田中くんと長井さん

「わたしさ、田中くんのことが好きになっちゃったみたいなの」

「え!?」


 え、ええーっ!? 田中くんって、あの田中くん!? 一学期、あたしと一緒に学級委員をやらされて、二学期も三学期も学級委員を押し付けられている、あの田中くん!?


 長井さんは少しだけほおが赤くなってるように見える。


「初めてなんだ、人を好きになったの。今まで男の子のことなんて、遊びやすい友達としか考えてなかったし。それが変わったのが、二学期始まってから少し経った頃だったかな」


 長井さんは多分チョコレートが入ってるんだろう、ピンクのラッピング袋にふれた。


「田中くん、ああ見えてけっこういいところ、あるんだよ? いつもは手伝ってくれないけど、困ったときは一応助けてくれるし。何か手伝ってくれることはないかって気にしてくれるし……」


 あれ、おかしいな。あたしの時は、全部あたしに押しつけてたよ? 


 そう、長井さんに言おうかとも思ったけど、やめておいた。せっかくの恋心をじゃまする気はないもん。


「ほら、学級委員って一緒にいる時間が長いじゃない? みんなを整列させたり、何かを決める時に司会進行を頼まれたり。そうやって、一緒にいることが増えるうちに、少しずつ……ね」


 長井さんは遠い目をする。


「わたしの親、どちらも人の上に立ってる人なんだ。お父さんは部長だし、お母さんは看護師長。だから、いつも人の上に立てる人間になりなさいって言われてた」


 ああ、だから長井さんはいつでも人をまとめようとするんだね。


「小学生の頃、わたしが班長になったって言ったらお父さんが一言、すごいってほめてくれた時、すごくうれしくて。それからいつでも、人をまとめられる人間でいようと思ったの」


 その時、あたしは思った。ああ、あたしと一緒だって。もちろん、あたしと長井さんじゃ、性格はまったく違う。でも、思ってることは一緒。


 誰かにすごいって言ってもらいたい。認められたい。長井さんは、お父さんやお母さんに認めてもらいたかったんだ。だから、必死に人の上に立てる人になろうとした。


「だからあたし、一生懸命人の上に立つ努力をしようとした。リーダーになるための本をたくさん読んで勉強した。勉強でも上の成績をとれるように必死で勉強した」


 長井さん、みんなには見えないかげで、いっぱい努力してたんだ。生まれつき才能があるんだと思ってたけどそれは間違い。彼女は自分自身で道を切り開いていたんだ。


「だけど。……昨日の放課後、聞いちゃったんだ」


 長井さんは、小さくためいきをつくと一息で言った。


「田中くんと別のクラスの女子たちが話しているところ。その女子たちは、あたしのことをうざいって言ってた。調子に乗ってるって」


 ひどい。田中くんもそんなこと言ったの? あたしがそう思って聞き返そうとすると、長井さんはあたしを見てあわててつけたす。


「あ、田中くんが言ったわけじゃないよ。でも女子たちに同意を求められて、そうだねって答えてた。それで、ああ、田中くんもそう思ってたんだと思って……」


 そこで言葉を切って、長井さんは手に持ったピンクの袋を強くにぎりしめた。


「お菓子作りなんてしたことなくって。とにかくお菓子作りの本をたくさん読んで、作ったの、このチョコレート。でも。わたす前に、その話を聞いちゃったから」


 それで、わたせなかったんだ……。長井さんの話を聞いてたら、なんだかあたしまで、悲しくなってきちゃった。

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