Born to be wild!!

 バウーフ星人は、地球人が言うところの獣人族である。男女共に、人類よりはるかに体格もよく、巨漢であり、体を覆う毛並みの模様にも、地球で皆が趣味で飼う犬やら猫やらと相似した者が多い。なにより顔が、ライオンやら、大型犬そのものであったりするのだから、その手の嗜好の持ち主なら、もう、たまらない、といったところであろう。


 ただ、そんなワイルドそうな風貌ながら、彼らは見た目に似合わず教育熱心であり、文化的であった民族であった。


 科学技術はそこそこ、といったところであろうか。一応、宇宙船の類も持ちあわせてはいたものの、あまり、宇宙開発には重きを置いていなかった。ましてや、銀河系征服なんて毛頭考えた事はない。そこにきて、ある日、空の上を、突然に、精鋭化した太陽系連邦の宇宙艦隊に埋め尽くされてしまえば、それなりの抵抗をしようにも、その武力の前には屈するしかなかったのである。


 気候も温暖で、脅威となるような宇宙生物もおらず、既に街はバウーフの人々によって整備された未来都市ばかりである。植民星となったバワーフ星には、入植してくる地球人で溢れるようになっていった。そして、彼らは、タマやら、トムやら、聞き慣れないが、バウーフ人にとっては、妙に屈辱的な名前を勝手に名付けていけば、彼らを飼い始めるようになり、時に、虐待して殺したりもするのであった。


 基本、自分たちの体を覆う毛並みの模様を如何に魅せるかが、おしゃれの基本であったバウーフの習慣では、身に着けるものは指輪などのアクセサリー程度で、身体全てを覆うような衣服を着ないのが常であったというのに、顔以外を全て隠すような、人をバカにしたようなぬいぐるみを着せられ、鈴の鳴る首輪をつけられては、「散歩」などと称する行為を日常的に強制させられる中、地球人に連れられた同胞たちを互いに見合っては、屈辱の涙すらもジッと牙の向こうで耐える、というのが、地球人占領後のバウーフ人の日常であったのだ。


 元々、知力レベルは地球人と変わらないバウーフ人である。地球人からすれば、喋るだけで、滑稽にすら見えたようだが、地球はアメリカという国からきたという入植者一家の娘、リーサに、全身黄色にヒョウ柄のワンドは、公用語である日本語にくわえ、本人の母国語であるという英語という言語も教われば、そのうち、易々と使いこなせるようになっていった。服装も、かつての暮らしと変わらなくとも何も言われなかったし、元来の名の使用すら許されたワンドは、「飼い主」に恵まれていたのかもしれない。加えて、ワンドは地球人による占領時代前は学習塾の講師だったのだ。まだまだ、ティーンエージャーのリーサのために、気づけば、彼はお抱えの家庭教師ですらあった。今日もアメリカンな一室では、金髪碧眼の乙女が、机にひろげたPCや端末を覗き込む隣で、はるかに大きな体のワンドによる熱血指導が行われていたのだ。


「せやからの~、お嬢、この公式にあてはめれば、答えがでる、ちゅーわけじゃー」

 何故に日本語が標準語でないのかは、教え込んだリーサに何か問題がありそうだが、ここではそれに触れないでおこう。野太い声で講義を続けるワンドは、口調も相俟って、正に、ワイルド、そのものだ。

「OK! ワンドの説明、ほーんと、わかりやすーい。たすかるよー。ねぇー。じゃー、これはー?」

 リーサの日本語の話し方もまた、いづこかの外国人タレントのようであるが、互いにこれは致し方ない事なのかもしれない。

「ん~。どれや、見せてみぃ」

 大きなふっさふっさの豹顔の獣人男が、液晶画面を覗き込む。

「…………」

 間近にせまってきた獣の顔を、リーサの青い瞳はじっととらえていた。こうなると、彼女にとっては、まるで地球人であるはずの自分の方がお預けをくらわされているような気分である。


