第六章 繋がったもの、繋ぎたいもの

フラスコの中の少女



「マ、リエ……」

 俺は、震える声で最愛の妹の名を口にする。


「ごきげんよう、兄さん」

 そうして、目の前の少女は、にっこりとほほ笑むのだった。


「ど、どうして……こんな所に、い、いやっ!」

 次から次へと疑問は溢れてくるが……俺は目の前の、裸のまま平然としている様子の妹に、思わず面食らった。

 ちょっ! 古ゴート族はともかく、レッサーオーク達が見ているんだぞっ!?


「お、お前らっ! 見るなっ! 目を塞げっ!」

「へ、へいっ! 分かってますってばががががががががっ!」

「手の隙間から堂々と覗くなっ!」

 ベーオウを締め上げながら、俺は急いでシャツのボタンを外す。その間マリエは傍にあった機械を操作し、何やら丸いガラス瓶を取り出していた。


 正確には、それは小さな二つ口のフラスコ。

 手のひらに収まるくらいのそれに、管と黒く細い紐がついていて、マリエはそれをチョーカーのように首に巻く。そうして首からペンダントのように下げられたフラスコに、プシュッという音と共に真っ赤な鮮血が流れる。


 猫の首輪と鈴のように、黒いチョーカーと血のペンダントを下げて、マリエは微笑む。


「この体では、血を外に流して冷やす必要があるみたいです。どうです? ぱっと見はアクセサリーみたいに見えますか?」

「な、何を言っているかよく分からんが……それよりっ! 服を着ろ服をっ!」

 裸の妹から視線を逸らしつつ、俺は脱いだシャツを渡す。そんな俺の様子を見て、あろうことかマリエはふふっと声を漏らして。


「あら、女の裸なんて、兄さんは見慣れているでしょう?」

「バカを言えっ! 俺じゃなくて、周りの視線もあるんだぞっ!」

「そうですか? では、遠慮なく使わせてもらいます」

 そうして緩慢な動作で受け取って、俺の服に袖を通し始める妹。

 お、おいおい、お前ってこんなに羞恥心に疎かったか?


「そ、それで……どうしてお前がこんなところに」

「あら?」

 俺の質問も他所に、マリエはちょっと袖が余るシャツを、何故か後ろを向いて裾をいじって……。


「これだと、ちょっと歩くとおしりが丸見えですね」

「う、うおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「ちょっ、お前ら見たら殺すっ!」

 マリエの発言に大興奮するオーク達に一喝して、そんな興奮を呼び込んだ張本人を見る。い、一体なんだ? な、何のつもりなんだ?


「別にいいですよ。おしりなんて見られたって減るものじゃないですから」

「そういう訳にいくかっ! ず、ズボンもやるからっ!」

 そうしたら今度はキャーなんて別方向の悲鳴まで聞こえて……ああもうっ! 場がどんどん混乱していくっ!


「あら兄さん、私のためにそこまでしてくれるなんて」

「い、いいから、履いておけ」

 ズボンを脱いでパンツ一丁になった俺が差し出したズボンを、やっぱりこれも緩慢な動作で受け取る。そうしてすらりとした足を見せつけるようにゆったりと足を通して……その一つ一つの動作が、どうにもなまめかしい。


