氷の王子の説得へ

 次の日。あたしは、学校へ向かった。腕にはノート。ここには、あたしが考えた「氷の王子説得計画」が書いてあるの。昨日、家に帰ってから、一生けんめい考えたんだ。


 氷の王子が、簡単にあたしたちに協力してくれるとは思えない。だから、どうやったら協力してもらえるか、ノートに計画を書き出してみたんだ。なんだか、宿題がもう一つ増えた気分だったよ。


 教室に着いた。蒼太くんは、一人で本を読んでいる。ブックカバーをしてるから、何の本を読んでるかは、わからない。


 なんて話しかけよう。まずは、昨日のことをもう一度あやまるべきかな。


 あたしは大きく息をすいこむと、蒼太くんの席の前に立った。彼は、あたしが目の前にやってきても、まったく気にせず本を読み続けてる。


「あの、広瀬くん……」


 おそるおそる、あたしが声をかけると、蒼太くんはゆっくりと本から顔を上げた。その表情は、本当に氷の王子そのもの。あたしの肩がびくっとはねる。


「何か用」


 一気に、あたしの体温が下がったような感じ。でも、ここで逃げるわけにはいかない。


「あの、あのね。昨日は、その。……ごめんなさい」


 あたしの声に、彼はひどく不機嫌な顔をした。そして視線を本に戻すと言い放った。


「用件はそれだけ?」


 それだけならもう用はないという感じ。あたしは言葉を続ける。


「ううん。まだあるの」


 それを聞いて、仕方なさそうに蒼太くんは本にしおりをはさんだ。そしてあたしの方を向く。陽人くんと同じ顔立ち。でも、その目はあたしをにらんでる。


「あのね、協力してほしいことがあるの。……スズさんのこと」


 スズさんの名前を出すと、蒼太くんは一瞬きょとんとした。けれど、すぐに何か思い出したようで、ひどく嫌な顔をする。


「嫌だね」


 彼は即答した。まだあたし、協力してほしい内容を伝えてないのに。


「え? でも……」

「悪いけど、オレはもうスズとは関係ない人間だから。その話は二度としないでくれ」


 蒼太くんはそうきっぱり言うと、席を立って、教室を出て行ってしまった。ああ、どうしよう。ノートに書いた作戦、一つも使えないままだった。


 いっぱいいっぱい考えてみたけど、結局、彼の前に立ったら頭の中が真っ白になってしまったんだ。あたし、人と話すことがすごく苦手なの。たくさんの人の前で何かを発表する授業なんて、一番嫌い。なんでこんなことをしなきゃいけないんだろうっていつも思う。


 あたしはとぼとぼと、自分の席に戻った。スズさんの足りない部品を探すのも、時間がかかるかもしれない。


 帰り道。あたしはスズさんに蒼太くんと話した内容を伝えた。人間の姿になったスズさんは、あたしのとなりを歩いている。


『やっぱり、アイツを説得するのは無理があったか。……しかし、どないしよ』


 スズさん、腹だたしげに頭をかく。あたしは、うつむく。


『とにかく、アイツの説得は後や。足りない部品をどうやったら見つけられるのかそれを考えるのが、先やな』


 そう言って、スズさんはあたしのノートを見る。昨日あたしが蒼太くんを説得するために作った作戦ノート。ここには、スズさんの足りない部品探しの作戦も書いてある。


『とにかく、何においても情報が必要や。まずは、魔法のステッキとして重要なお仕事である、人を幸せにすることを実践していくことが必要なんちゃうかな』


「そうだね、人助けをしていれば、足りない部品についての情報が、もしかしたら集まるかもしれないし」


 たくさんの人と交流を持つこと。そうすることで、自分たちに必要な情報が、思いもよらない場所から手に入るかもしれない。とにかく、色んな人たちとつながることが今のあたしたちにできる最大のことなんじゃないかな。


『せやけど、そんな簡単に人助けってできるもんやろか。そもそも、困っている人ってウチ、今困ってますって口に出すことって少ないやろし』


 スズさん、困った顔をする。たしかに。自分で自分が困っているって口に出すことってほとんどないかもしれない。友達に、相談することはあるかもしれないけど。


 あたしたちは、公園の前を通りかかる。ふと見ると、ベンチに座り込んで何かを見つめてる人が目に入った。制服からして、あたしと同じ中学。立ち止まってよく見てみると、あたしと同じクラスの委員長だった。


 あたしが学級委員だったのは、一学期の話。二学期、三学期のあたしのクラスの学級委員は、この委員長だった。長井萌ちゃん。ニックネームは、委員長。クラスのリーダー的存在なんだ。メガネをかけていて、髪型はいつもポニーテール。相手が誰であろうが、思ったことは、はっきり口に出せる人。


 一学期の委員会決めのとき、ちょうど萌ちゃんは休みだったんだ。次の日登校した彼女は、すでに学級委員が決まってしまったと聞いて、すごく落ち込んでたっけ。それを聞いてあたし、萌ちゃんに代わってもらおうかと思ったんだけど、向こうも言ってこなかったし、あたしから言うのもなんだかなーと思って。それでずるずる一学期はあたしが、学級委員をがんばった。


 え? 学級委員って男子と女子、一人ずつじゃないかって? もちろんそうなんだけど、男子の学級委員田中くんは、あたしと同じくみんなに嫌な役を押し付けられた形だったから、全然仕事してくれなかったんだよね。何かあっても、知らんぷり。


「そっちでなんとかしといて」


 そう言われるだけだったし。だから二学期になって委員決めになった時、学級委員に長井さんが手を挙げてくれたときには、すごくほっとしたことは忘れない。これであたし、学級委員の仕事から解放されるんだって、とっても安心したんだ。


 長井さんは、人をまとめたり指示を出すのがとてもうまい。あたしみたいに、へなへなしてなくて、はきはきと次々とみんなに指示をだしてくれる。その指示の出し方が分かりやすいから、みんなも動きやすい。本当に、長井さんはリーダーに向いてるんだなって思う。まるで魔法のように、長井さんの言葉でみんなが動くんだ。


 いつも自信たっぷりな表情をしている長井さん。今は膝の上に乗せた何かを見つめている。


『なんや、知り合いか』


 スズさんの言葉に、あたしはうなずく。


「うん、学校のクラスメート。委員長って呼ばれてる長井萌ちゃん」

『なんか、悩んでいるようにも見えるな。声、かけてみよか』


 スズさんはそういうと、ぽんとステッキの姿に戻る。え、今戻っちゃうの!? 一緒に来てもらおうと思ったのに。


『見ず知らずのウチがおったら相手も警戒するやろ。クラスメートのアンタだけで行った方がええに決まってるやん』


 たしかに。言われてみたら、そうだけど。


『さぁ。アンタとウチの初めてのお仕事になるかもしれん。きばっていくでっ!』


 スズの言葉に背中を押され、あたしは長井さんの方へ歩き出した。


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