猛鬼、襲来

 あまりに器官が顔面しか解らない相手の事である。そもそもがどのように子種を増やしているのかも計り知れないが、目の前にいる同級生二人の、種族を超えた愛に対して、モモ自体も理解はある。ただ、問題はそこではなかった。

「…………」

 やがて、口をへの字にしたモモはムーコの席をじっと見つめる。足元では察したムーコが、

「わかってるわよぉ~……」

 と、口先を尖らしていた。もう、何度か、モモはムーコの告白を断っているのだ。


 自分とも座席がすぐ近くである、学内で有名人の、聖トーハー女子高等学校で、「二大美女」などと皆からもてはやされている片翼は、結局、宇宙人の女子との恋愛を選んだわけなのだが、もう一人の「二大美女」であるモモは、同じ学校の生徒のみならず、挙句の果てに教師にまで告白されては、時に、襲われそうになるくらいの日々も続く中、どれも丁重にお断りを続けていた。そして、親友と思っていた相手にまで思いを告げられたその時には、流石に困惑も解消するまで時間がかかったものだが、本人の真剣な思いは受け入れられないとは思いつつ、実際、誰よりも、一緒にいて楽しいのはムーコであり、その後、本人からも友達でいいからこれからも仲良くいたいと言われてしまえば、もう、少々の過度なスキンシップくらいはモモも許してやることにしたのだ。


「ふふ、モモ、今日も~すっべすっべー。きっもちい~」

 生足にまとわりつくその感覚自体は、まるでじゃれつく犬か猫、と無理矢理でも思おうとすれば、思えなくもない。 

(……やれやれ)

 机上にひじをつけば、溜息の一つもついてそれを許してやる。

「え~。なによ~! 見せパンじゃーん!」

 気づけば、ムーコはとうとう目まで伸ばしてきては、モモのスカートの中まで覗き込んできている始末ではないか。結局、ずるになってしまったとは言え、今日は、猛ダッシュを覚悟で家をでたのである。目の前の委員長のようにはいかないんだぞとばかりに、モモは親友の方を振り向くと、

(ばあかっ!)

 と、あかんべーをし、おどけてやった。


 異形の女性に好かれる傾向があるのは誰かの遺伝だとでもいうのであろうか。相変わらず、ズルズル、ユラユラと這いずり、揺らめく友の、ある程度の接触は許してやりながらも、残念ながら、モモにその気はないのである。彼女には夢があった。教室の窓の外、今日も南国の強い日差し照りつける、グラウンドの方をふと眺めると、

(……彼氏は、絶対、あの楽器が弾ける、素敵な人……っ!)

 などと、まだ見ぬ運命のボーイフレンドになんて思いを馳せたりするのであった。


 元々は誰のものだったのだろうか。モモの家には、随分と弾き込まれた、大昔の古ぼけたアコースティックギターが、一本、置かれていたのだ。興味本位に、自分も一度は手にとってはみたが、ものの五分もしないうちに指はあっという間に痛くなり、早々と挫折したものだ。

(……あんなのずっと押さえてたら、どうなっちゃうんだろ……)

 そして、その時の弦の感触を思い出しながら、指先なぞを触っている時だった。なんとなく、なにかの予感を感じ、モモは青空を見上げたのである。そこには様々な乗り物すら飛び交う、緑豊かな田舎の未来都市がある。


(……もっと、上!)

 そして、モモが更に空の果てを注視しようとするのと、直ぐ近くではガタン! という音と共に、ただでさえ普段から顔色の悪いヒルコが、更に顔色を悪くし、サクヤの腕に自らのクラゲの腕を何本もからませては席を立たせ、何かを急かすようにしていて、

「ちょっと……ヒルコちゃん……」

 未だ、顔の火照りも抜けないサクヤは、少しトロンとした瞳のままに力も入らない様子でいたところ。


 WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!

 最近、設置された空襲警報街中に鳴り響くと、 ピーンポーン………! 教室内にすら、ベルは鳴り、緊急避難を促す教師のホログラムが映し出される頃には、既に、大艦隊の宇宙戦艦は、青空を覆うようにして其処に在ると、間髪入れずのビーム光線の連射により、一瞬にして全ては燃え、激震に震える中、学生中が阿鼻叫喚! 専用の避難シェルターに向けて雪崩をうっているところであったのだ! 

