Departure time

 その日も陽射照り付ける、青い空の夏の日だった。緑豊かなマーブル宅の庭には、既にこじんまりとした宇宙船が運び出されていて、コックピットのハンドル前では、マーブルが鼻歌まじりに捜査前のチェックなどを行っていると、

『ママ』

 という無線越しのテトの声が響き渡る。


「んー。どしたー?」

 そして、眼前の船窓ごしに、呆けるようにして突っ立っている巨人の長身の姿などを、マーブルが確かめると、

『マガネ、キタ』

「OKー」


 一度、ハッチを開ければ、ちょうど、一式をリュックに詰め込んだマガネの黒い姿が、いつものように、どこかつかみどころのない歩き方をして、こちらに近づいてくるのである。ただ、その瞬間まで、笑みも絶やさずにいたマーブルであったが、マガネの頬が赤く腫れているのを見た途端、

「あんた、そのほっぺ、どうしたの?!」

「へへ……かあちゃんとケンカになっちまった」


 友は、いつも通り、ヘラヘラとしているが、それを見て、思わず八の字眉ではいられなくなるのはマーブルといっていいだろう。

「ねぇ、ほんとにいいのー? あんた、休みはなんか、スケジュールきっつきっつだったじゃない。これは、わたしの自由研究なんだしさー」

「いいのいいのー。あいつに、ビシッと言ってやったしさー」

「そういう問題じゃ……」

「そういう問題なのー。はーい。じゃあ、この話はおしまーい」


 無理を通されるようにされては、昔からマーブルも感じていたのは、マガネの家の複雑そうな母子関係のことである。「もぅ……!」という一言とともに、それ以上のことはなにも言えなくなってしまった。と、ふと、宇宙船の方に視線をやれば、


「これに乗るの? テトくんには、ちょっと窮屈なんじゃないかにゃ」


 などと、話題を変えたのはマガネであったのだが、

「ふっふ~ん。No problem、なんだなー。テトー、じゃあ、言われたこと、やってみようかー!」

「ガフ。ワカッタ」


 胸を張るマーブルに促され、コクリと頷く巨人は、ガシャーンガシャーンという機械音すら聞こえてきそうなメタリックな足取りを進めると、宇宙船の機体の、船底の方へと潜り込んでいったのだが、そこで、面頬の表情が、「リンク、スタート」などと、呟くと、船底は、なにやら作動を開始し、今や、仰向けに寝かされるようになったテトが船内へと収納されていくのだった。


 そして、そんな一部始終に、いつしかのように、マガネが口笛を吹いてみせれば、

「じゃあ、わたしたちもいきましょっ!」

 と、明朗な、マーブルの声がマガネに振り向き、響き渡るのだった。


 テトがいづこに消えたのか、というマガネの素朴な疑問は、いよいよ船内に入った途端、『スゴイ……! スゴイ……!』と興奮気味にしたテトの声がうるさくしていれば、なんとなく察したのだが、


「ねっ。こうしてあげたら、AI変わりにもなるってわけ。テトー。しばらくは運転、手動にするわよー。あんたは、そっから、見ててー」

『スゴイ……! イロンナモノノ、表示、デテル!』

「それ、いじっちゃだめよー。あー、もう、接続、切っとこ」


 そして、マーブルが運転席にポフッと座ると、

『オオ……! マーブルママ、座ッタ! ワカッタ!』

「当たり前でしょ~」


(げっ……)

 そのやりとりに、なんとなくいやな予感がしたのはマガネの方である。そして、何かを確かめるように、おずおず座ると、

『マガネダ……!』

(げ~……)


 一応、男設定であるらしい物体に、自らの尻の感触を確かめられてしまっては、面白くない。ましてや、マガネは、「感触を確かめる方」という「役柄」で、「徹底」しているほうなのだ。船底を見下ろせばため息をつき、すぐそばでは、運転に向け、鼻歌を歌うマーブルをジト―として見ると、


「……ねぇ、せめてさー、デザリング、かわいい女の子系にしようとは、思わなかったわけ~?」

「はっ? なんの話よ?」

「……はあ~、なんでもない。てか、テトくん、やっぱ、これじゃ、もうAIじゃん」

「そうじゃない! AI変わりの、人造人間っ」

「……へいへい」


 もはや、その手のことには全くの一般人といっていいマガネは、観念するようにして、スカートから伸びる足を組み直しては、両手をあげてため息交じりに返すほかなかった。


「マガネ、シートベルトしめてー。じゃあ、テト―。いっくわよー。発射カウント15秒前から!」

『ガオ……数字、デタ!』

「そっ。テトにとっては、はじめての宇宙だしねー。基本に忠実なとこ、お姉さんが見せてあげる!」

 そして、コックピットの眼前の船窓にも、数字が表示されれば、「……10、9、8、7……」と、ハンドルを握るマーブルも溌剌と、その秒読みをはじめたのだが、シートに足を組んだままにマガネは、はじめこそ、そんな二人の盛り上がりを、しれーと横目でみるようにしながらも、ふと、後部座席に置かれた、マーブルの荷物のほうを振り向いては、


「……ねぇ。やっぱ、どっかの月面国家のリゾート地とかも、いくよね? 夏なんだし、水着、もってきてるよね?」

 などと、マーブルの方に話しかけてはニヤリとし、それにはゾクリとしたマーブルが、「は、はぁ?!」などと振り向いたときには、秒数の読みにもズレが生じてしまい、

「あーん。こんなときに、へんなこと、話しかけないでよ~。マイナス5~! テトー。ほんとなら、0になったら出るのよ~。発射~……!」


 そして、アクセルを踏み出したマーブルが、ハンドルを動かすと、呼応した宇宙船はいよいよ飛び上がり、一路、宇宙に向けて飛び出さんとするのだった。

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