「マリエ……お前、少し変わったか?」

「あら、分かります?」

 そうしてやっぱり、嬉しそうにほほ笑んで……。


「文字通り、生まれ変わりましたから」

「……は?」

 文字通り、訳の分からないことを言われて。


「今の私は、吸血鬼の【ホムンクルス】です」


 そう、告げられたのだ。


――


「か、カイさん、妹さんがいたんだね」

 私やアンリ、それにミルキィはカイさんの部屋の前で顔を見合せていた。


「すごく……可愛い感じだったわね」

「うん」

「ホントに、ちっちゃくて羨ましい」

 ミルキィはため息までついちゃって。あのミルキィが……いや、ミルキィの場合は心配いらない気がするけど。


「嬢ちゃんたち、俺たちゃ狩りに行ってくるから、旦那の事頼んだぜ」

「あれ? ベーオウさん行っちゃうんですか?」

 振り返るとベーオウさんはあのぽっかり空いた穴の前で、ジゼールに跨っていた。


「久しぶりに兄妹で水入らずで話すんだろう? だったら当分俺の出番はねえよ。それよか歓迎のための飯取ってくる方がいいだろ。大魔王にいい肉出しちまったし」

「あ、私も行きましょうかー?」

「いや、姉御はこっちにいてくだせえ。気になるんでしょう?」

「あー……はい、すいません」

 ミルキィはちょっと申し訳なさそうに苦笑するのだった。


「嬢ちゃん達、俺が言えたことじゃねえが……あんまり覗きすぎるなよ?」

「なっ! そ、そんなことしません!」

「べ、別にドアに耳をそばだててるだけだしっ」

「お、おう、程々にな」

 ベーオウさんは呆れながら、そうしてジゼールと一緒に穴から降りて行った。


「……や、やっぱり、ちょっといけない事、かな?」

「いや、その……」

「う、うーん……ここでたまたま三人で話していただけ、ならいいんじゃない?」

 それだっ! と私もアンリもミルキィの案に頷く。何かこう、凄い無理やりな気がするけれど……だってなんか、気になるっていうか。


「すごく、綺麗だったよね」

「うん」

「ええ」

 そう。


 女のカン、というやつだ。


――


「どうぞ、兄さん」

「あ、ああ」

 マリエは優雅な所作で、俺の前に紅茶を差し出す。赤みを帯び、豊かな香りを漂わせるダージリンだ。久々に感じる、甘みの強いこの味が喉に心地いい。


「食糧庫に手つかずで残っていましたが、飲まなかったんですか?」

「自分で淹れる、という気にはなれなかったんでな」

 まあ、これは方便だ。そもそも俺が美味しい紅茶の淹れ方など知らないというだけ。情けないが、相変わらず一人では何もできない裸の王様だ。


「なら、これからは私が淹れますね」

 そう言って、彼女はクスっと笑う。男がまともな茶の淹れ方なんて知らないことをお見通しで、それでも私が淹れてあげますよ、なんて紅茶のように甘く囁く。


「兄さん、好きでしょ? 紅茶」

「……ああ」

 妹ではあるが、そうして優しく微笑む姿に、少しだけ心臓が跳ねるのを感じた。


 ここは俺の部屋。


 まずは二人きりで話がしたいと言われ、俺は自室に彼女を招いたのだ。着替えてきたマリエは、白いフリルのついたシャツの上に黒のベスト姿。下はゆったりめの黒いロングスカートで、上下ともにワンポイントでブルーダラク家の赤い刺繍が施されている。


 フォーマルなようで、所々にあしらわれたフリルが可愛らしさも演出している。黒い肩までの髪に白と赤のまだら模様のカチューシャが乗っていて、年相応の幼さもありながら、どこか達観した大人の女の魅力も醸し出していた。


