ステッキの修理屋さんへ
あたしは、スズさんをかばんに隠して、家を出た。台所で夕飯の準備をしているお母さんが、けげんそうな顔をする。
「学校に宿題忘れてきちゃったから、取りに行ってくる」
「暗くなる前に帰ってきなさいよ」
そう言われながら、あたしは家を出た。家を出たとたん、スズさんがかばんから飛び出す。
『ああ、きゅうくつやったわー』
「文句言わない」
そう言いながら、あたしは自転車を駐車場からだしてくる。そして、かばんとスズさんを、自転車のかごにのせる。
『そんなに遠くないし、すぐたどり着けるわ、きっと』
スズさんは、ノリノリの声で言う。いいよね、スズさんは。あたしは、今から自転車をこがないといけないんだよ。
自転車をこぎ始めると、冷たい風がほおにあたる。二月はまだまだ寒いよね。上に羽織ったコートを引き寄せながらあたしは、自転車をこぐ。
『うわー、こりゃ、楽しいでっ! いつまででも乗ってられるわ!』
スズさんは、とても楽しそうだ。坂道を下って、住宅街をぬけると、そこにはスーパーや薬局、雑貨屋などが並んでる。
スズさんの指示にしたがって進んでいくと、そのお店がたくさん並んでいるなかに、ひっそりと建っている小さなお店を見つけた。
そのお店の前には、木製のかんばんが立っている。そこには、丸字で店の名前が書いてあった。
『魔法のステッキ工房』
スズさんをかかえて、あたしは店の前に立った。そして、スズさんにたずねる。
「本当に、ここであってるんだよね?」
『せや。なつかしいなあ』
どうやら、スズさんはここに来たことがあるみたい。まあたしかに、来たことがなかったら、あたしをここまで案内できないよね。あたしは、ゆっくりと店のとびらを開けた。
ギギィと木がきしむ音がして、とびらが開く。あたしは、そっと中に入った。
店の中は床も天井も、木でできていた。オレンジ色の明かりがてらす店内には、たくさんの杖が並んでる。杖っていうのは、魔法使いがよく持っているあれではなくて、おじいちゃんとかおばあちゃんが持ってるやつね。
「杖がいっぱいおいてあるね」
『これは、魔法を知らない人がたずねてきても大丈夫なようにしてるねん』
そりゃそうだよね。もし魔法使いじゃない人が来て、そこに魔法のステッキがいっぱい並んでたらおどろくもん。
杖が置いてあるたなを通りすぎると、おくにはカウンターがあった。そのカウンターに、おじいさんが一人、座っている。おじいさんはちらっとあたしとスズさんを見た。でも、すぐに視線を下げてしまう。いそがしいのかな。
すると、スズさんがあたしの腕から飛び出ると、カウンターに飛びのって、おじいさんに声をかける。
『久しぶりやなぁ、じいさん! もどって来たったで』
「……誰ももどってきてほしいとは、頼んどらん」
静かだけど、すごみのある声だった。スズさんは話を勝手に続ける。
『あんな、聞いてほしいねん。どうも、調子が出えへんねん。どっか壊れてるんちゃうかと思うねんけど』
「……それは、お前さんのかんちがいじゃないのか」
『ちゃうちゃう! ウチはもっと出きる子のはずや』
スズさんの言葉に、おじいさんは大きなため息をついた。そして、あたしに向き直る。
「お前さんが、スズの今の持ち主か」
今の? ということは、今までにもスズさんの持ち主だった人がいるんだよね。とりあえず、あたしはうなずいておく。
おじいさんはスズさんを手に取った。そして、仕方なさそうに、スズさんを持ち上げたりしてながめる。
『あー、そんなに見んといてぇや。恥ずかしいやん』
「恥ずかしがる必要はない。お前さんはただのステッキや」
『ひどいじいさんやな』
そう言いあいをしつつ、おじいさんはスズさんを色々な角度から見たあと、あたしに向かって言った。
「壊れている、といえば壊れている。しかし壊れていないともいえる」
『どういうことや?』
スズさんの声に、おじいさんは答える。
「スズには、本来必要な部品が足りておらんのだ。しかし、そのパーツをこちらで探して、取り付けることはわしにはできん。お前さんたちで探しだすしか、ないのだ」
『その部品って、どこに行けば手に入るん? さっそく探しに行くわ』
たしかに部品がないのなら、それを探してあげなきゃいけないよね。でも、その部品がもし見つかったとして、どうやって手に入れるんだろう。お金が必要になるのかな。
あたしは考える。あたしの持ってるこづかいで、なんとかなる値段かな。そう思っていた時、おじいさんがまっすぐあたしの目を見つめた。
「お前さん、本当に魔法が使えるようになりたいと思っているのかね?」
おじいさんの問いに、あたしは小さくうなずく。スズさんの足りない部品が見つかって魔法が使えるようになったら、あたしの願いごとを一つかなえてくれるって約束してもらったからね。
おじいさんはじぃっとあたしを見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。
「それなら、足りない部品をスズと一緒に探しなさい」
『だから、どこにあるんかって聞いてるやん』
スズさんが少し怒ったような声で言う。けれど、おじいさんは首を横にふる。
「どこにあるのかと聞かれても答えようがない。ただ、一つ言えることがある」
おじいさんはそこで言葉を切って、スズさんをあたしに返しながら言った。
「まずは、元の持ち主を説得することだ。それがなければ、足りない部品探しをしたところで、どうにもならん」
え? 元の持ち主を探して説得するの? どうやって?
あたしは首をかしげる。スズさんに尋ねてみる。
「スズさん、元の持ち主のことって覚えてる?」
『もちろんやで。忘れへんわ。前の持ち主の名前はな、ひろせそうたっていうねん』
あたし、その名前を聞いてかたまる。そして、おそるおそる、言う。
「えっと……。もう一度、名前言ってもらってもいいかな」
『だから、ひろせそうた、やって。なんども言わせんといてや』
あたしは、それを聞いてがっくりと肩をおとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます