ステッキ(自称美少女)との出会い

よごれたステッキ

 あたしは、頭を抱えていた。いったい、何がどうしてこんなことに。


 なんで、間違えたんだろう。しかも、好きでもない男の子にチョコレートをあげちゃうことになっちゃうなんて。さらに、相手が氷の王子なんて……。ほんと、サイアクサイテー。しかも、今朝は変な夢を見たし。


 でも何度考えたって、終わってしまったことは、もうどうしようもない。


 分かってはいるけれど。急ぎ足で中学校の校門を抜ける。その先に広がる住宅街では、恥ずかしそうにチョコをわたす女子たちであふれている。そのうれしそうな顔といったら。


 今のあたしの表情とは、正反対だ。


 ぎゅっと、腕にかかえたチェック柄の紙袋をだきしめる。先週、雑貨屋さんのラッピングコーナーで一時間、どの柄にしようか悩んで買った袋。その中には、おそろいの柄の箱に入ったチョコレートとメッセージカードが入っている。メッセージカードには、こう書いた。


『広瀬くんへ がんばって作りました。よかったら食べてください。 月島ゆかり』


 昨日の放課後、友達の家で作った手作りトリュフチョコレート。ちょっと形はいびつになっちゃったけど、きっと広瀬くんならよろこんでくれるって、思ってたのに……。


 照れくさそうな男の子と、うれしそうな女の子。そんな幸せそうな風景、今は見たくない。そう思ったら自然と視線が下を向く。


「バレンタインだから、仕方なくあげるんだからね」

「義理チョコだろ。わかってるよ、そんなことくらい」


 そんな楽しそうな会話を聞きながら、ふと考える。家に帰ったらお母さんがいる。今は、お母さんにあれこれ聞かれる気分じゃない。だから、家に帰らずにゆっくり考えごとができる場所に行きたい。


 思いついたのは、通学路にある森のこと。通学路から一つ裏道に入れば、小さな森がある。小さいころはよく、木いちごとか、どんぐりを拾ったっけ。そこなら、犬の散歩に来る人くらいしか通らないから、ゆっくり考えごとができるはず。その森は、となりあっている公園と裏道でつながっているの。


 それに。あたしは今朝見た血液型占いを思い出す。たしか、今日おすすめの場所は、公園って出てたはず。公園のとなりにある森だって、公園みたいなものだよね。そういえば、ラッキーアイテムは魔法のステッキって書いてあったけど、魔法のステッキなんて、持ってる人少ないと思うけどなぁ。


 そんなことを考えていたら、足が勝手に森へと続く道に向かっていた。


 森に入る道を進むと、だんだんそばの草むらの背の高さが高くなってくる。ここ、人通り少ないからあんまり、手入れもされないんだよね。


 しばらく歩いたら、座ることのできる石のいすとテーブルが並ぶ広場みたいな場所に出た。あたしは、そっといすに座ってとなりのいすに、リュックサックを置く。


 それから、大きなためいきを一つ。ああ、終わった。あたしのバレンタインデーが、終わってしまった。すっごくすっごく、楽しみにしてたのに。こんなサイアクの形で終わってしまうなんて。もう一つ、ためいきをついて、誰にも見られていないか辺りを見回す。


 その時だった。となりのテーブルの上に、きたない色の細長い物体が見えたのは。あたしは、よく見ようと、身体を乗り出してみる。


 それは魔法のステッキの形をしていた。小さな女の子が毎週楽しみにしている魔法少女アニメに出てきそうなもの。でも泥や土で汚れてしまってるみたい。


 そういえばあたしも昔、一度だけおもちゃのステッキを買ってもらったことがあったな。すごく大事にしたけど、色がはげたりひびが入ったところがあったりして、ぼろぼろになっちゃったから、お母さんが捨てちゃったんだ。


 自慢じゃないけどあたし、まだ魔法少女アニメを毎週見てる。それに、おもちゃ売り場に行くと、必ず女の子向けのおもちゃコーナーに行く。それで変身グッズを見てにやにやしてる。たぶん、他のお客さんから見たらすっごく変な人だと思われるって分かってはいるんだけど、そうせずにはいられないんだ。


 だって、あれと同じものを持ってたらあたしも、魔法少女になった気分になれるじゃない。だからおもちゃを見るたび、ほしいなって思うんだけど。なかなかお値段もするし、そもそもお母さんにとめられちゃう。


『アンタ、もう中学生よ? そんなものを買う年齢じゃないでしょ』


 あたしも去年の四月で中学一年生になった。そりゃ、こういうアニメは小学校低学年までって思われてるかもしれないけど。みんながみんな、小学生で魔法少女アニメを卒業しなきゃいけないなんて、そんな法律ないもん。


 あたしは、となりのテーブルに移って顔を寄せてステッキを見つめる。


 このステッキ、誰が忘れていったんだろう。こんなによごれてしまっていても、捨ててないんだから大切なものに決まってる。持ち主を探してあげなきゃ。きっと、これを失くしたことに気づいて、悲しんでるはず。


 そう思って、あたしはステッキを手に取った。おもちゃのステッキよりずっしり重たい。しかもさびてるみたいで、ざらざらしてる。どこかに持ち主の手がかりがないかと、ステッキを裏返してみた。そこであたしは、ステッキを落としてしまいそうになるくらい、おどろく。


 なぜなら、そのステッキにはこう書いてあったから。


『月島ゆかり』


 な、なんであたしの名前が書いてあるの!? いったい、何がどうなってるの!?




 

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