委員長・長井さん

 あたしが長井さんに近づくと、彼女はゆっくりと顔を上げた。長井さんのポニーテールがゆれる。あたしを見ると、少しおどろいた表情を浮かべた。


「月島さん……」

「長井さん、こんにちは」


 あたしはそう声をかけて、言葉につまった。どうしよう、なんて声をかけよう。どうしたのなんて聞いたら、長井さんいやがるかな。


 そう思ってあたしは何も言えないまま口をぱくぱくさせた。その時、長井さんが膝の上に置いていたものが目に入った。


 さっきまで、長井さんが見つめていたもの。それは、ピンク色のラッピング袋に入っていた。袋には、紙の札がついていた。


『ハッピーバレンタイン』


 そう文字が書いてある。もしかして……。


 あたしが袋のことを聞こうか迷っていると長井さんは、あたしと袋を見比べて、小さくためいきをついた。そして、小さな声で言った。


「……聞いてもらっても、いいかな」

「え?」

「……あ、いやだったらいいんだけど」


 長井さん、あわてて言う。え、もしかしてあたしに何か聞いてほしい話があるのかな。


 あたしは、ぶんぶんと首を横にふった。


「ううん、あたしでよかったら、話聞くよ」


 それを聞いて、長井さんの表情がかがやいた。


「ありがとう。誰かに聞いてほしいって思ってたところだったんだ」


 彼女はあたしに、ベンチの空いているスペースを振り返り、言う。


「よかったら、となり、座らない」


 あたしは、長井さんにうながされてとなりにすわる。


「もう気づいたと思うけど、これ、本当は昨日、ある人にあげるつもりだったんだ」


 長井さんは両手で袋を包み込むように持つ。よっぽど、大切な人にわたしたかったのかな。


「でも、わたせなかった」


 長井さんは大きくためいきをつく。そして、急にあたしの顔をのぞきこむようにして見る。びっくりするあたしに、真剣な表情で長井さんは聞いてくる。


「あのさ。正直に言ってほしいんだけど。わたしのこと、どう思う?」


 そう聞かれて、あたしは一瞬答えに困る。でも、正直に言っていいんだよね?


「あたし、長井さんのこと、尊敬してるよ」


 そういうと、長井さんの目が大きく見開かれた。


「だって、いつも先頭に立ってみんなをリードしてくれるもん。あたしには、そんなこと、できないよ」


「でも、そういうのってうざいって思わない? 調子乗ってるって思わない?」


 長井さんがあたしの方にずいっと体を寄せる。そんなに近寄らなくても……。


「ううん、あたしはそうは思わないよ。だって、みんなをまとめるってすごいことだもん。誰にでもできることじゃない。それは、長井さんの長所だと思うよ」


 長井さんはあたしのことをじーっと見つめる。恥ずかしい。だけど、ここで視線を外しちゃったらいけない気がする。


 しばらくして長井さんはほっとしたような表情を浮かべた。


「そっか、そう思ってくれる人もいるんだね。安心したよ」

「どうかしたの」


 自然と、あたしからそう尋ねていた。口に出してからあっと思った。でも、もう引き返せない。長井さん、答えてくれるかな。困っちゃわないかな。


「……わたし、どうやら嫌われてるみたいなの、その人に」


 ぽつりと長井さんはあたしに言った。あたしが首をかしげると、長井さんは少し笑って続けた。


「チョコレートをあげようと思ってた相手にね。だから、わたせなかった」

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