人をきらえば、別の誰かにきらわれる。

 そっと長井さんをふりむくと、長井さんはうつむいていた。あたしは考える。どんな言葉なら、彼女をはげますことができるだろう。


 軽い言葉をなげたら、よけいに長井さんが傷つくだけだ。その時、ふとお母さんが言っていた言葉が頭をよぎる。


「……人をきらう人は、同じように人にきらわれる。悪口を言う人は、別の誰かに悪口を言われる……」

「え?」


 長井さんが顔をあげて、あたしの方をふりむいた気配がした。小学生の頃、あたしがクラスメートに悪口を言われて泣いて帰った時、お母さんに言われた言葉。


「あたしのお母さんが言ってたんだ。人をきらいっていう人は、同じように誰かにきらわれる。誰かの悪口を平気で言う人は、別のところで別の誰かに悪口を言われるんだよって」


「そう……なんだ」


 あたしは、長井さんの目を見つめて言った。


「人のことをよく知りもしないで悪く言う人のことなんて、気にしなくていいと思う。あたしは、長井さんがかっこいいと思うし、これからもそのままの長井さんでいてほしいって思う」


 そう言い切ると長井さん、すごくうれしそうな顔をした。


「ありがとう、月島さん」


 お礼なんて言われることが少ないから、あたし照れちゃうよ。なんだか、心がぽかぽかする。


「ね、長井さん。そのチョコレート、やっぱり田中くんにわたさない?」

「え? ……でも、バレンタインデーは終わっちゃったし、それに……」


 そこで口を閉ざす、長井さん。長井さんが言いたいことは、分かる。田中くんは自分のことをよく思っていないかもしれない。そんな自分がチョコレートをわたそうとしたら、彼はいやがるかもしれない。


「田中くんに、直接聞きに行こう」

「え? え?」


 長井さんは、目を白黒させる。この子、何言ってるんだって顔。分かってるよ、あたしだっておかしいこと言ってるってことくらい、分かってる。


 でも、ここではっきりさせておかないと長井さんはこれからも、後悔することになる。あの時やっぱりチョコレートわたした方がよかったかな、とか。田中くんの気持ちはどうなんだろう、とか。何かあるたびに考えることになる。


 それなら、今、田中くんの気持ちを聞いた方がいいに決まってる。もしかしたら、よけいに長井さんが傷つく結果になるかもしれない。だけど。


「もしかしたら、長井さんが今以上に傷つくことになるかもしれない。だけど、ここで立ち止まってたら、これからたくさん後悔することが増えるような気がするんだ」


「月島さん……」


 長井さんはあたしを見ると、少し笑った。


「いつもは自分の意見をあまり言わないのに。……わたしのために、ありがとう」


 あ、やっぱりあたしって、自分の意見を言わない人って思われてるんだ。ちょっとだけ落ち込む。でも、本当のことだからね。


 長井さんは元気よくベンチから立ち上がるとアタシに向かって言う。


「分かった。明日帰りに、田中くんに聞いてみる。そのときは一緒にいてくれる?」


 え? あたしでいいの?


 あたしは、長井さんを見上げる。長井さんはうなずく。


「だって、わたしの相談にのってくれた月島さんだもん。月島さんと一緒なら、聞ける気がする。協力してくれる……よね?」


 少しだけ自信がなさそうにあたしを見つめる長井さん。


「もちろん、協力するよ。大丈夫、きっとうまくいくよ」


 もし田中くんが変なこと言ったら、スズに頼んで、いたずらしてもらうんだからっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る