父子

 ……ピピ…………ピピ……

 規則的な音を鳴らし、

「回路、起動……全行程……終了……現在……水星軌道……目標地点……坊チャマ自宅……先行観察行動……開始……」

 灼熱の太陽が差し迫る直近にある惑星を望みながら、筒状の型をしたメタリックな物体が機械的なアナウンスを発声している。言い終えると、自らの一パーツを分離させ、それはものすごい速さを以て、外観は地球と同じように海をたたえた星の大気圏の中へと突入していった。やがて、街、立ち並ぶ風景の麓までくると、形状を変化させ、それは非常に小型で人工知能が搭載されたドローンの姿となり、まるで、ひとつの触覚の上に取りついた一つ目のような映像カメラを引き延ばしては起動させると、すぐ眼下にある、もはや、世界が滅んだあとに遺った街であるかのようなスラム街を、キョロキョロと何度か見渡した後、

「データー確認、目標地点……坊チャマ自宅マデ……三キロ……」

 誰かに告げているのか、アナウンスを続けながら、太陽系連邦の格差社会の中でも、底辺労働者ばかりがうろついている惑星の一つ、水星の、自治区と言えば聞こえはいいものの、まるで地球からは見捨てられたような街角ばかりの一角へと飛び込んでいくのであった。


 埃にまみれ、ズタボロの服装で行く当てもない浮浪者などもあちこちにぼんやりと座りこみ、たまにフラフラとした人影を見つければ、安酒のはいった瓶か、非合法の薬を吸引し続けているような輩すら漂う風景の中、ドローンは音なく進行を続ける。やがて、自動ドアが設えてある事自体が不似合いなほどの、ボロアパートの建築様式を見つけると、

「坊チャマ自宅、発見」

 人工知能はまたもや進行を確認するかのようなアナウンスを発し、更に内部に飛び込んだ。


 だが、目的地の部屋は、既に自動ドアが破壊され、誰かが侵入した模様である。臆せずにドローンは突き進み、一つ目カメラがキョロキョロ見渡すと、部屋は空き巣にでも襲われたかのように、何もかもがひっくり返っていた。

「……坊チャマ以外ノ複数ノDNA痕跡ヲ感知……最終時刻……新暦四〇四〇年、八月十五日……19:00……DNAリストアップ……」

 そして、ハイテク技術の瞳は、その部屋にもっとも日を浅くして訪れた者たちの顔、写真、職業などの個人情報を割り出そうと試みると、どうやらそれらは区の警察署員たちによる、乱暴、乱雑な家宅捜索の痕跡であり、「坊チャマ」の影すらないではないか。不審を感じた人工知能が、インターネットへのアクセスも開始するのも当然の事であった。


 ここまで人工知能も発達すると、もしかしたら、多少は人並みの感情を持ちあわせているのかもしれない。空間を静止するように一点のみを見つめていた、触覚の上にひっついた機械の眼は、膨大なネットの海から、なにがしかの情報を手繰り寄せると、途端に、機体から、BOOOOOM……! なぞという、驚いたような不規則な音を鳴らし、触覚自体も上下に入ったり引っ込んだりを繰り返したのだ。そうしてから、

「タケル坊チャマ。三等星人、ハイデリヤ人、女性、測定年齢二十一歳ヲ、エウロパ 二テ拉致、誘拐ノ容疑デ、現在、全星系指名手配中……!」


 機械の眼には、タケルの宇宙船免許証の証明写真に使われていた、細面でくたびれたような、ザンバラ頭の青年の顔と、星が陥落した際、連邦側が何がしかの意図をもって撮影したのであろうシリナの写真の一部が並列し並ぶ指名手配書が、「WARNING!!」と点滅する文字と共に浮かび上がっていたのだ。ただ、捜査の目を、下手をすると銀河系全体にまで広げなければならない時代の警察は、どこも組織として疲弊しきっている上に、機動力も破綻寸前で、地球人は地球人でも末端である水星居住者風情が、三等星人を誘拐したくらいの案件などいつまでも相手取るほど、本気で暇でなく、一応の建前としての電子状の書面には、青年の特徴が少々の長身である事くらいで、懸賞金の額すら記載はなかった。