 いつも通りの……そう、かつては見慣れた妹の姿だが、首には見慣れぬ赤いフラスコ。

 それが首輪のように、或いは血のネックレスのように少女を彩る。


「初めはここが異世界などと言われて、兄さんが漫画やアニメの見過ぎでおかしくなってしまったのかと思いましたが」

「ひどい言われようだ」

 マリエはテーブルの向かいに腰掛け、自分で淹れた紅茶に口を付ける。

「外の様子を見るに、まあ、本当なのでしょうね。人間達が核戦争で滅んだという説も捨てきれませんが」

 同じこと考えたのかマイシスター。それは俺がここに来た初日にやったぞ。


「月が二つなのを見れば、その考えも変わるさ」

「あら、それは見てみたいですね。ドアの向こうに空いている穴から覗けます?」

 中々風流な事考えるな。いや、あの自称大魔王のあけた穴は早急に塞ぐつもりだが。だって外から見たらひどいし。


「それで……聞かせてくれないか」

 俺は、そうして本題を切り出していく。


 何故、あんなところにいたのか。

 自らを、ホムンクルスなどと名乗って……。


「マリエ……いや、……」

「はい。お察しの通り、私は正確には、あなたの妹ではありません」

 彼女は、姿勢を正して俺を真っ直ぐな瞳で見つめて、続ける。


「あなたの妹を元に作られた人工生命体。吸血鬼のホムンクルスです」

「ホムン、クルス……」

「ええ。人間との戦闘で我々が絶滅まで追い込まれた時、その血を繋ぐために生まれるよう、プログラムされていました」


 そんな……ことが。

 実際の妹ではない、と知らされたのもそうだが、そんな話すら初耳で。


「俺ですら、その計画を知らされてなかったというのか?」

「この計画は極秘中の極秘でしたから。知っていたら、兄さんは止めたでしょう?」

 ああ、それは……難しい問題だが、恐らくは止めただろう。


 人造人間、いや、人間でいう所のクローンと感覚は近いだろうか。誰かと同じ遺伝子を持ったものを、人工的に作り出す技術。生命倫理の上ではかなり危うい問題だ。

 そうして今、妹の……いや、妹ではない、作られた少女と向き合って、その問題の大きさを、してしまった事の重大さを改めて認識する。


 俺は、目の前の少女と、どう、接すればいいというのか……。


「神々の領域に、手を付けるべきではなかった」

「ですが、人間達と戦うのならそれくらいの覚悟は決めておかなければなりません。現にこうして最悪の事態で役立っているのですから」

「それは……いや、今俺がどうしてこの城とこの世界に居るのかもわからないんだ。正直、皆が向こうの世界で無事なのかすら」


 そう、俺は目の前で起こる事態に対処するだけで精いっぱいだった。

 まだこの世界に来た原因も突き止められていない。我ながら不甲斐ないことだ。


「それはまあ、おいおい確かめましょう。というか折角異世界に来たんですから、もっとしたいことしているのかと思いましたが」

「何? したい、こと?」

 俺が現状何も分からないと言ったのに対し、彼女はさっぱりとした口調で……。


「今のところ側室は三人だけですか?」

「ぐぶっ!?」


 とんでもないことを言ったのだった。


「二人はとても生命力のある……何でしょう、少し獣っぽくもありますね。あとは花の蜜のように甘い女性……あのやたら背の高かった方ですか?」

「な、なんでっ、そ、その……そんなこと知って」

「兄さん、吸血鬼の鼻をなめないでください」


 うっ! そ、そうだった! この部屋でティキュラとアンリとミルキ・ヘーラの血を吸ったのだった!


 吸血鬼の鼻を誤魔化せるはずがない。例え血を一滴もこぼさずに吸っていたとしても、血の匂いまでは消せないのだ。


「兄さんなら、手当たり次第喰い漁ってるものとばかり」

「お、お前っ、人を何だと……」

 う、うぐぐっ! 凄まじく気まずいっ!


 やば、ああ、何か変な汗出てきた。

 妹に女との情事を知られるというのは、何というかこう、思った以上に心にガツンとくるわけで。恥ずかしさで死にそうというか、いやもういっそ頭潰してしまおうかとすら思えて……どうせ再生しちゃうけれど。


「まあでも、三人もいただいている時点で十分ですか」

「う、そ、れは、その……」

 ぐうの音も出ませんマイシスター!

 ぐっ! こ、これでその三人も一日でいっぺんにいただいてしまったとばれた日にはっ……あ、ダメ、お兄ちゃん死にそう。


「四人になっても大して変わりませんね」

「いっそ殺し……え?」

 真綿で締め上げられるように心臓がキリキリする中、マリエは、シャツのボタンに手をかけて……。


「ちょ……お、お前っ!? 何してるっ!?」

「見て分かりませんか?」

 分かりませんかって、い、いや分かるけど分からないっ!


「何で脱いでる!?」

 ベストを脱ぎ、シャツのボタンを次々外し、ぱさっと脱いで椅子にかける。


 下着は着けていない。さっき見たばかりの、まだ未成熟で、けれどどこまでもきめ細かな肌とすらりとした美しいラインに、思わず目を奪われてしまう。


「兄さん、私は、生み出されたんです」

「っ!? ま、待てっ! まさかっ!?」

 血を絶やさない、とは、まさか、いやっ、まさかっ!


「究極にして至高、最強の力を持つあなたを……ブルーダラク家を、千年万年先まで栄えさせるために」

「ば、バカなっ!? 最初からそのためにっ!?」

 ブルーダラク家の血を絶やさないため……それは、そのままマリエが誰かと結婚し、子を成し、子孫を代々繋いでいくことだとばかり思っていた。


 だが、違う。そのマリエの口ぶりから、意図していたのは。


「兄妹だぞっ! 俺達はっ!」

「あら? 私をまだ、あなたの妹だと思ってくれるのですか?」

 少女は立ち上がり、上半身裸のまま、俺の傍へと近づいて。


「よくできた偽物ですよ?」

「っ!?」


 まるで、心臓に直接ナイフを突き立てられたような、感触。

 やめろ、そんな事……言うな。


「罪悪感を覚える必要はありません。これはあなたの妹を模した、都合の良い人形です。私の願いを聞いてくれるなら、この先、どんなことがあろうとあなたのいう事に従いますから」

「ま、待てっ……待って、くれっ!」

「こんな貧相な体じゃ興奮出来ないというのなら、天井のシミでも数えていてください。その間に終わりますから」

「いやいやいやいやいやっ!」

 それ普通立場逆のセリフだっ!


