太陽の帝国Ⅱ

少女の日常 

 未だ、夢現の中を漂う「彼女」の、その名を何度も呼ぶ声が意識の中に入り込んでくる。

「モ……嬢……」

(ん…………)

 その機械の声には、子供の頃からすっかり聞き慣れたものだ。だからというわけでもないが、「彼女」はすぐに、夢の中へと、再び消え入りそうだった。

「モモ……嬢……」

(んん…………)

 だが、今回は相手もひく気はない様子だ。自らのドローンの体が放つアラーム音を、更に大きくして、「彼女」の起床を催促してきている。


「モモ……嬢様……」

(…………も~う…………っ!)

 まだまだ少女である年ごろは、クラスメートと夜遅くまで、立体映像の電話通話の女子トークに花が咲いてしまった故に、昨夜というか真夜中近く、自ら頼んでおきながらも、アラーム音のけたたましさに腹立たしくなってきてしまった。宇宙人の親友とは、少し、複雑な関係なところもあるのだが、やっぱり、もつべきものは友達なのだ。彼女との会話はいつも楽しい。


「モモ御嬢様……オハヨウゴザイマス……」

 いよいよ意識は嫌でもはっきりせねばならない時がきたようだ。だが、人工知能AIにモモと呼ばれ続けた「彼女」が答えた事と言えば、

「ん~。テオ~。あと五分だけ~」

 という寝ぼけまなこであり、未だ、アラーム音を自らのドローンの機体から流しつづけるテオと言えば、その、機体の中から、ちょこんと伸ばした先にある一つ目のスコープの眼を、グルグルと回してみると、

「モモ御嬢様、コレデ五度目ノ、スヌーズ対応デゴザイマス」

 と、更に、自分のアラーム音をうるさくする事であったのだ。


「ん~……」

 顔を隠すようにしていたシーツから、今や、寝ぼける可憐な指先が、自らの枕元にあったはずの端末をさぐりあてると、再び、潜り込む。そして、時間を確認すると、

「たいっへんっ……!」

 慌てて飛び上がり、ガバッと起き上がったのは、長い黒髪の半袖パジャマ姿の美女であり、

「……モモ御嬢様ガ、遅刻スル確率、現在、八十ニパーセント」

 周囲を、テオはしれっとした口調で、飛び回っていた。


 乙女の部屋は今や、大パニックである。しばらくバタバタとした音が聞こえていたと思ったら、勢いよく襖を開けたのは、首元のリボンに、シャツの上から着込まれた、黄色い薄手の生地が印象的な、茶系統のチェック柄のスカートは短き、夏服の女子高生の姿であった。その後は、幅のせまい階段をドタドタドタドタ……! と駆けおりていくと、せまいリビングでは、既に朝食も終えた様子の老夫婦がいて、テーブルに座った、すっかり腰もまがって、皺だらけの老人の方が、端末にて、最近、話題である「猛鬼」についての新聞記事を眺めながら、

「怖いのう~……」

 などと呟いているところで、老婦の方は、大昔のやり方のままに台所に立ち、手動で、食器を洗っているところであった。とうとうモモが、そこに辿り着いて放った一言と言えば、

「マミー!」

 という、厳しい口調であり、台所に立つ婦人の方が、それに答えるようにして顔を向けると、モモは、尚、睨みつけながらも、

「なんで、起こしてくれなかったのよっ!」

 なぞと言ってのけるのであった。


 だが、背筋もしゃんとした、マミーと呼ばれた老婦に、にこやかに、

「何度も、テオがいったでしょ~」

 と返されれば、何も言い返せない。

「いつ見ても、うちの孫はかわいいのう~」

 立体映像で映し出される新聞記事では、添付されていた音声解説サービスが、目下、銀河の脅威である「猛鬼」に対して、太陽系連盟内における、各星々の国連議長、代表同士たちなどで、派兵の人員の配分にもめている話などを語っていた。そんな新聞情報を手にしたままの老人は、老婦と少女のやりとりに我、関せずに、好々爺として、モモを見上げるようにして眺めると頷くのみであった。