「あのバカ者が……!」

 ドローンの行った一挙手一投足の一部始終を、遠隔から端末越しに眺めていた男は、地球は天照宮殿の一角にある皇宮警察隊の自らのオフィスの机上で思わず唸った。髭のたくわえたその顔をさすり、自らの息子のしでかした事に頭すら痛くなる。彼こそが皇宮警察隊隊長でありながら、現在、目下、誘拐容疑者であるタケルの父親、リュウである。

「……別に、音楽をやるな、とは言っておらんのだ」

 リュウは、在りし日の自宅の親子喧嘩で売り言葉に買い言葉となり、ギターを片手に宇宙へ飛び出していってしまった息子の事を思い出していた。

「……私にだって、かけがえのない事のひとつくらい、ある……」

 髭もじゃをさすりながら、尚もリュウは思いを重ねていく。


 かくいうリュウ自体、若かりし頃は画家になりたいものだった。未だにプライベートのアトリエを保有し、警察をやりながらの片手間ながら、賞に受賞すら幾度か経験している実力者だ。ただ、愛しい人との運命的な出会いと、自らの家柄が、此処が天照宮殿と名乗り始める更に以前から、代々、総裁の、護衛、警備の職を担当するという家柄の方を自分は優先させた。その理由は、タケルの母親となる者との運命的な出会いと何方が先なのかと問われれば、答えに窮してしまう事でもあるのだが、タケルの芸術への気持ちも分かっているつもりで、歌もギターも決して上手いとは思えない息子ながら、歌詞などは、聴き手が思わず考えさせられるようなメッセージ性もあったりで、好感をもてたものだった。そして、それだけの洞察力があれば、警官としても充分、やっていけるものだ。と思っていた。


 時間の制約はあろうが、警察をやりながら音楽もできるだろうというのがリュウの本音だったのだ。ただ、男手ひとつで育ててきた事に、

「何か間違いでもあったのだろうか……」

 と、再び頭を抱えたくもなったが、気を取り直すと、

「おい! テオ!」

 リュウは、水星にいる、自らも子供時代から随分と世話になった人工知能の愛称を呼んだ。

「ハイ、旦那様」

 すると、ドローンと化してタケルの一人暮らしの下宿を一つ目に眺めているAIの声が、リュウのオフィスの室内に鳴り響く。

「現時点をもって作戦は変更だ! 『かぐや姫』の保護を最優先にしつつ、あのバカを探しだせ!」

「バカ、トハ タケル坊チャマノ事デゴザイマスカ?」

 テオは何やら疑問を持ったようである。


「ああ! そうだよ! バカはバカでも、うちのバカなバカせがれだ! あいつにも我が一族の血が流れているんだったらな……!」

 リュウは、何かの鬱憤をもって語りだそうとしたその矢先、

「旦那様。坊チャマハ決シテ、バカデハゴザイマセン。旦那様二似タ、心根ノ優シイ、素晴ラシイ御方デゴザイマス。アレハマダ坊チャマガ五歳ノ頃ノ事デゴザイマシタ。私ガ絵本アプリヲ開キマシテ、読ミ聞カセヲシテイタ時ノ事デゴザイマス。マルデ旦那様ガ子供ノ頃ノヨウ二……」

 とうとう、机上に置かれた端末に映っていたドローンの水星での映像は切り替わり、室内で録画された、タケルの幼少期の頃の映像が立体化して映しだされると、

「わかった! わかった! お前に母親変わりをさせてた事は、今でも感謝しているよ! ほんと、かなわんな! ともかく保護優先と、捜索、頼んだぞ! ……あの船だ。まだ、そんな遠くまでいってないだろう」

 リュウは、大きく手を振った後に肩をすくめてみせ、長くなりそうな思い出話に降参した。


「了解。デハ、対象保護ヲ優先シツツ、計画行動ヲ坊チャマノ捜索二変更……了承。再起動二移行シマス」

(……こいつ、今、笑ったろ……)

 何が実体かも解らない相手だが、自らも子供の頃から付き合いのある人工知能である。リュウは苦笑しつつも思わず心の中で呟いた後、

(…………)

 オフィス内の窓から差し込む日の光と空を、ふと、見つめる。今日も太陽は燦燦と降り注いでいた。と、そこに、定刻通りにブザーは鳴り、

「入れ!」

「はっ! 失礼いたします! 一〇〇〇、総裁閣下、西の宮への移動のお時間でございます!」

 隊長の表情へと戻った鋭い眼光が一声を発した。やがて自動ドアは開かれると、リュウと同じ、和風の、かつての刀の柄のデザリングが基調となっているレーザーサーベルを腰に帯刀し、カチャカチャと鳴らしながら、女性隊員が敬礼しつつ報告すると