「これ以上ふざけるのはよせっ! これ以上はっ」

「ふざけているように見えます?」

 俺の前まで来た彼女は、その赤い吸血鬼の瞳を、どこまでもまっすぐにこちらに向け。


「男の部屋で、女が裸になってる姿が」

「っ! ま、マリエ……」

 そうして、彼女はしゃがみこむ。

 動けなくなってしまった俺のベルトに、手を伸ばして。


「っ!」

 どうすれば、いい……。

 力で振りほどくことは簡単だ。あの大魔王と綱引きするより、よほど簡単なはずだ。そのまま引きはがし、兄として怒鳴りつけることも、優しく落ち着くよう諭すのも、きっと、簡単な筈なのだ。


 けれど……。


「俺は……俺、は……」

 マリエの、いや、この少女の真剣な瞳を見てしまった後では……。

 その、まるで追い込まれてどうしようもなくなった、壊れそうな瞳を見た後ではっ……!


 彼女を、拒絶することが、どうしてもできない。


「っ……!」

 そんな、まるで暗示にかけられたように固まってしまった俺を救ったのは、震える彼女の手だった。


「あ……」

 俺のベルトを外すことはできたようだが、その先に行くはずの手は、震えて止まっている。迷っていると、男の本能で気づけた。

 ここしか、ないっ!


「マリエっ!」

「っ!」

 俺は、その手をゆっくりと包み込むように掴む。

 その手は、まるで熱に浮かされたように強烈に、俺の手を焼いてしまうと錯覚すらさせる熱さで。


 だが、その手を離したりはしない。


「……俺は、お前を」

 そうして、ふっと彼女は顔をあげ、俺と至近距離で目が合う。

 その、赤い吸血鬼の瞳を、ほんの少し、潤ませて。


「お前を……貧相だなんて思わない。綺麗だ」

「……え?」

 あれ?

 なんか、間違えたぞ?


「え、あ、い、いやっ」

 あ、違う。これは口説き用のセリフだ。

 いやいやいやっ! 何間違えてるんだっ!? ここはそっと受け入れて落ち着かせる場面だろう!? 何そのまま抱きしめるような流れを作ってる!?


「こ、これは、そのっ」

「あ……」

 そうして彼女の顔が赤く染まり、ほろりと一粒涙が少女から零れて……ってだからダメだって! 可愛いとか思うなっ! このまま口説こうとするな俺っ!


 だってその……い、色々とマズいだろうっ!


「まずは服っ! ふ、服を着て」

「二人ともストーーーーーーーーーップっ!」

 バアン、と扉が開かれたことで、俺達はようやく弾けるように離れることができたのだった。


「なっ!? お前たち!?」

「って何やってるんですかホントにっ!? ちょ、ちょっとカイさんっ!?」

「ご、誤解だっ!? 色々誤解だっ!」

 いや何の誤解だ!? 自分でも何言ってるか分からん! 何故かいいタイミングで突撃してきてくれたティキュラとアンリとミルキ・ヘーラに思わず言い訳してしまう。


「というか何でここにいる!? ま、まさか覗いていたのか!?」

「違いますっ! えっちな気配を感じましたっ!」

 えっちな気配って何っ!?


「あらあら、これじゃ流石に無理ですね」

 ふうと、この張り詰めた空気の中で場違いに呑気なため息をついて、マリエはやはり緩慢な動きでまた服を着始める。


「続きはまたにしましょうか、兄さん」

「ちょ、ちょっとちょっと! な、何なんですかあなたっ!? カイさんに無理やり迫ってっ!」

「か、カイ様、大丈夫ですかっ!?」

「御当主様っ!」

 と、彼女たちは揃って俺の傍につき、守るようにマリエと対峙した。あ、あら? あの状況で思ったより正確に事態を把握して……。


 いや、あの絵面だけじゃどう考えても把握できないよな。さてはずっと話聞いてたな?


「これは大人の話です。お子様に言っても分かりませんよ?」

「な、ななななんですとおっ!?」

 一番先頭に立ったティキュラに、さらりと毒を吐きながらそう一蹴するマリエ。


「ふざけないでっ! こっちは何でカイ様に無理やり迫ったんだって聞いてるのよ!」

「好きだから?」

「え、ええ!?」

 アンリも、どこか平然と振り切れてる様子のマリエに流石にたじろぐ。


「ご、御当主様は了承してませんよねっ! それなのに先に脱いで誘惑しようとするなんてっ!」

「いけませんか?」

「え、あ……そ、それは」

「そんなのは痴女のやる事ですっ!」

 と、言葉に詰まったミルキ・ヘーラの代わりにティキュラが叫んで……何故かミルキ・ヘーラがダメージを受けていた。

 ああ、さてはやったことあるんだな?