「おおう……これは、なかなか、難しい問題じゃ~」

 地球にいた頃、アフリカについてのネット動画や、動物園でしか見た事がなかった生き物そっくりのものが、すぐ、目の前で、まるで人間のようにふるまっているのだ。

(…………)

 そして、今日も抑制のきかなくなったリーサの手は、するすると伸び、とうとう、ワンドの毛皮に達すると、モフモフ

 timeのはじまりなのである。当初は、片手であったはずが、この衝動は、一度はじまれば、もう、すまされない。ましてや、リーサはティーンなアメリカンガールで、キュートなものが大好きなお年ごろだ。


「お、お嬢……せ、せやからの~……!」

 ワンドはワンドで講師である。そのプロ根性も相俟って、ここで授業を中断させるわけにはいかない。最早、すっかりPC画面も端末ホログラムにも視線をうつさなくなった碧眼を、もう一度、勉強に集中させるために断固として講義を続ける。だが、もはや、すっかり自分の毛並みしか見えなくなった「飼い主」に、ワンドは、今日も、

「お、お嬢! ちょ、もふもふやめーい! 話、きけやー!」

 という、いつもの決まり文句を炸裂させるほかないのであった。そして、リーサは、どこかしら、恍惚とすらした表情となって、

「あはっ……!」

 なんて笑みで返し、

(……やれやれだぜ……)

 なんて、ワンドの嘆息が一つでももれるのが、もはや、日常と化していたのだ。


 ワンドは恵まれていた方であった。「散歩」ですら首輪をつけられることもなく、時に、店に、買い物ですら「人並み」に頼まれる処遇であったのだ。レジカウンターにあるのは、ほとんどがAIロボットであるが、メンテナンスがある日には、店頭に地球人が立つ日もある。「いらっしゃいませ」などという日常語も廃れて久しい未来のことではあるが、植民星という土地柄であるなら尚のこと、客に宇宙人が一人で入り込めば、あからさまに不審な顔もされて当たり前の世界だ。釣りを渡すまでジロジロと見られたりもしたが、袋につまった日用品を持ち直すようにすれば、ワンドはお嬢たちの待つ家路を急ぐ。無論、二足歩行動物であるのに、四つ足で歩くのを強要されていたり、堪忍袋の緒が切れて、主に牙を向きかけたところを、重装備の連邦軍の兵士や軍事ロボットに取り押さえられたりしている同胞を見かければ、胸がざわつかないわけがない。


(……このままじゃいかん)

 とは、ワンドですら思っていた。ただ、どこをどうすればいいのかと問われれば、今や、徹底的な、武力でもって抑え込んでくる連邦軍の後ろ盾がある以上、体格には恵まれているにしろ、別に人間離れした力があるというわけでもなく、超能力があるわけでもなく、強いてあげる武器となるなら、持ち前の牙くらいとくれば、入植者たちを前にして、屈辱に耐えることでしか、バウーフ人の道は残されていないような現状が続いていた。


 抑圧されてきた宇宙人にとって、憎むべき存在であると共に、恐怖の対象でもあった、太陽系連邦軍提督スサノオの、前線での急死という速報を、その日のバウーフ星人で、誰が、最初に聞いたのかは解らない。そして、そのスサノオを倒したと言われる剣士と、連邦から次々と星々を解放しているというレジスタンス艦隊を率いる艦長の、男女二人の、解放を呼びかけるホログラムを、いづこの同胞が、いつ、最初に垣間見たのかも解らない。だが、確かに、あれだけ高圧的に、かつ、悠然とすらして街中を歩き回っていた兵士たちは、顔面を蒼白としては、無線でどこかと連絡をとりながら宇宙船に乗り込み、空の彼方へと去っていったりを繰り返しはじめると、なかには一目もはばからず、泣き崩れるところを、他の兵に慰められていたり、自らに銃口をあて自死する者まで現れはじめたのだ。


