乙女ハンター

 育ち盛りの三人のことである。泥のように眠った遅い朝には、マーブルはテトの傷の様子を見、ウンと頷きながら、新しい包帯に替えてやりつつ、

「さすが、わたしが作った人工皮膚ー!」

 と、自画自賛したくなるほど、戦傷は快方に向かっていた。ただ、

「今日、一日はゆっくりしてるのよー」


 とも、付け加えると、窓の外に感じる活気を感じながら、テトなどは、「ワカッタ……」とも答えたが、面頬の表情はどことなくつまらなそうにしていたものだ。そして、

「……さてっ。あとはパーツ!」

 と、ひとりごとのように口にしたところで、ガチャリと室内の戸は開き、「ふぃ~、いい風呂だったぜ~い」などと、バスタオルを首に羽織った、黒いセーラー服姿が現れたので、

「マガネー、わたし、出るけど、一緒に来るー?」

「もっちのローンっ!」

「イイナァ……」

「……よし。じゃあ、わたしも着替えるか」


 そして、マーブルは、これまでずっとピンクのパジャマであったそれに手をかけ、スルリスルリと、肌を現しはじめたのだが、それにいの一番に反応したのは、部屋に備え付けとなっている、ロボットたちに一声かければ、自らの髪を乾かせたりしている、ベッドの上で胡坐をかいたマガネの口笛であり、

「いよっ! 待ってました!」

「なにがよ」

「とうとう私に、身を捧げる気になってくれたんだねー。友は嬉しいよー。この日を待った甲斐がありましたー……ジュルリ」

「あほっ。出かけるんだから、パジャマくらい脱ぐわよ」


 ただ、古くからの付き合いにはサバサバした口調で返しながら、抜群のスリーサイズを覆う下着姿が、窓から覗きこむ陽の光に照り返され、そんな肌に、本能むきだしの眼がよだれまで垂らし、マーブルが呆れていると、ふと、マガネは、何かを発見したようにして、


「おやおやおや~。テトくん、何をそんなに真剣に見てるのかなぁ~」

「えっ?」

「…………!!」


 ちょうど、着替え始めといったマーブルが視線を移せば、横になっているテトは慌てたふうにそっぽを向く。


「盛ってたら、治るもんも、なかなか治らないぞ~」

「サ……? オ、オレ、ミテナイ!」

「こーら。またへんなこと言うー。何度も言ってるでしょー? テトは生まれたばっかなの! そりゃ、男の子設定だけどさー、いろんなものに興味あるだけっ! ねー」

「…………!!」

「わっかんないよー。要するに、こいつ、男なんだろ? 男なんて、みんな、エロの塊じゃん」

「さっきから、エロ丸出しでこっち見てるあんたが言うなっ!」


 こうして、トップスに長ズボンなどの一通りを着替え終えたマーブルは、ベルトについたポーチの中身の、圧縮カプセルなどを確かめると、


「ほら、ばかなことばっか言ってないで、いくわよ。じゃあ、テトは、大人しくお留守番ー。待っててねー」

「ガ、ガウ……」

「あれれー。テトくん、顔、真っ赤だぞー?」

「どうしたら、あの子の顔が真っ赤になるのよ! じゃあ、いってきまーす」

「イッテラッシャイ……」


 ギャハハと腹を抱えて笑うマガネを急かすと、外観は、まるで太古の木製のドアが自動的に閉まる瞬間、マーブルは、室内の専用ベッドの上、身を横たえる人造人間の横顔を見届けた。


 旅にトラブルはつきものであったりするが、今回の問題は、いざ外出、となったときに勃発した。

「えっ!  エアバイク、使っちゃだめなの?!」

 それは、まだ、陽の光も盛んだというのに、既に、アルコールにくだをまかせながら、武装をガチャガチャ言わせている連中もある、宿屋のロビーで、圧縮カプセルのひとつを手にしながら、マーブルは思わず、エルフ姿の女将に問うていた。そして、

「えー、だって、いろいろ、空、飛び回ってんじゃーん」

 と、その後部座席にてっきり乗る予定だったマガネも続ける。すると、女将は、八の字眉となりながら、

「王が、街の景観、損ないたくないってんで、お達しなんだよー。そこら辺、許可されてんのは、凄腕のハンターたちくらいなもんさ。観光客ときたら尚更、徒歩か、交通機関を使っておくれー」

「えー、まあ、いっか」

「うちの街は、観光にはぴったりと思うよー。のんびり歩いて、夏休みの思い出にでもしとくれよー」


 ただ、到着した日は気づかなかったものの、賑わう街中を、マーブルたちが歩き出してみれば、いつの時代かと、またもやマガネが呻きたくなるような馬車を、馬型ロボットが引いて闊歩するか、観光客狙いの人力車をひくマッチョな宇宙人が、レンガ道のわきに控えているのが、せいぜいの交通手段とくるのだから、