 シェルターが本当に稼働する日がくるとは、まさか誰しもが思わず、今までの避難訓練になんの現実味も帯びていなかった少女たちは、パニックの連鎖であった!


 それでもなんとか、校内の各所に設置されたシェルターの入り口のドアの一つまで、モモたちもたどり着けそうであり、彼女たちのクラスで収容も最後の様子で、今や、ヒルコとサクヤの二人が無事入っていくところも、モモの視線に映った時だった。

「きゃっ!」

 誰かか、何かのせいで、モモは足をとられると派手に転んでしまったのだ! そしてすぐ側にいたムーコが、

「モモ!」

 と、駆け寄ってきた時には、今まで聞いた事のない、ビーム光線のリアルな発射音を、うずくまるモモはすぐ間近で聞いたような気がし、咄嗟に、

「危ない!」

 と、ムーコが叫んだように思えた。そして声をした方をモモが振り向いた時には、親友の背中が、彼女の前に仁王立ちしていて、その彼方で、何かが強烈に光った、刹那!


 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON! 

 爆風と共に、全ては一瞬で、吹っ飛んだのだ。


 街のどこなのかも解らない瓦礫の山の中で、モモは意識を取り戻した。途端に、肺を襲うような焦土に、

「ゴホ……! ゴホ……!」

 と咳き込むと、

「気、ついたね…………」

 頭上では、ムーコの声がすると共に、モモの周囲を取り囲むようにしてあった、彼女の引き延ばされた様々な身体の器官が、友の覚醒に安心するかのように、今、ずるずると元に戻っていくところだった。だが、すっかり元に戻った時のその体は、血まみれの傷だらけをしていて、なんと、息も絶え絶えにしているではないか!


「……うそ……ムーコっ!」

 モモは、今の今まで身を呈して守ってくれていた親友の現状を確認すると、その痛々しい姿を抱きかかえる。途端に彼女の口からは青い血がほどばしるように吐血され、それは本人の命の危うさを物語っていたのであった。


「えへへ……あたい、死んじゃいそうだわ……」

 この期に及んで、冗談好きな友は、相変わらずな振る舞いを続けようとしてくる。

「そんなことないっ! すぐに助けがくるからっ!」

 モモは一気に涙目になって訴えてしまった。

「そんな顔、しないで……あたいはサ、モモのニッコニッコ笑顔が、好き、なんだからサ……」

 震える、ぬめっとした光沢の友の指先は、モモの涙を拭おうとする。だが、その力も虚しく倒れると、更に苦しそうに吐血をしてくるではないか!

(………………!)

 最早、背に腹は代えられない。モモは意識を集中すると、目を瞑り、先祖代々の「パワー」による回復を試みようとしたのだ。


 だが、それで解った情報と言えば、友の死が近い、という事で、

「や……そんな……や…………っ!」

 とてつもない重い現実を前に、モモは、パニックにすらなりかければ、頭をふるほかなかった。すると、ムーコは、

「一度さ、あたい、見ちゃったんだ……」

 などと口を開き、

「………………?」

 なんのことかと、大きな瞳に涙を浮かべたままのモモが、問いかけようとすれば、

「ヒルコとサクヤが……教室で……してるとこ……」

「………………」

 この期に及んで友は何を言い出すのであろうか。とも、モモは思ったが、彼女が目にした光景は、モモの目撃に比べれば、遥かに可愛らしいものだった。


「ほら……サクヤって……モモみたく、おっぱい、おっきいじゃん……?」

 苦し気にもムーコは語り続ける。

「そいで、ヒルコがさ……サクヤのおっぱいに顔、埋めてて……って、あの子、顔しかないけど、エヘヘ……」

「………………」

 涙をためながらウンウンと、今のモモには聞いてやるほかできない。

「サクヤ、みおろすみたいにして、ヒルコの事、撫でてあげてて……なーんか、ヒルコのやつ、子供みたいに、はしゃいじゃっててさ。サクヤがクスッて笑ったりしてるの……なに、ちょー甘えん坊じゃん……とも思ったけどさ……あー、お互い好き、だと……こんな事もできるんだな……って……してもらえるんだな、って……」