 幼き日に両親を亡くし、祖父シバサクと祖母マミに育てられた事以外は、モモはクマソの、どこにでもいるような女子高生だ。

「そうよっ! テオっ! なんで、起こしてくれないのよっ!」

「……五回モ起コシニ行キマシタガ……」

 人工知能が、答える事には耳もかたむけず、快活な乙女は家の中を駆け抜ける。中途にあった仏間にて、

「お母さん、お父さん、いってきます……!」

 などと、そっと語りかけたりした後は、玄関までまっしぐらだ。

「朝ごはんは~?」

「いい! 間に合わなくなっちゃうもんっ!」

 いつものやりとりの最中、少女が、その革靴も履きかけた時であった。


「あっ! ほらほら、お弁当!」

 リビングからは祖母マミの呼び止める声がする。

「婆さんや~。な~んで、うちの孫はあんなにかわいいのかのう~」

 祖父は相変わらずマイペースである。そして年の離れた自らの旦那の相手をし続ける祖母の声がする中、今にも一包みにされた弁当箱が、廊下の中を、ドローン姿のテオであるかのように浮遊して、モモの元までたどり着いてくるところなどは、少なくとも地球人同士の家族の家には、あまりない個性かもしれない。


「サンキュー! マミー!」

 それを当たり前のように、誰の仕業かも解れば、自分の名前の発音と、親変わりとかけて子供の頃からしつけられていた呼び名を呼んで、彼女は受け取り、今や、目の前の引き戸調の自動ドアを開けると、一面にひろがる田園と畦道の果てには四方に山が連なり、一際に至るところで蝉の鳴き声が響く、太陽の陽射し眩しい、クマソの夏があった。モモは、いつ見ても大好きな故郷の風景を、一瞬、笑顔と深呼吸と共に仰ぐようにしてみせたが、

(テオの、計算なんて、蹴散らしてやるんだからっ!)

 なぞと思い切ると、

「……ダッシュっ!」

 と、思い切るように、田園の中を駆け抜け、我が家の日本家屋を後にするのであった。


 だが、この日はスポーツ万能のモモの健脚であったにしても、畦道の中にある最寄りのバス停からは、ギリギリ間に合うはずのバスも、今や、天空はるかに飛び立ってしまったところだ。

「……あっちゃ~」

 とりあえず、息を整えながらも、モモはため息をつくほかない。学校のある中心街の未来都市の街並みの姿までは遠い距離でしかない。これでは遅刻は確定で、やはり、人工知能の計算の前では、人類は無力であるのかもしれなかった。


「あーあ。……よわっちゃったな~」

 とりあえず、モモは、すったもんだで乱れた髪なんて整えてみた。そして、次に彼女がした事と言えば、クルクルと周囲の人影を確かめる事で、街外れの田んぼには、蝉の鳴き声以外、何もないことを確認すれば、用心には用心、と、そのバス停にある待合所の裏にそーっと忍び込むのだ。


(…………)

 鎮守の森の木陰ともなっている、その場所で、

「帰ったら、またマミーの、ずるはだめ。だろうな~」

 そしてひとりごちながらの少女が、ふっと目をつぶれば、その制服の上からでも抜群のスタイルの良さが伺い知る事のできる体は、みるみる輝いていき、次の瞬間には掻き消えたのである。そして瞬く間もなく、次にモモの姿が現れたのは、学び舎のすぐ直近の未来都市の中の街角で、種もしかけもないのに弁当箱などを浮かばせるだけでなく、このような瞬間移動の芸当までも朝飯前である、先祖伝来の能力を、モモは「ミラクルパワー」などと呼んでいた。ただ、家族以外に他言無用のこの「パワー」は、血縁由縁の悲しいさだめか、使用すると、何故か祖母にはばれてしまうのだ。


