魔法のステッキのひみつ

 あたしは、ステッキをながめる。全体的にうす汚れて、さびている。だけど、真ん中についているハートのかざりだけは、きれいにかがやいていた。こんなステッキ、持っていた覚えがない。でも、あたしの名前が書いてある。あたしが書いた字ではなさそうだけど。


 この近くにあたしと同じ名字、名前の人がもう一人いるのかな。でも、月島なんて名字、この近くにはあたしの家しかなかった気がする。


 うーん、と考え込んでいると、声がした。


『そんな悩む必要、あるかい! ウチはアンタのものに違いないねん。いややけど』


 え!? どこかから声がした!? あたし、あわてて周りを見わたす。でも、誰もいない。あれ、じゃあどこから……?


 あたしが首をかしげていると、もう一度声がした。


『ここや、ここ! アンタの手の中や。まーったく、どんくさいなぁ』


 手の中!? あたしは、ステッキを見つめる。すると、ハートのかざりがきらめく。


『そや。ウチは、魔法のステッキ様やで。しゃべれるんやで。どや、すごいやろ』

「ああ、なんだ。おもちゃか……」


 あたしは納得する。音が出るおもちゃくらい、どこにでもあるもんね。


『ちゃう! おもちゃじゃないねん! 本物やねん』

「え、うそでしょ……」


 会話ができる魔法のステッキなんて、聞いたことがない。おもちゃ売り場で見たこともない。いったい、どうなってるの……。


 あたしは、まじまじとステッキを見つめた。すると、ステッキはぴょこんと起き上がる。


『とにかく、こんなみっともない姿はいやや。家に持ち帰って、きれいにしてーな』


 しかもこのステッキ、どうやらきれい好きらしい。いや、たしかにこれは汚れすぎだとは思うんだけど。


『きれいにしてくれたら、ウチのひみつ、一つ話したるわ』


 聞きたいような、聞きたくないような。でも、あたしの名前が書いてあるってことは、あたしの持ち物ってことで、とりあえずいいんだよね。後で、家に警察の人が来たりしないよね。


 そう思って、あたしはステッキを自分のリュックサックにしまった。それと一緒に、陽人くんにあげるはずだった紙袋も入れる。


『うわ、なんやこのせまい空間! こんなとこ、ウチ、いやや』

「文句言わないで。ステッキなんか拾ってきたってお母さんにばれたら、何を言われるか分からないから。とにかく、ちょっとの間大人しくしてて」


 あたしが言うと、それっきり、リュックサックから声はしなくなった。あたしは急いで家へと向かった。


 ――


 家に着くと、お母さんは洗濯物を取り込んでいた。チャンス。今なら、洗面所でステッキを洗うことができそう。


「あら、おかえりなさい。陽人くんにチョコレートわたせたの?」

「うん、一応」


 うそをつくのはちょっと心が痛いけど、本当のことを話すのもいやだから。早足で玄関を通り過ぎて、洗面所に直行。


 お母さんが二階から降りてくるまえに、なんとかしなきゃ。ステッキに水をかける。


『きゃっ! 冷たいって。ひどいわぁ』

「そんなこと言ってる場合!? お母さんに見つかる前になんとかしないと」


 あたしは、ステッキにありったけのハンドソープの泡をくっつけると、ごしごし手で洗う。


『いたい、いたい! もっと優しくしてーや』

「だから、それどころじゃないんだって!」


 それからさっと水でハンドソープを洗い流すと、タオルでくるみ、リュックサックに戻す。


 リュックサックのチャックをしめたところで、お母さんが階段を降りてくる音が聞こえてきた。まずい。


 あたしは急いでリュックサックを持って洗面所をぬけ、リビングへ出る。リビングから階段へ向かおうとしたところで、お母さんとはちあわせた。


「あら、何か急ぎの用があるの? そんなにあわてて」


 お母さんが顔をしかめる。あたしはあいまいに笑う。


「いや、特にはないけど。ただ宿題をすませてしまおうと思って」


 あたしの言葉に、お母さんはそう、とだけ答えた。よかった、とりあえず変に思われたりはしなかったみたい。


 自分の部屋に行き、ドアを閉めるとリュックサックからステッキを取り出す。そしてタオルでふいてあげる。


『うわ、もっとていねいにしてーな』


 それからタオルからステッキを取り出してみる。土や泥なんかの汚れは落ちたけど、さびはそのままだから、そこまできれいになった感じはしない。


 ステッキは、あたしの手から飛び出る。


『あー。やっぱり、あんまりきれいには、ならへんな。しゃーない』

「ステッキさん、それで、あなたのひみつって……」


 そう、公園で出会ったとき言ってたもんね。持って帰ってくれたら、ひみつを一つ教えてくれるって。


 あたしが言うと、ステッキは、はねまわる。


『実はウチな……』


 もしかして、あたしの名前が書いてあった理由かな。そう思ってごくりとつばをのみこんだ時だった。


『ウチ、しゃべれるねん』


 なんだかすっごいひみつを教えてくれているような言い方だけどそれ、もう知ってる。


「いや、さっきからしゃべってるんだから分かってるよ」


 あたしが言うと、ステッキはぴょこぴょことびはねる。


『そりゃ、そうやろな。でも、アンタの知らないひみつとは言ってないやろ』


 たしかに。言われてみたらそうだけど。でも、ちょっと性格悪いなこのステッキ。ステッキのハートのかざりが、何度か光る。


 すると、ぽんっと音がして一人の少女が目の前に現れた。長くカールした茶髪に切れ長のおめめ。わあ、美少女ってこういう人のことをいうのかな。


『しゃーないから、ウチのひみつをもう一つ教えたる。こうやって人間にもなれるねん』


 そう、美少女の口から言葉が出てくる。ステッキと同じ関西弁。


「もしかして、ステッキさん?」

『せや。ただこの姿になるのは、すごくつかれるから、一回につき数分しか無理や。覚えといてな』


 そういうと、人間の姿になったステッキさんはあたしに詰め寄る。


『ところでアンタ、ウチと一緒に修業する気、あるん?』

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