 そしてムーコは、一息いれるようにし、

「……一度でいいから……モモのおっぱいに……あたいも、したいな、って…………してもらいたかったナ……って」

「………………っ!」

 それは、最早、自分の時間があまり残されていない友の、最後の告白のようなものだった。そのカタツムリの化け物のような顔は、残念そうに、モモを見、微笑むのみだ。そしてモモは、意を決したのだ。抱きかかえたままにしている彼女を、自分の豊満な胸の中にゆっくりと誘っていくと、黄色き生地は、親友の青い血で染まっていった。


「ほら……っ! これで、い?……だから……お願い…………っ!」

「えへへ……あったか~い……やわらかいね~……モモ~……ちょー、いいにおい……かっこいいし……やさしいしサ……あたい、だーいすき…………」

 そうして友である異星の少女は、満願を成就すると、もはや見えなくなってる眼で、震える四本の指先を何処かに伸ばしかけ、パタリと力は抜けると、そこに息絶えるのであった。

「………………!」

 街は焦土と化し、大きな炎に焼かれ、尚も激震と爆音の中を、モモの、友の名を絶叫する声がかき消されていった。


 涙も枯れ果てた頃であろうか。煤だらけにした、気の強い乙女の瞳は、尚も頭上を行き交う、異星の戦艦を、厳しく睨み付けているところであった。船の群れのデザリングはまるで、統一性がなく、何かの寄せ集め集団のようだ。だが、煙のそこかしこで、今や、

「ウィリいいいいいいいいいいいいいい!!」

「ウィリぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!」

 という、ネット動画でしか聞いた事のなかった、民族固有の雄叫びが、モモの耳にも聞こえてくれば、銀河系連合に与していない、遥か彼方のハイデリヤという星に現れた、大オノゴロ国という国の者たちの襲来であることは間違いなかった。彼らの頭部の両側から生え出ている角になぞらえて、今や、銀河を破竹の勢いで支配しようとしている、銀河系一の戦闘民族、ハイデリヤ人は、「猛鬼」と呼ばれ、恐れられていたのである。


 事態は切迫している。様々なことがモモの脳裏にもよぎるが、イの一番に思ったことと言えば、

「オジー……マミー……!!」

 と、それは自然に単語となって口につくというものであり、今や、廃墟と化した街の一角の影に、友の亡骸を横たえさせると、

「ごめんね…………」

 痛ましい姿を、尚も冷たい地面に置いていくしかないことを詫びた後、彼女は「パワー」を発動させたのだ。やがて、その体が光に包まれる頃、掻き消えたはずのモモが次に現れた場所は、我が家であったはずだったのだが、既に田畑も焼きつくされているその場所は、最早、地獄絵図であった。


「嘘、嘘よ……」

 今や、燃えあがる日本家屋の前で、モモは立ち尽くすのみである。

「マミー!オジー!」

 そうして、家族の名を絶叫した、その時だ。

「女か?!そこに直れ!!」

(……………………!!)

 振り向けば、金属製の上に動物の毛皮を編みこんだ鎧を身にまとい、鱗のような尾に、昼夜問わず煌々とした目と、顔の両方に角を生やした「猛鬼」の兵を、モモは、この日、はじめて直接、目にすることとなった。兵の二人の男は、まるで、古代の人類がよく扱っていた斧を武器にはしているが、その大きさはとても巨大な得物だ。


「おい、兄弟、なかなか、いい女じゃないか。犯すか」

「そうだな。殺すかどうかはその後にしよう」

 全てを皆殺しにするというだけでは飽き足らないという噂の、鬼たちは、まるで世間話でもするかのようにニタニタと笑いながら、モモに近づいてくる。だがモモは、たじろぎもせずに立ち、相手を睨み返していたのだ。

 

 今や、危うしという接近間近であった! モモは、尚も、厳しい表情のままに、下品た笑いを浮かべる鬼の男たちを見上げると、

「何も見ていない……」

 と、呟いたのだ!すると、なんと、それまでの鬼畜の笑顔であった男たちの表情は消え、 

「な、なにも見ていない……」

 途端に動きもピタリと止まれば、それを復唱しているところであり、

「ここを立ち去る……」

 尚も少女が続ければ、

「我々はここを立ち去る……」

 再びの復唱と共に、鬼たちは立ち去ってしまったのであった!










 









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