 軍は混乱しはじめ、浮足だちはじめていたのだ。好機と言えば、今しかなかった。こうして、茫然自失としていた兵から、ある一人のバウーフ人が、自分たちがかつて手にしていた得物よりも、はるかに精度のいい、連邦製のレーザー銃を強奪したところから、反乱の波は一気に広まっていった。それまで猫をかぶっていた者たちは途端に牙をむき、狼のような遠吠えは、炎と化した街の夜空のいたるところで、反響していくようですらあった。


「話せば、わかる」

 それが、ワンドの「飼い主」である一家の主、リーサの父親の口癖であった。居間で共に食事をする時、人の好さそうな白人男性は、実際、首都星地球内部でも、同盟国とは言いながら、「宗主国」日本の顔色ばかりを伺って、言いたい事の一つも言えない自国の弱腰外交に疑問を持ち、宗主国出身と言うだけで、自分たちは、言う事を聞かなければならない実情に憂い、その事を、ワンドを前にしても、惜しみなく語りかけるような、差別主義にとらわれない、温厚な人柄であった。いよいよ不穏な動きが、リーサ達の住まう街にまで及びつつある中、ワンドが、何度、地球への帰還を促しても、リーサの父も、そして母も、笑っては口癖のみだけで、首を縦に振ることはなかったのだ。


「なるべく、普段通りに暮らそう」

 それが、リーサファミリーの方針となった。ワンドは言っても聞かない主たちに、肩をすくめてみせたが、リーサの通う地球人学校も休校となり、家の周囲は騒音にすら包まれる中、リーサの親は、まるで、いつものように、ワンドに買い物を頼んできたのだ。

(……こんな時に、オヤジさんもオフクロさんも、何言っとんじゃ……)

 強奪され、荒らされまくったスーパーにて、一通りのものを、自ら、紙袋にいれ、破壊されたAIロボットのあるカウンターに、そっと紙幣を置いて去ろうと思った、その瞬間だった。


 誰かの危機を知らせる第六感が、ワンドの黄色いヒョウ柄の巨体の中を駆け巡り、毛並みは一斉に逆立ったのだ。

(………………!!!)

 紙袋を放り出すようにすると、昼下がりの、まるで、ビバリーヒルズのような高級住宅街のあちこちで、同胞たちによる略奪と殺害が繰り広げられている中、ワンドは、一心不乱に我が家と駆け抜けていた。そして、辿り着いた時には、既に遅く、家の一角では火の手があがっていて、今にも、躍り込めば、リビングでは、ちょうど、リーサの両親が噛み殺されては床に倒れ、同胞たちに取り囲まれたリーサが、正に餌食となる寸前だったのだ!


「なんじゃ、こりゃあああああああああああ!!」

 目もむき出しにするようにワンドが叫ぶと、同胞たちは一斉に振り向いた。

「なにしとんじゃ! おんしら!」

 そうして、すぐにでも飛びかからんとしながら、ワンドは叫び、牙をむく。全く理解できていないのは、同胞たちの方であった。その顔はにこやかですらありながら、

「おう! ワンド! 久しぶりじゃの! 今からこのサル娘、殺すところじゃ。あ、なんなら、おんしがやるかい?」

 などと語りかけてくるではないか! 大きな巨体どもに囲まれ、壁際に追い込まれたリーサは、震えに震えきって、こちらを見ている!


