親子
「ちょっと~。私も混ぜてよ~」などと、もう、萌え成分に我慢できなくなったマガネもまざろうとする頃、浮遊するテオとともに、キーコキーコと音を立て、まるでこの時代においては化石である自転車に乗って現れたのは、白衣を羽織るだけにした、眼鏡に、たくわえた髭のなかには煙草をくわえた中年男性であり、その者が、「おお、マーブル、マガネちゃんか」などと話しかけ、「あ、とうさん、ただいまー」などとマーブルが答えるときには、テト自体も、あまり驚くことはしなくなっていた。
(…………)
ただ、テトは、本能的に、これまで見たマーブルともマガネとも違う雰囲気に興味を示すと、またもや、ゴゴゴ……とした音の雰囲気とともに立ち上がって、マーブルに「とうさん」と呼ばれた者の方角を向いたのだ。すると、見上げた父親が開口一発目に言ったことといえば、
「ほう。お前さんは宇宙人……じゃないのう~。マーブルの手作りか。随分、ノッポのロボットを作ったもんじゃのうー」
「ふっふっふ……とうさん、この子はロボットじゃないわよー。なんと、人造人間っ! おまけに純度百パーセント!」
「ほう! 百パーの! 人造人間とな!」
そして、眼鏡の向こうが煌めいたと思えば、娘の発明品に途端に専門用語で質問をはじめ、得意げにマーブルが答え始めると、そこからはまるで二人の世界のようになっていくのだ。
ポツンと取り残されたようになったのはテトの方であった。すると、ちょんちょんと指先でつつく感触とともに、見下ろせば、マガネがニヤリニヤリとしていて、そんな彼女に手招きされるようにすれば、自然とそれは耳を傾けるような仕草すら形作られたのだが、テトの人生初の耳打ちは、マガネの、「あの親子はさ。天才なんだよ」という一言だった。
「オヤ……コ……テン……サイ……?」
「そう。あの二人。天才発明家の親子なわけさ。オタカラコーポレーションは、世界、いや、銀河中に、そんな発明品を販売する有数企業のひとつってわけ」
「ハツ……メイ……? セ、カイ……ギン、ガ?」
「こーら。マガネ。まだそんな難しい話、わかんないわよー」
そして、オウム返しにしているテトの声に気づいてマーブルは振り向くと、「たまげたの~」などと、改めてテトの方を見上げてる父親などには、
「ふっふっふ~。そんなわけでー、そこんとこのレシピは秘密ー」
と、マーブルは切り上げるようにし、「よーし! テトも、マガネもーわたしの部屋いこー」などと号令をかけるのだった。
自動ドアが開かれれば、天井から吊り下げられたカモメの飾り物や、木目の整ったフローリングに、一式の整った白い布地のベットの佇まいなどは、古今東西変わらぬ、女子のほのかな香りがかもしだされている 。ただ、広々としたスペースには、「格納庫」にもあったような作りかけの車やバイクなどが安置されていたし、テーブルの上にすら、工具がほうっておかれるようにしてあったのは、マーブルという女子特有の個性といったところだろう。
鼻歌を歌いながら、まるで、慣れたふうに、マガネは入室したものだが、なにか、これまでともまるで違う空気にくるまれた一室に入ることをためらったのは、テトに備えられた「性」が反応したのかもしれない。そして、それを早速悟ったのがマガネだったのか、
「おやおやー? ずいぶん、うぶだなー。はじめての女の子の部屋に、ときめいちゃったかにゃ?」
「ばか。この子は、さっき、生まれたばっかりなのよ?」
マーブルが突っ込めば、マガネは、「わかんないよ~」と、おどけてみせる。ただ、マーブルは気を取り直すようにすると、突っ立っているテトの方を見上げ、
「さあ、テト! ここが、わたしの部屋。カモ―ン」
と、促し、漸く応じたテトは、「ヘ……ヤ……」などと呟きながら、ガシャリガシャリと一歩を踏み出していくのだった。
「クッションに……じゃあ、あと、つくか。テトは、そこで、おすわりー」などと、マーブルがテトにフローリングの上にてお座りを教え込ませてる頃、
「キミのママはねー。要するに、ものすっごい、お嬢様、ってわけなんだー」
「マ……マ……」
「こらっ! へんなこと、教え込もうとすんじゃないわよ」
すっかり定位置といったふうなクッションに胡坐をかいて座ったマガネはおどけ、すかさずツッコミを返すマーブルが、「そんなこといったら、マガネだって!」などと言いかけた、そのときだった。
「あらー。マガネちゃん、いらっしゃーい」
さなかに自動ドアはふたたび開き、そこには金髪の長い髪をトップでまとめた、ニコニコとした笑みも崩さない美魔女が、手にした御盆の上には、グラスに入ったジュースなどを置いて佇んでいるではないか。
「あー。ママさん、ちぃーす。ほらーテトくーん。この人なんかは、マーブルの、ママだ。これで、家族、揃い踏みー」
「マ……マ……カ……ゾク……」
「そう。ママ。ちなみにマーブルのママさんは外人さんだから、キミのママは、ハーフなんだぜー」
「ハ……フ……?」
「だから、次から次へとー……」
マガネのいたずら心にはもはや呆れて注意を促そうとマーブルがするが否や、
「あらー、マーブル、いつのまに、こんな大きい子、産んだのー?」
「産んどらんわっ!」
「見るからに、パパは、宇宙人って感じねー。どこの星の人ー?」
「パ……パ……」
「パパなんて、おらんわっ!」
「あら、なら、マガネちゃんの子ー?」
「デへっ」
「わたしは、男の子が好きだって言ってるでしょ! もう、かあさん、ほんと疲れるー。この子はわたしの作った人造人間っ。ほら、もう、それ、置いて! とっとと、いって!」
「もう、反抗期ね~。じゃあ、マガネちゃーん、ジンゾー? ちゃーん、ゆっくりしていってねー」
「名前はテトだ! 一緒に暮らすんだからおぼえとけ!」
突如、展開された親子の応酬は、テトにとっては、まるで光の速さでついてけない理解であったが、刹那、裂けた口が、ガフ……などという空気音とともに漏れたのは、それが彼にとってのはじめての笑顔かもしれなかった。
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