「……なんか、王様、変わった人だね」

 と、ボソリと、マガネが呟くのも致し方なかったが、

「郷に入っては郷に従えってやつね。ま、いきましょうよ」

 などと、とりあえずはマーブルなどは歩き出す。


 ただ、古き良きヨーロッパの伝統を色濃く残す街並みは、これで、青空に浮かぶ太陽が二つでなければ、ここは地球ではないか、と、錯覚するほどの美しさだ。テトが見事な回復力を見せてくれたおかげで、今のマーブルには、憂いは一切ない。携帯端末でマップなどを検索しながらの、お散歩気分の機材探しも悪くない、などと、気持ちよさげに陽射にまぶしげにし、とりあえずランチでもどうかと、マガネに話しかけようとした刹那、


「……マガネちゃんセンサー……キャーッチ……」


 などと、その横顔は、舌なめずりに、不穏な笑みをたたえているではないか。


「え、ちょ、ちょっと?」

「ねー、そこの君ー!」


 マーブルが問いかける間もなく、舌をだしたまんまにマガネが駆け出したと思えば、街の喧噪のなか、彼女が話しかけたのは、赤いミニスカートの下は、赤いロザリオの模様などの入った白レギンスが覆う、三つ編みのハーフアップをした栗色の長髪の美しい少女であり、ただ、腰元に覗く、赤い鞘に収まる銀色の剣の柄や、豊かな胸であろうが、それがしっかりと防御されている白い胸部の鎧や、スカートを覆うように、腰から広がる白いマントなどは、明らかに、ハンターのそれといっていい出で立ちだ。そして、マガネがニヤリニヤリと二言三言、口にすると、途端に顔を真っ赤にしたハーフアップの乙女は、彼女を見上げ、

「あ、あなた、なにを言ってるんですか?! いこっ!」

 などと、これ見よがしに、すぐ隣にいた、二本の剣を背にする、黒一色のコスチュームの細身の少年の腕に抱きつき、去ろうとしたのだが、ゆらゆらとその後を、ニヤリニヤリとしたマガネはついていくのだ。


「やれやれ……」

 こうなってしまっては、マーブルでも止められないのがマガネだ。もはや、届かぬとも思いつつ、「……あまり迷惑かけんじゃないわよー」と、一言、言い残すと、その場を去るのだった。


 観光がてらの機材集めは、気づけば、街に響く鐘の音も夕刻を告げる頃合となってしまった。一通りを仕入れたカプセルを手のひらで転がしながら、人力車から流れる街の景色などを眺め、

(テトに、淋しい思いさせちゃったかなー)


 などと、マーブルが思っていると、やがて、宿屋にそれは辿り着く。ロビーで、煙草を吹かす女将と挨拶を交わせば、「友達の方は、先に帰ってるよ」などとも教えてもらうと、何故か、彼女はウインクなどしてきたものの、廊下を部屋まで向かおうとすれば、ランプ状の照明の薄明かりの下、部屋の前では、テトが突っ立っているではないか。マーブルは驚き、

「どうしたの?!」

 と、駆け寄って見上げれば、装甲の顔ながら、あきからに狼狽している人造人間は、

「ショ、食事ノ時間ダ、外、デテロッテ……」

「誰が?!」

「マガネ……」

「はあ?!」


 そして、漸くマーブルは気づいたのだが、既にあちこちから、漏れ聞こえるあえぎ声の類だが、なかでも、一番際どいものが、どうやら自室からのようなのだ。

「ま、まさか、まさか、まさか~!」

 嫌な予感とともに、自動ドアの仕組みを稼働させると、マーブルは、躍り込むようにして部屋に入る。


 なんと、ベッドの上では、つい先刻までは、白と赤のコントラストの出で立ちの女剣士の姿だったはずのハーフアップの乙女が、既に素っ裸となっていて、その抜群のプロポーションを貪るようにしているマガネの黒いセーラー服姿が、薄暗い夕焼けの部屋に映えていた。そして、マーブルの姿に気づけば、「きゃっ」と、裸の乙女は、自らの体をがんじがらめとしているそれの意志に促すようにして、その拘束から逃げ出すように離れ、キルトケットで慌てて自分を覆ったものの、

「ん~?」

 などと、恍惚としたマガネ本人の表情は、舌なめずりなどしながら、尚、呑気そのものではないか。


 衝撃的な場面を前に、マーブルが一気に赤面したことはいうまでもない。ただ、テトのことを思えば、でた一言は、

「こ、こらーっ!!」

 と、いう一喝だ。

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