現在:7

「あはっ」


 無邪気な笑い声と共に、びりびりと音が響いている。それは、何かが破られていく音だ。


 少年に案内してもらった宿。そこに俺達はいる。丁度、この街ではもうすぐ大きな祭りが行われるらしく、宿はほとんど一杯だった。

 だから俺と睦月は同じ部屋を取った。



 年頃の男女で同じ部屋なのは問題だという人も居るだろうが、俺と睦月に関しては問題ない。俺は睦月を性的な意味で襲う気はない。だって襲えば俺は確実に睦月に殺されるしな。俺は死ぬ気はない。



 睦月は強い。

 異世界にやってきて、俺は二年前よりも戦えるようにはなった。生きるためには戦う術を学ぶ必要があったのだから。

 この世界で生きる中で俺達には決して安泰はなかった。強くなければ、『皇帝』の使える駒にならなければ、俺たちは今まで生きて居られなかった。——生きるために俺達は力を学んだ。俺だって、それなりに戦えるだろう。


 だけど、睦月はそんな俺よりも圧倒的に強いのだ。俺なんて簡単に睦月は殺す事が出来る。



 昔よりも睦月は本能のままに従って生きている。俺が睦月との接し方を知らなければ、地球に居た頃睦月と交流がなければ、俺はとっくに睦月に殺されている。

 俺が睦月に殺されないのは、一重に地球に居た頃から友人だったというのも一つの理由なのだ。そしてその間に睦月の扱い方を知ったからこそ、俺は睦月の逆鱗に触れずに済んでいる。

 特にこの世界にきてから、睦月はどんどん容赦がなくなっている。時間を増す度に残忍になっている。地球ではじめてであった時と同じような態度を俺が行っていれば、殺されていたのではないかと簡単に想像出来る。




「ふふふふ、あー、殺したい」

「誰を?」

「この新聞書いた奴―! 本当おかしいの。こんな嘘書くなんていけないんだもんね」




 ビリ、ビリッとそれはどんどん細かく破られていく。



 睦月の手によって破られたそれが、小さな音と共に床へと落ちて行く。



 この世界は地球とは違って印刷技術はそこまで高くもないし、郵便制度も発達していない。それでも最低限の情報は日をおいてになるが新聞や言伝として人々の耳に入ってくるものだ。



 ベッドに腰掛けたまま俺は言葉を発しながらも、新聞を一心に破く睦月を見ていた。




 その新聞に書かれている内容は、睦月が村人を虐殺した時に伝えられていたのと同じものだ。要するに『勇者』と『聖女』の結婚話についてであった。



 『魔王』を殺せるのは聖なる力を持つ『勇者』だけだった。

 瘴気を浄化する聖なる巫女の力を持つのは『聖女』だけだった。

 だから『魔王』を倒した二人の結婚は、大多数の人々にとってはお似合いで、何処までも喜ばしい平和の象徴である。



 でも睦月にとっては違うのだ。



 そもそも俺と睦月が今、異世界にいる原因が『勇者』と『聖女』にあるのだから俺としても他の一般市民同様に彼らの幸せを願う気はない。

 寧ろ俺は他人の幸せよりも不幸を喜ぶ人間だ。だって無様に絶望する人間って傍観する分には楽しい。ありきたりな幸せより、圧倒的な絶望を感じてる。そんな人間見る方が俺にとっては愉快なのだ。



 『勇者』と『聖女』のおめでたい結婚がなくなれば、世界の人々はどんな反応をするのだろう、そんな事を考えて口元を思わず緩めてしまう。

 だって誰もが望むハッピーエンドを壊した時、周りがどんな反応をするかなんて考えただけでもわくわくするだろ?


 面白い事が好きだ。それに人生掛けていいって思えるぐらい、そういう事が好きだ。



「うふふ、こーいちぃはぁ、私のなの!」



 睦月が目の前で笑いながら、どんどんそれを破いていっていた。

 ただ一心に一枚の紙を、一人の少女が笑いながら破く。

 なんて見る者に恐怖を与えるような狂気を睦月は纏っている。

 こんな睦月の雰囲気が好きだ。こうやって睦月がその目を、その口を、その顔を狂気に歪ませているのを見るのが好きだ。睦月がこうやって笑っているのも見るのが好きだ。

 『勇者』と『聖女』の結婚がなくなった後の、人々の反応も見たい。



 だけどそれよりも俺が見たいのは、



「あははははははははははっ」



 不気味なほどに無邪気に笑いながら狂行を起こす睦月の、もっと狂った姿だ。



 狂気に染まった黒目を見るのが好きだった。

 もうすぐ、俺の好きでたまらないその目がもっと狂気で染まる。それを思うだけで俺は笑みがこぼれて仕方がない。

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