 シバサクは、腰をまげたままに、ただただ、好々爺に頷くだけであったが。


「おっはよー!」

「おはよー!」

 そして登校する女学生たちの群れに、何事もなかったように、モモは滑り込むと、早速、友人知己と遭遇し、元気に挨拶を交わし行く。


 モモの通う女子校、聖トーハー女子高等学校は、地球上のどの学校ももれなくそうであるように、地球人のみならず、他の異星から移住してきた人々をも、学生、教師問わず、共に在籍している女の園であった。朝の活気ある廊下と教室は、様々な形をした多種多様な乙女たちが、バラエティーも豊富な各自気に入った制服を着込んで、賑わっている。道すがら、一緒になったクラスメートと会話を楽しみつつ、教室に入れば、またもや挨拶のオンパレードだ。容姿端麗、文武両道なモモはクラスの人気者である。と、席に向かうまでもなく、ズルズルズル……と、床を這いずってくる触手のようなものがあれば、それは途端に、モモの豊かに突き出された胸を、制服越しに雁字搦めにすると、

「ふぇぇえええええっ?!」

 と、黒髪の乙女が赤面する間もなく、

「モーモーっ! 会いたかったぁ~!」

 体の様々な器官を伸縮自在にできる種である宇宙人を親にもつ、親友のムーコが、四本の指を伸ばしては、今や、胸のみならず、モモの体中を這いずり回るようにして、とうとう、後ろから抱きついてくるのであった。


「あんっ……! も、もうっ! ムー……コっ?! あんなに、お喋りしたばっかじゃないっ!」

 ぬめぬめした体に、大きな唇と、まるでかたつむりのように、触覚の上についた目の玉の親友の方を振り向き、その過剰なスキンシップに顔を赤らめながら、モモは困惑気に答えると、

「だぁってぇ~……FUUUU~」

 今や、口元の器官を伸ばしてきては、モモの首筋に息を吹きかけ、

「ひゃあああああああっ!」

「うふふ~っ! モモったら、び、ん、か、ん!」

 ゾクゾクとしたモモをムーコはからかい、

「も~ぅっ!」

 異星の親友に、顔を赤らめて怒る事は、もう日常の光景だったのだ。


 やがて、皆が着席する頃、宇宙人の担任がやってくれば、モモに負けず劣らずの美少女で、黒く長い髪には、髪留めのようにした白いリボンが両側からのぞく、半袖のセーラー服姿の学級委員長サクヤが、

「起立っ!」

 と号令をかけ、「ごきげんよう」という挨拶と共に、学校生活ははじまるのであった。


 かつて、未だ地球人の数の方が多数派であるにしろ、地球には地球人しか住んでいなかった、と言っても、あまりピンとこなくなってる世代がモモたちの世代であった。大昔は、異星人とハーフというだけで、差別された時代もあったらしい。今では、授業でも、共に肩をならべる仲である。と、ある授業がはじめる時の事だった。教師に向け、学級委員長は挙手すると、ある空席の座席を指し、クラスメートは具合が悪いので、保健室にいっていることを伝えたのだ。口にした名前と指さした方向を見て、

(……あれ、あの子って、確か……)

 と、いつの間にかの空席を見て、モモは、ぼんやりと思う。


 事の始まりは授業中だった。液晶パネルの黒板にて授業が展開される最中、何かのタイミングを見計らっていたサクヤが、自らの机の中に向け、

「なるべく、はやめに、ね…………」

 と、いつもの穏やかな口調で語りかけるのが、席も近いモモには聞こえてしまったのだ。


 その時点で、多少、予想はできてしまったモモではあったが、やがて、彼女の机からずるりと這い出てきたのは、もはや人間の頭くらいしか大きさがなく、ギョロリとした眼と、のっぺりした口以外はクラゲのように何本もの触手しか生えていないので、制服の着用すら義務付けられていない、保健室にいったはずの異星人の同級生、ヒルコが、一応、女子であるかを表すかのように、青白い頭部に、サクヤからのプレゼントである水玉のリボンを付けている姿で、やがて、その姿が、自らのスカートの中に潜りこんでこんでくるのを、委員長は許すようにしてやると、ヒルコの触手は、今やその下着を脱がし、何やら更に奥に入ってこようとすれば、サクヤも受け入れるように足を広げ、とうとう、下着は、そのまま床までストンと、あっけなく落ちてしまう頃、ヂュ……ヂュウ……と、既に何かを吸い始める音ははじまっていたのだが、顔を赤らめたサクヤは、なんとか、授業に集中しているそぶりをしつつも、

