみたい。
「えっと、あのね。……あたしのこと、どう思う?」
田中くんは一度長井さんを見て、すぐ視線をそらした。そんなストレートに尋ねられたら、田中くんも困っちゃうよね。
あたしはそう思って、悪いとは思ったけど口をはさんだ。
「長井さんが聞きたいのは、田中くんにとって長井さんは、同じ学級委員として、どういう風に見えるかっていうことなんだ」
あたしがそういうと、長井さんすごく安心した表情をする。言葉って、難しいよね。今、長井さんは目の前に田中くんがいて自分の伝えたいことを充分に伝えられるだけの心の余裕がないように見える。せっかくあたしがここにいるんだもん。できるだけ、長井さんが思っていることをあたしが受け止めて、田中くんに伝えてあげたい。もちろん、そのまま田中くんに届くのが一番いいんだけどね。
田中くんは、あたしの聞いた言葉に対して答えた。
「長井は、学級委員の仕事に一生けんめいですごいと思う。オレ正直、自分は学級委員なんてやりたくなかったから、仕事もちゃんとこなす気はなかったんだけど」
田中くんは、長井さんの目を真剣に見つめて続ける。
「でも、長井の様子を見て変わったんだ。こんなに相方ががんばってるのに、ぼくは何もしなくていいのかって。だから、少しでも役に立とうって思った」
田中くん、申し訳ないけどそれ、一学期の時点で思ってほしかった。
あたしは心の中でつぶやく。一学期からそう思ってくれてたらあたし、もうちょっと学級委員の仕事がはかどったと思う。
でもまあ、終わったことは仕方がない。今は、田中くんの話を聞こう。
「田中くんが手伝ってくれるようになったおかげでわたし、学級委員の仕事がしやすくなったよ。ありがとう。でも、わたしのこと、うざいって思わない?」
長井さんの言葉に、田中くんはびっくりした様子だった。そりゃそうだよね、急にうざくないかって聞かれたら返事に困るよね。
それに、うそのことを言ったってすぐにばれる。いくら言葉でうそを並べても、その声とか、仕草でわかっちゃうこともあるからね。
田中くんは、長井さんから目をそらさずに言った。
「うざいなんて、思ってないよ。どうしたらうまく人をまとめられるのか、とかいっぱい本を読んだりして知ろうと努力してるの、見てきたから」
「……ありがとう。安心した」
長井さん、とってもうれしそう。しかしそこで田中くんの表情がくもる。
「ごめん」
「え?」
長井さんが戸惑った顔をする。すると田中くんがうつむく。
「ぼくは人にきらわれるのがこわくて、周りの意見につい、同意してしまったんだ。ほんとうはそんなこと、これっぽっちも思ってないのに。もし、思ったことをそのまま相手に伝えてしまったら、明日から自分の居場所がなくなってしまうような気がして」
田中くんの言葉は、あたしにも、そして長井さんにもきっと納得できることだ。長井さんは、田中くんに笑いかける。
「そんなの、気にすることないって」
そして、後ろ手でかくしていた袋を田中くんの方へつきだす。田中くんは長井さんと袋を見比べる。
「これ、バレンタインデーの日にわたしそびれちゃったんだけど。よかったら、もらってくれないかな」
長井さんの言葉に、田中くんの顔がぱあっと明るくなる。
「ぼくにくれるの!? ありがとう」
そうして、袋を受け取る田中くん。よかったよかった。あたしは、そっとその場をはなれた。このままあたしがいると、じゃまでしかないからね。
学校からの帰り道、誰もいない通学路で、リュックサックがあばれだした。そっとチャックをあけると、ステッキの状態のスズさんが飛び出してくる。
「ちょっとスズさん! 誰かに見られたらどうするの」
『誰もおらへんって、大丈夫やって! それより、上手く行ったな」
「うん」
あたしも本当は、誰かとこの気持ちを分かち合いたかったから、よかった。誰にも見られてないと、いいけど。
『ウチ、なんかな、心がぽかぽかしてんねん。こんなん、久しぶりやわ』
「人のために何かをするって、なんか、幸せな気持ちになるね」
あたしも、スズさんと同じ気持ち。あたしはスズさんを見て、気づいたことがあった。
「ねえ、スズさん。スズさん、少しだけきれいになったんじゃない?」
『そうか? そんな感じ、自分ではせえへんけどな』
そう、あたしから見るとステッキのスズさんが今朝より少し、きれいになった気がする。
『気のせいちゃうか』
スズさんに言われると、そんな気がしてしまうけど……。まあ、なににせよ、長井さんが傷つかなくて、本当によかった。
あたしたちは、るんるん気分で家に帰った。
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