手作りチョコレートは、涙の味。
時は、今日の終わりのショートホームルームまでさかのぼる。あたしは、机の横にぶら下げたリュックサックの感触をたしかめた。ごつごつした箱の感触。
昨日、みんなで作った手作りトリュフチョコレートが入った箱。忘れてきてないよね。登校する前、何度も確認したもの。
いつもより、一時間早く起きて、髪型もいつもよりきれいな三つ編みにセットしてきた。この日のために、チョコレートをわたすときに何を話そうかシミュレーションもしてきた。準備オッケー。これなら、いける。
あたしは、そわそわしながらショートホームルームが終わるのを待った。来週行われる予定の全学年共通マラソン大会のこと。ああ、そんなこと明日でもいいじゃん。あたしは早く、このチョコレートをわたしに行きたいんだ。
あこがれの、広瀬陽人くん。サッカー部に所属している。目鼻立ちがすっきりしてて、まゆがきりりっとしして、しかも優しくていつも笑顔。こんなの、好きにならない女子いないはずないじゃん、っていうくらいイケメン。
もちろん、学年で一、二をあらそう人気者。
こんな地味で何もとりえがないあたしが、好きになったって、かなうはずはないんだけど。でも、バレンタインデーにチョコレートくらいは渡したい。だから昨日、好きな男子にチョコレートをあげたい女子で集まって、チョコレート作りしたんだ。
だって、バレンタインデーで好きな男子にチョコレートをあげるチャンスは、どんな女子にだってあるはずだもの。
ショートホームルームが終わると、あたしは急いで教室を出た。今朝、学校に来た時に、広瀬くんのくつ箱に、手紙を入れておいたの。
『放課後、一年生のわたりろうかに来てください。 月島ゆかり』
くつ箱に手紙を入れる時、すっごくきんちょうした。誰かに見られていないか、何度も周りをきょろきょろして入れた。けっきょく、見回りの先生に見つかりそうだったからあわててくつ箱に入れたんだけど。
あたしはわたりろうかに急いだ。わたす場所選びは、悩んだ。広瀬くんは人気だから、人に見つからない場所がいい。あとで、他の人になにか言われそうだから。わたりろうかは、部活動の生徒以外は、来ないから目立ちにくい。それに、落下防止の手すりとかべが高い位置にあるから、周りから見えない。
だから、わたりろうかを選んだんだ。そして、それは正解だった。
わたりろうかにつくと、辺りには誰もいなかった。広瀬くん、来てくれるかな。あたしは、リュックサックからチェック柄の紙袋を出すと、腕に抱えた。
すごく、どきどきする。今までにこんな心臓がばくばくすることなんて、なかったかも。
そんなことを考えていたら、遠くから一つの足音が。広瀬くんかなっ!?
そう思ってあたしは、音がする方を振り返った。すると。
そこには、広瀬くんが立っていた。でも、あたしが思っていた広瀬くんじゃなかった。というのも。広瀬くんは、同じ学年に二人いるんだ。
広瀬陽人くんと、広瀬蒼太くん。二人は、見た目はそっくりの双子。蒼太くんが、お兄さんで陽人くんが弟。どっちも、とっても顔立ちが整っている。
だけど、性格は正反対なの。
陽人くんは、名前の通りおひさまみたいに、優しくて、いい人。でも、蒼太くんはいつも無表情でぶっきらぼう。何を考えてるか、わからない。ちなみに、蒼太くんとあたしは同じクラスで、陽人くんとは別のクラスなんだ。
あたしの前に現れた相手は、蒼太くんだった。え? 見た目がそっくりなのに、なんで陽人くんじゃないって分かったのかって? それは、蒼太くんは毎日同じピンどめをしてるから。深海のような暗めの青のかざりのないピンどめ。陽人くんは女子からたくさんピンどめのプレゼントをもらうから、毎日違うピンどめをしてくるんだけど、蒼太くんはいつも同じピンどめを使ってる。そのピンどめで、なおかつ機嫌の悪そうな顔。間違いない、近づいてくるあの人は、蒼太くんだ。
けれど、あたしがチョコレートをあげたかった相手は、陽人くん。
ど、どうしよ~!? しかも、よりによって、氷の王子と陽人くんを間違えるなんて!
