感触
「オ……オ……」
「ほらー。テトー、こっちよー。『歩く』のー。『あ・る・く』」
「オ……オ……アル、ク……」
マーブルの頭部から「誘導」されながら、強い陽射しの下、まるで、ガシャーン……ガシャーン……とした金属音も聞こえてきそうなテトの足取りがゆっくりと一歩ずつを踏み出すと、その人造人間がおぼえたメタリックな足の裏の感触はこれまでと違い、芝生の土の柔らかさが伝わってくる。
「オ……」
そして、人造人間が改めて周囲を見渡せば、直近に見えるのは、なにやら半円をした巨大なドーム状の建物であり、他にも似たような形のものが立ち並ぶなか、青空には、列をなすようにしてあちこちに行き交う飛行物体が、様々な箇所で、ひしめき合っている未来都市の上空が広がっているのである。
「オオ……」
両眼に映る光景を前に、テトは何を思ったことだろうか。ただ、マーブルが思ったことといえば、
「よーし。第一段階は成功、ってとこねー」
「……なーんか、こいつ、効率悪いんじゃないかにゃ。今からでもロボットにしたら?」
「それじゃあ、意味ないの! 見てなさい。テト―、もう、『歩く』、できるでしょー?」
未だ、自らの頭をさすりつつの、白け切ったマガネのちゃちゃに答えながら、頭部に装着した器具を取り外したマーブルがテトの方に話しかければ、その人造人間は、「アルク……アルク……」と、ガシャンガシャンと、みるみるマーブルたちの元まで、近づいてきては立ち止まるのだ。
「ほーら。ちゃーんと、いい子に作ってあるんだから」
「……へいへい」
「よーし。テトー、このまま、わたしたちと『歩く』よー」
「アルク……」
ため息交じりに肩をすくめる友に、マーブルがドヤ顔などをして歩き出せば、テトも大人しく付き従う。
こうして三人は、巨大なドームの一角まで来ると、自動ドアすら開き、すると広々としたロビーに入ったところで、メイド服などを身に纏ったロボットなどが、音もなくマーブルたちに近づいてくれば、
「オカエリナサイマセ。御嬢様」
などと話しかけてくるのである。
「オオ……!!」などと、まるでのけぞるようにしたあとは、瞬時に四つに這えば、まるで本能としてのハンターが目覚めたかのような、なにやら不穏な身構えをしたのはテトであったが、それにはマーブルは苦笑しつつも、「だいじょぶ。だいじょぶよー」などとなだめると、
「ただいまー。とうさんは?」
「オ庭ニ、オラレマス」
「ふっふっふ。ナイスタイミング~」
ロボットの答えに、ほくそ笑むようにすると、テトに、このまま自分たちに着いてくるよう、促すのだった。
廊下のところどころには、風景画などが飾られ、ときに、メイド服のロボットたちはすれ違う。乙女たちの談笑をよそに、テトだけがキョロキョロするのみであったが、やがて、ひとつの巨大な自動ドアの前にて、
「テオー、わたしー、開けてー」
などとマーブルが一声かければ、「……了解。オカエリナサイマセ。マーブル御嬢様」と、どこからともなく声は聞こえ、そして、重い音の響きの果てに開かれた光景の先には、鬱蒼とした木々すら生えた、自然の光景が飛び込んでくるのだった。
なかでは、早速、多種多様な生き物たちが無邪気に追いかけっこなどをしている有様だ。
「……なんか、毎日のように、増えてない?」
すっかり慣れっこといった感じのマガネが話を切り出せば、
「なのよねー。とうさん、相変わらず、捨て犬やら、捨て猫やら、捨て宇宙生物やら、ひろってくんのよー」
未知との遭遇の連続に、図体は大きいくせに、まるで小動物のような反応を繰り返すテトをなだめながら、マーブルは答える。と、ヒョロッとした器官の上にはまるで一つの目の玉でも乗っけたような浮遊物が、小さなUFOのように彼女たちの周囲を舞い、
「オ嬢様、オカエリトシテハ、随分ト、オ早イヨウデスガ……」
「あ、テオー。とうさん、呼んできてー」
ただ、AIの小言などまるでスルーすることもいつもの光景といったマーブルが答えれば、「BOOOM……」と、一つ目部分をぴょこぴょことさせたテオは、まるで呆れたふうでもありつつ、「……承知シマシタ」と、その場を去っていくのだった。
「オ……オ……!」
声なき声をあげるしかないのはテトのみといっていいかもしれない。ただ、そんな巨体を見上げる碧眼は、明朗に、
「テトー。これはねー。庭っていうの。そして、こういったのは、自然、ねー……ほんとは、全部、家の外にあるもんなんだけどね」
「ニワ……シゼン……イエ……」
「そうそう。さすがー、飲み込みはやーい」
説明をしながら、面倒みよく、周囲を見渡す人造人間のことを逐一、誉めることも忘れない。そして、マガネなどが、またもや、そんなやりとりにやれやれといった素振りをみせていると、「ニャー」という、か細い声とともに、テトの足元にじゃれてきたのは、いづこかの猫で、それをいろんな意味でネコ好きなマガネが見逃すはずもなく、「あらっ! にゃんにゃんっ」などと瞳を輝かせば、今度、マーブルは、
「そう。この子は、あんたと同じ、生き物! 猫、っていうのよー」
「イキ……モノ……ネ、コ」
「ふふ……かわいいでしょー? こうやってー撫でてやりなさーい。優しく、やさーしくねー」
先ずは、隣にいたマーブルが手本を見せれば、巨体は、ゴゴゴ……といった間接音すら聞こえそうな雰囲気のまま、徐々に身を屈める。そしてその刹那、人造人間の指先は少し震えていたかもしれない。ただ、まるでマーブルに言われた通りのことをすれば、猫はグルグルとした音を立て、それにも、「オ……オ……!」といった反応しか未だ得られないながらも、その声のトーンには今までと違った、はじめての感激に溢れており、その一部始終を見ていたマーブルなどは、
「よーし。第二段階も問題なし!」
と、腕を組んでは、できに満足している様子だった。
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