「……うむ」

 リュウは頷き、席から立ちあがる。


 どの女性総裁がはじめたのかも今となっては解らない、女官たちに自らの名前を「様」づけで呼ばせる因習は、リュウたちが先祖代々引き継いできた皇宮警察隊には、全く通用しなかった。今や、リュウを筆頭に、制帽と制服を着込んだ一隊が、宮殿の中を総裁の元へと向かい、やがて持ち場につけば隊列を組み、構えていると、十二単調の衣服に、太陽の冠をかぶった黒目黒髪の、タケルよりも遥かに若い長髪の美しい少女の総統が従者をつれ、横切っていく。ただし、その従者の姿に、巫女装束姿の女官たちの姿は既にもういない。


(…………)

 任務に徹しながらも、リュウの心は感慨深く感じる。家督を継ぎ、宮殿に勤める事となってから、いささか「悪趣味」ではないか、と思っていた女官たちの存在は、自らの部下である女性隊員の一人が、時の総裁に近しい女官から、セクハラをうけた事もあるという報告も相俟って、余計に際立つものとなっていった。更には政治には参加しないまでも、為政者たちを代々警護してくれば、一族内で自ずと風の噂となっていた、総裁の地位の移行に関する極秘事項は、以前のイヨの反応をもってリュウはとうとう確信を得てしまった。

(そこに、愛があるならばなんでもかまわん……! だが、一方的な性の投げつけは! 犯罪である!)

 リュウは、本気をだせば、はねのけられたはずの相手であるのに、抵抗できない立場である故に凌辱に屈せざるおえなかった、自分の部下の涙の報告を思い出すと、そんな事を思った。


(……宮殿には、悪しき犯罪がこびりついておる!)

 今や、リュウの眼前を横切る美女の黒い瞳は、ちょうどカッと見開いた髭もじゃに一瞬、視線をうつし、リュウは自然と頷くように答える。その後を、新制服を着込んだ男女の「スタッフ」が後を続いた。

それは、新総裁イヨが総裁としての強権を発動させ、ヒミコまで何百年と続いた因習からの大改革の姿であった。これにより雇用の機会も増えたおかげで、ヤマトポリスには、「宗主国」の高給を獲得しようと、遠い異国の者まで訪ねてくるようになり、街は大いに賑わった。だが、岩盤のようにこびりついた古来からの悪習というものは、鶴の声で一掃なぞすれば、その分、恨みがましい者どもも出てくるのが人類の歴史の常である。


(……私もあいつの事は言えんかもしれんな……)

 相も変わらず警戒の任のままに直立したまま、リュウは自らが不肖の息子の、母親に似た細面の繊細気な顔を思い出すと、髭もじゃの中で僅かに苦笑し、

(……頼んだぞ……)

 気持ちの中で、今日も太陽が降り注ぐ青空の果ての宇宙へ思いを馳せた。


同時刻、地球よりも遥かに太陽に近い惑星、水星では、ドローンが、UFOのように、さびれきった街から飛翔して、宇宙空間で待機している筒状のメタリング物体の元へと出戻り、正にブッキングするところであった。


 ……ピピ…………ピピ……

 規則的な機械音を鳴り響かせ、

「回路、再起動……全行程……終了……現在……水星軌道……計画変更ヲ確認……変更、坊チャマノ捜索……演算……開始……機体ヲ宇宙船型Bモードニシフト」

 テオはアナウンスをし続ける。すると、筒状のメタリング物体は次々に、形状を変えていき、

「第一優先保護対象、『カグヤ姫』ノバイタルヲチェック……バイタル……異常ナシ……」

 変形の最中、一瞬、その機体が、幾重にも重なる、ぶ厚い装甲の中で保護している、溶液のつまった、人ひとり分が入れるほどのカプセルを垣間見せた。


 中には、スポーツアンダウェアーのような、専用の衣服を着用した女性が眠るようにして漂っている。その眠れる美女の顔は、太陽系連邦現新総裁イヨと瓜二つで、腰まで届くほどにあるロングヘアーの髪型は、溶液の中で、ゆるやかに舞っているかのようだった。
















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