「とにかくっ! しばらくカイさんには近づかないでくださいっ!」

「はあ、全く……何度も言わせないでください」

 尻尾を思いっきりブンブン振り回して最大級の威嚇を振りまくティキュラに、マリエはため息一つで答える。


「子供が口を挟む問題じゃないんです。悪いですけれど、これは私と兄さんの問題なので」

「さ、さっきから子供子供って何なんですかっ!? 私子供じゃありませんっ!」

「ふふ、ムキになって可愛らしいですね。兄さんの事だから、きっと困っているあなたを放っておけずに助けたのでしょう?」

「っ!?」

 その言葉に、ティキュラはびくりと固まって。


「兄さんに恋心を抱くのは勝手ですけれど、張り合うならもう少し大人になってから、せめて守られる立場を卒業してからに」

「おいっ、マリエ!」

 俺はティキュラの心にずけずけ踏み入るような物言いに、思わず待ったをかけ……。


「じゃ、ない、です」

「あら? 何ですか?」

「子供じゃ、ないですっ!」

 ティキュラは、力強くマリエの言葉を跳ねのけて。


「カイさんに、女にしてもらいましたからっ!」

「え」

「え」


 ……ちょっと、斜め上のセリフをぶちまけていた。


「……兄、さん? え? ま、まさかこんな小さな子に手を出して?」

 ちょ、ちょっとマイシスター!? そんなところだけまともにならないでっ!? あ、いやそのっ、一つも反論できないんだけれど!


「だから小さくありませんっ! っていうか多分私の方が年上ですよっ! 背は私の方がずっと高いじゃないですかっ!」

「は? いや、あなたのは尻尾が長いだけで」

「それに胸も私の方が大きいですよねっ!?」

「ッ!?」

 と、そこでようやくマリエの表情にも痛みらしい一撃が入った。

 さっきまで余裕そうに振舞っていた笑みは掻き消えて……。


「い、いや……これは……着やせしてる、だけ、ですから」

「さっき脱いでましたよね!?」

 ティキュラも思わず突っ込みを入れる。いやうん、その言い訳は無理だよな。


「っていうか私の事子供子供って、自分の方がお子様体型じゃないですか!」

「ぐっ!?」

「私の方がまだありますよ!? 比べっこしてみますか!?」

「や、やめっ……」

 ティキュラも反撃の糸口をつかんだとばかりに次々と攻め立てる。う、ううむ、その……身体的特徴をあげつらうのはあまり感心しないが。これは身から出た錆だな。言い出したのはマリエだし。


「というかもし私の方が子供なら、あなたの方は成長してもそれっぽっちで」

「そ、そこまでにしてやってくれ」

「え?」

 けどまあ、ここは止めておかないとな。その……これ以上は、武士の情けという事で。


「ち、違う……今、私、成長期、だから」

「あ……」

 目じり一杯に涙をためて、まるで子供のようにぐっと泣き出すのをこらえるマリエ。


「お、おっきく、なる、はずで……きっと、き、きっと……」

 お、思ったより打たれ弱いな妹よ。まあかつては……力を見せてからは皆俺達を崇め倒していたから。基本悪口に対する耐性低いんだよな、俺達。


「う、うううう……」

「あ、その……ご、ごめん、ね?」

「くっ! あ、謝らないでください!」

 ティキュラがそう言って心の底からすまなそうに謝ると、それが一層プライドに触るのか、ふるふると震えながらうなる妹。


 っていうか、何だこの空気。


「え、ええとー……御当主様、どうしましょう?」

 ああ、うん。どうしようかな、これ。


「か、カイ様っ! 大変ですっ!」

 そんな淀んだ(?)空気を払しょくするように、外から声が。アンリではない。

 他に俺を様付けで呼ぶのは、古ゴート族。


「森に魔王軍が出ましたっ!」

「何っ!?」

 現れたのは黒髪ショートの少女。確かベーオウを乗せていた……ジゼールと言ったか。


「狩りにいったら、森で何かしていた魔王軍と出くわしてしまって! 今ベーオウさん達は逃げながら戦っているはずです!」

「分かった! 案内しろ!」

 俺は、外に通じるあの穴に向かって駆けだした。


「あ、御当主様っ!」

「留守は任せた! ティキュラ! アンリ! ミルキ・ヘーラ!」


 俺は信頼できる少女達にこの場を任せ、青空の下へと、飛び出していった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王と交渉中……

従属:なし

備考:魔王軍と接触(?)





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