「は…………あ…………んっ……」

 という、女が聞いてもドキッとしてしまうような、艶っぽい吐息を漏らすことも禁じ得ず、

(………………っ)

 たまにある光景とは言え、モモも、やはりドキドキには耐えられないのであった。


 そして、地球人の女性の体液の成分に、下手をすると生命にも関わるほどの、大事な栄養源が似通っているという、自らのクラスの学級委員長のパートナーの種族のことを思えば、

(あの子も、朝ごはん、食べてこなかったんだわ……)

 なんて事を思った。


 周囲が赤面する中、サクヤの秘部を転がしては啜る音は、嫌でも目立ってしまう。だが、赤面し、吐息と共に、たまに俯くことはあっても、委員長の、潤む大きな黒い瞳は、それにのまれまいとする葛藤の間で、むしろ睨むかのように目の前のパネル画面を見入ったりもしている。教師もまた、机間巡視も行えど、その成分を摂取しなければ、干からびてしまうこともある、ヒルコという生徒の種の性質を知っていれば、見てみぬふりが定石となっており、セーラー服ぞいに見える、クラゲの腕なのか足なのかそれすらも解らないものたちが、やがて豊かな胸まで、とうとう搾り取るように弄っていれば、最早、本人が、「食事」という域を超えた、恋人同士の「行為」にまで走っている事も明白なのだが、

「あ……あ……あ……っ」

 サクヤは、とうとう、どこか虚空を見つめたまま、軽く達してしまったようである。


 いくら自分の立場が彼女とは言え、授業中の羞恥も相俟って、赤面の乙女の瞳にグスン……と涙が浮かぶのを、ズルリと伸びたヒルコのクラゲの腕はそっと拭き取ってやりながら、満喫し終えては、スカートから出、いそいそと下着を元に戻してやろうとしはじめた。すると今度は、そんなヒルコのリボン頭を、サクヤが優しく撫でていて、美女と異形は、今や、時も忘れたように、熱く見つめあったりしているではないか。


(ひぇ~…………っ)

 いつ見ても凄い迫力である。モモは、見ないふりをしつつも、とっくに赤面だった。すると今度は、自分の体に何かが触れてきたので、すぐに誰が正体だか解るモモはムーコの座ってる席の方をきっと睨み、

(こ、お、ら、っ!)

 と、口パクするのだ。

「ちょっとだけ~……ねっ?」

 そして伸びてきた触手の先にある口先は囁き、

「いいな~……ヒルコとサクヤ、ラブラブで~。……子供、三人は産むんだ! って~、サクヤ、張り切ってたよ~」

 足元にまとわりつく親友は、世間話すら続ける。


 異星間交流も当たり前となった上に、同性婚した場合の女性は、本来、備わっている器官のおかげもあり、互いの実子を直接もうける事も可能な医療技術も確立され、男性よりも、様々な意味で選択肢が増えた時代となって久しくなっていた。ある日の忘れ物があった放課後、モモが教室に戻ろうとした時、激しくむしゃぶりつく音に応える女の声に、そっと、少しだけ開いたドアから室内を覗くと、制服のほとんどがはだけたサクヤの肌が、夕焼けの茜色を照り返していて、宙に浮かぶクラゲのヒルコが、すっかり夢中な顔で、喰らいついている最中だったりしたものだ。


 その時のそれが、食事だったのか、行為の最中だったのか、その両方かは、二人にしか解らない。ただ、顔を真っ赤にモモがする中、たとえ自分がマウントをとられているような体勢であっても、相手の顔を振り向いて見つめる、クラスメートの同種族の、頬を桃色にした表情と潤んだ瞳は、抱かれてる事に幸せそうだった。

















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