「やめえええええええやあああああああ!!!!」

 途端に、ワンドは、リーサの前まで駆けると、周囲に向けて、牙を存分に見せびらかし、シャーーーーーー! と威嚇を繰り返す! 今度、同胞は、唖然とすらし、

「……なにしとんのじゃ。おんし。それ、地球人やで」

「それ、言うなやあああああああああ!!!」

 今や、ワンドの怒りは頂点に達しようとしていた。シャーーーーーーー! という威嚇すらも先刻より激しい。ただ、バウーフ語が全く解らないリーサだけが、そんなワンドの後ろ姿を見つめつつ、震え、やりとりに取り残されていた。


「…………こん人たちはなああああ! ……こん人たちはなあああああ!」

 この家で暮らしてきたリーサファミリーたちとの様々な思い出が浮かぶ。

「ええ人たちじゃったんじゃああああああ!!!!」

 ワンドが言い切った瞬間、「GAWOOOOOOOOOOOOOOOO………!!」という、悲しみを表すかのような遠吠えすらでてしまった。白けきったのは同胞たちの方だ。


「……なんじゃ、そりゃ。おんし、いつから牙なし、なったんや。もうええ。今日から、この星は、またわいらのもんじゃ。地球のサルは一匹残らず噛み殺す。のけや。わいがやったる」

 一人が、前に躍り出ようとしている。多勢に無勢だ。ワンドは、尚、震える金髪の乙女に振り向くと、

「……お嬢、行くで」

「えっ……」

 地球語で話しかければ、リーサが答えるまでもなく、抱きかかえると、一際に脱兎のごとく駆け抜けた。すぐさま、広い庭のガレージまで来れば、自分すらもDNA登録してもらっていた自動ドアは開き、宇宙船に乗りこむまでは電光石火であった。


 コクピットでスタンバイに取りかかっている頃、船窓の向こうで喚く同胞の一人の、

「おんし! この腐れ牙が!」

 という、バウーフ語最大級の侮蔑の捨て台詞が聞こえたが、離陸を察した誰もが、憎々し気に、後は距離をあけるのみであった。


 こうして、ワンドとリーサは、燃え盛る屋敷を後に、やがて青空を抜け、宇宙空間へと飛び出していったのだ。


 遠目で見れば、地球と見間違うかのようである、青い星のバウーフ星が遠目になる頃であろうか。漸く、事態に事実が追いついてきた、助手席に座るリーサが、

「Mommy…………Daddy…………」

 と、尚も震えるままに、とうとう涙をこぼしはじめたではないか。

「Sorry………… Sorry…………really…………」

 操縦を続けつつ、その隣で、俯き、泣く、ブロンドの髪を撫でながら、ワンドの声も枯れるようであった。とうとう激しく泣き出せば、自らのヒョウ柄の毛皮の腕の中にしっかと抱きしめてやった。


 暫くして、少しは落ち着いたリーサが、尚も毛皮に埋もれるようにしたまま、碧眼の大きな瞳をこちらに向け、

「……Where are you going?」

 と、問うてきた。ワンドは、

「Don't worry!  お嬢! We will go to the moon paradise!!」

 と、豪快に言い放つ。

「……タケルたちに会いに行くの?」

「そういうことじゃ!」

 きっと、三日月連盟なら、今の自分たちの居場所があると思えた。ワンドは答えつつ、グローブボックスを開ける。そこには、地球人に支配される前に、運転の際には必ず着用していた彼のサングラスが入っていた。


 それは、いつか、また、バウーフ人が宇宙船の運転ができるようになった時のために、という、リーサの父の計らいであった。リーサは未だ、目を腫れぼったくしながらも、手にした端末のホログラムから、音源データーを選択し、その一曲目をランダムに選んだところで、丁度、ワンドがサングラスをかけ終わる頃、エレキギターのイントロと共に、太古のアメリカのバンド、ステッペンウルフの「Born to be wild」が機内に流れだす。


 軽快なロックサウンドの中を、広大な宇宙空間が進んでいく。少しは空気も明るくなり、

「お嬢……もふもふ、するかい?」

 などとワンドが問えば、

「うんっ!」

 まだまだ、お転婆もぬけない元気なティーンエージャーなアメリカンガールは、シートベルトすら外して、身を乗り出してくる始末ではないか。

(……やれやれだぜ)

 と、ワンドはワイルドに思った。
















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