蒼太くんは、みんなから「氷の王子」って呼ばれてる。陽人くんと同じ見た目だからすっごくかっこいいけど、話しにくい。誰も寄せつけない感じ。
このピンチは、どうやって切り抜けよう? すなおにあやまったら、許してもらえるかな。
そう思っていた時だった。蒼太くんがあたしのすぐ近くまで歩いてくる。
「……本当に、オレに用があるのか?」
それを聞いて、あたしはただ、首を横にふった。すると、蒼太くんはどこか納得した表情を浮かべながら冷たい声で言う。
「……だろうな。どうせ、陽人に用事があったんだろ」
あたしは、うつむく。怒られるかな。そう思ったときだった。
「……さっさと行けば? 陽人、部活行っちまうぜ」
とがった声で、蒼太くんが言う。少し、気持ちがしずみこみそうになる。だけど、もっとたくさん、文句を言われると思っていただけに、少しあたしはおどろいた。
でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。陽人くんがサッカー部に行ってしまったら、声をかけるタイミングを失っちゃう。だってきっと、たくさんの女子が待ち構えてるはずだから。
あたしは、蒼太くんの顔を見上げた。そしておどろく。蒼太くん、すっごくさびしそうな顔をしてた気がしたから。でも、あたしが見ているのに気づいたらすぐに怒った顔をする。
「行くのか? 行かないのか?」
「いっ、行きますううぅぅっ」
やっぱり氷の王子だ! 怖い! 怒ってるもん! 言葉にとげがあるもん!
あたしは、蒼太くんの前を通り過ぎようとする。その時、上ぐつの先が何かに引っかかるような感じがした。あ、これはころぶ。そう思った時には、あたしの体は傾いていた。
あたしの抱えていた紙袋が宙にほうりだされる。ああ、昨日のあたしのがんばりが。その紙袋の行く先を目で追うあたしは、地面にどしん。
あわてて立ち上がると、蒼太くんが紙袋をキャッチしてくれていた。だけど。紙袋から飛び出したトリュフチョコレートの一つが、ふわふわと空中にただよっていた。
え!? チョコレートが浮いてる!? そんなことって、ある!?
不思議そうな顔をして見つめる蒼太くんと、びっくりするあたし。トリュフチョコレートはしばらく、ぷかぷか浮いていたかと思うといきなり、蒼太くんの口の中へ突進した。
とつぜんのことで、蒼太くんはチョコレートをよけることができず、もぐもぐ。ああ、あたしの愛がつまったトリュフチョコレートが。
「……なんか、よく分かんないけど。ごめん」
蒼太くんがぶっきらぼうにあやまる。あたしもすぐに、あやまる。
「こっちこそ、よく確認もせずに手紙入れちゃって、ごめんなさい」
でも、なんでチョコレートがぷかぷか浮いてたんだろう。不思議。それに、蒼太くん、あんまりおどろいてなかったな。ふつう、チョコレートが浮いてたらおどろくよね。
「じゃ、オレ、部活があるから」
そう言って、蒼太くんはあたしに紙袋を返してくれる。そしてあたしに背を向けて歩き始めた。あたしも紙袋をだきしめて、蒼太くんと反対方向へ走り始める。急がないと。せっかくのチョコレートをわたすタイミングが、なくなっちゃう。
そうして、サッカー部の部室があるクラブ棟にやってきた。学校の校舎とはなれて、運動場の中にあるんだ。でも、もうそこにはたくさんの女子の人だかりが。
そして、その人だかりの中心に、あたしのあこがれの、陽人くんがいた。ああ、これじゃあもう、わたせないや。
あれだけの女子を押しのけて、チョコレートをわたす勇気は、あたしにはない。そうして、視線を紙袋に向ける。そして、がっかりした。
トリュフチョコレートは、箱から出て紙袋の中に散っていた。さすがに、これをわたすことは、できないや。
一気にダブルパンチをくらった気分。あたしはとぼとぼとクラブ棟からはなれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます