森の中、潜む刃



「規模はどれくらいだ?」

「えっ!? え、ええとっ、た、沢山ですっ!」

 ジゼールと共に荒野を駆けながら、俺は状況を把握していく。


「魔王軍は、ここに攻めてきたのか?」

「あっ、ああええっと、えっと! わ、分からないですっ!」

 ジゼールは緊張しているのか、必死に答えてくれるが、大体はこんな感じだ。


「なら……どんな様子だった?」

「わ、あ、え、えとえとっ! ああそのっ! あっ! 何かと戦ってました!」

 ほう? 戦っていた?


「俺が前に狩ってきた、あのエンテーのような大きな動物とか?」

「いえ、何か沢山いて、危ないような感じがする、ええと……すいません、よく、分かりません」

「いや、十分だ」

 魔王軍はあの森で、複数の何かと戦闘を行っていた。そこにベーオウ達が出くわして彼女がそれを知らせに来た。状況はしっかりと把握できたさ。


「助かる」

「ええっ!? か、カイ様、今ので、分かったんですか!?」

「ベーオウから、他に何か頼まれているか?」

 ジゼールにそう問いかけると、彼女は黒髪のショートを揺らしながら……。


「あ、カイ様に急いで来てもらうようにってことと……ええと、後は何故か『私の事を振り落とさないよう気を付けて』と伝えてと……何のことなのか分かりませんが」

「ああ、成程」

 相変わらず抜け目のない男だ。


「ジゼール、俺に乗れ」

「えっ、ええっ!? か、カイ様!? 何をおっしゃられているのです!?」

「それが、伝言の答えだ」

「へっ!?」


 その後は、遠慮しようとするジゼールを無理やり背中に乗せて荒野を駆け抜けたのだった。



「旦那っ! こっちですぜ!」

 森の入り口付近。そこにベーオウ達レッサーオークと古ゴート族は潜んでいた。

「状況は?」

「魔王軍と思われる奴らが、こっから先で【ワーウルフ】の連中とやりあってます」

 ワーウルフ?


「この森に集団で暮らしてる奴らです。耳と尻尾、あとは手足に毛が生えてやすが形は古ゴート族より俺達にずっと近えです。俺達みてえに人間と魔王軍どちらにも属さねえ勢力ですが、数はせいぜい五、六十ってとこですかね」

「ふむ……そのワーウルフ達が、森で魔王軍とせり合っているのか」

「見た感じ魔王軍が一方的に襲いかかってるようでした。俺達とも遭遇したんですが、俺達には興味ねえみたいで。おかげであっさり逃げられやして……おうジゼール、大丈夫か?」


 ベーオウはあとからついてきたジゼールに声をかけた。

 ジゼールは足取りもふらふらと、けれど俺の手前なのかしっかりしようと気丈に振舞って。


「だ、大丈夫です……お、お役目、しっかり果たしましたよ」

「ああ、よくやってくれた」

 ベーオウの言葉に、ちょっと気持ち悪そうだった顔色がぱっと華やいでいく。ああ、何だ、気にしていたのはか。


「旦那、どうしやす?」

「お前の考えは?」

「ワーウルフの連中は俺達と獲物を巡って競合していやすが、敵対はしていやせん。逆に魔王軍にこの森でのさばられると、色々厄介になりやす」

「それは同意だ」

 魔王軍と敵対した以上、容赦する必要はあるまい。起きているうちにしっかり叩いておこう。


「俺が行く。お前たちは距離を取って様子をうかがっていろ」

「へいっ!」

 そうして俺は、うっそうと茂る森の中へ分け入っていく。

 別にベーオウの案内など無くても、どこで何が起きているかはすぐに分かった。


「獣とオークの血と……嗅ぎなれない匂いがするな」

 漂ってくるのは雑食性の、人間に似た、けれどどこか腐臭のする血の匂い。

「あそこか」

 一部森が開けたところで、戦闘が行われていた。


「うぐあっ!?」

「くそっ! このっ! うっとおしい!」

 大勢が入り乱れている中、聞こえてくるのはギャアギャアと言葉になっていない鳴き声と、苦境にあえぐ件のワーウルフ達の悲鳴。


「くっ、これでは……あごっ!?」

かしらっ!?」

 一匹の巨大なオークのこん棒で殴られて、耳と尻尾を生やしたその生き物が、俺の方へと飛んでくる。

「おっと」

 ガシッと受け止めたが……当たりどころが悪かったのだろう。

 後頭部が潰されて、既にそいつは絶命していた。


「あんたっ!? あぎゃあああっ!」

 続いて聞こえた悲鳴で、既に魔王軍とワーウルフ達の戦いは、趨勢が決まりつつあると知った。


「そんなっ、ああっ!」

 少女の悲鳴も聞こえる。ぱっと見て、生き残っているワーウルフ達は十程度。魔王軍の巨大なオーク達が、包囲の輪を、さらに縮めて……。

「ぐへへへっ、何匹かは生け捕りにしてやるよっ! 可愛がってやるからな!」

「このっ! くそっ、くそぉっ!」


 泣き叫ぶ少女が、自らの最後を悟ったのか、破れかぶれの特攻を仕掛けていく。

 待ち構えるオークは、余裕の表情でその少女に狙いを定めて。


「おらああっ!」

「っ!」

 先ほどのワーウルフを絶命させた、たっぷりと重量の乗った一撃が少女に振り下ろされ……。


「んうっ!?」

「えっ!?」

「取り込み中の所悪いが」


 二人の間に割って入った俺に、受け止められた。


「お前ら、魔王軍か?」

「な、何ぃっ!?」

「あ、あんた、一体……」

 少女はその一撃を避けるつもりだったのだろう。姿勢を低くし、けれど俺が間に入ったことで避けそこなった格好で、俺を見上げてそう言うのだった。


 見た目は、十代かそこらの少女だ。

 黄色がかったオレンジの瞳。紺色の、その種族の名を表すかのようなウルフヘアの髪。話に聞いた通り狼の耳を持ち、顔つきは少し幼さの残るシャープな美形。

 頭には青の頭巾を被っており、服は胸の前で交差して羽織っていたりと、どことなく和風な感じがする。下半身もズボンというより袴のようで、けれどやはり完璧な和風という訳じゃなく、何故か所々に隙間が空いていてそのまぶしい白い肌を露出させている。


 そして、四肢の先端は毛の生えた狼の手足。


「通りすがりの吸血鬼だ」

「きゅう、けつ、き」

 その見開かれたオレンジの瞳が、一度だけ大きく揺れた。


「吸血鬼……そ、そうかっ! てめえが噂の、全裸の吸血鬼かっ!」

「ぐっ!?」

 またそれかっ! 俺と対峙したオークは例の風評被害しかないあだ名で俺を呼び、周りのオーク達も俺の存在に釘付けになる。


「ははっ! こいつがあの吸血鬼かよ!」

「こんなひょろいガキだったとはな!」

「楽勝だぜ! 今ならまだ脱いでねえっ! 力を発揮させる前に押し囲めっ!」

 おい、だから何でそんな面白能力者にされてるんだ俺!? 流石に伝承がいい加減すぎだろう! 脱いで力を増すとかただの変態だろ、おい!


「い、いや待て!」

「おらあああっ!」

「てめえを殺せば俺達だって!」

 俺と対峙していたオークの咄嗟の制止も聞かずに、何匹かが飛び込んできた。その巨体でこん棒を振り回し、俺を殴り殺そうと。


 しかし、制止の声をあげた奴は多少状況を理解しているようだった。自分の渾身の一撃を片手でやすやすと受け止めた俺が、簡単に打ち取れる相手ではないことを。


 簡単どころか、お前たちでは指一本触れられんぞ。


「死ねえええっ、えっ」

「あっ、れ?」

「なん、でっ」

 俺に飛び掛かる前に、俺の指から伸びた血の鞭が、そいつらを真っ二つに引き裂いていた。


 吸血鬼の血鞭グレイプ・ウィップ


「言っておくが、そのあだ名は風評被害だ」

 誰が全裸の吸血鬼だ、誰が。

 一度か二度全裸をさらしただけじゃないか。


「こっ、こいつっ!? うえっ!?」

「ひゅげっ!」

「あぶろっ!?」

 俺は手首を返し、片手で舞うようにして血の鞭を振るう。赤い線が地を撫で、その度悲鳴と新たな赤が森を染めていった。


 周りのワーウルフ達には当てずに、魔王軍のオークだけを狙って。


 悪いが、お前たちにかける情けはない。


「あ、あ、えっ……?」

「さて、あとはお前一人か」

 俺がこん棒を受け止めたオークだけは、引き裂かずに生かしておいた。


「聞かせてもらおう。お前たちの目的は何だ?」

「そ、そんなっ! お、俺はまだっ、がぎゃっ!?」

 と、俺の質問に答えることなく、こいつは何故か口から血を吐いて……。


「何っ!?」

 草むらから、無数に飛んでくる刃。


「何かいる!?」

 グレイプ・ウィップで全て叩き落し、飛んできた茂みの先までその鞭を伸ばすと、ギャアという悲鳴と飛び散る何かの血。


 さっき嗅いだ、腐臭のする血だ。


「き、気を付けて吸血鬼! あいつら小さいし、気配も消すっ!」

 叫んだのは俺が助けに入った少女。気配を消す? 確かに、攻撃を受けるまで俺が気づけないとは……。


「投げるナイフには毒があるっ! あいつら、茂みに入ったら襲ってくるっ!」

「姿なき暗殺者か」

 どうやらオーク以外にも戦力を潜ませて……。


「あらー? 何よ、あたしのゴブリンちゃんがやられてるじゃない」


 突然、そんな緊張した空気を破るかのように、その声は響いた。


「……なんだ、お前は」

 俺が警戒している中、そいつは堂々と、のだ。

 こいつ……俺が声をかけられるまで気配を掴めなかっただと?


「何だって何よ。魔王軍の栄えある幹部候補のエヴルーナ様よ」

 魔王軍の、幹部、候補?

「っていうか超美形じゃん。ナニコレ、これが噂の全裸の奴?」

 そう言って、目の前の二十歳前後の女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。っていうか省略の仕方酷すぎない?


 肩までで綺麗に切り揃えられた赤い髪。手と足には紫の金属光沢のある籠手とブーツ。上には長袖の深緑の上着を羽織り、その下……インナーと言うのか? モデル体型のようなすらっとした体のラインがくっきり浮き出る、黒い光沢の布で覆われて……。


「あら、この良さが分かる? 黒染めのシルクなの! すっごい珍しいんだから。肌触りもすっごいいいのよ!」

 聞かずとも説明してくれた。まあ、俺としては布の材質より体のラインに気を取られていたんだが。

 そして、そのシルクだかに包まれた臀部から生える、一本の細い尻尾。


「お前、魔族か」

「さっきから質問ばっかり。っていうか、美形だけれど堅苦しいのは好みじゃないかも」

 女はそう言ってしかめっ面を浮かべる。顔立ちはそこそこに整っているが、それでも隠せない他人を見下した雰囲気に、俺もため息を返してやる。


「悪いが、俺も君は趣味じゃない」

「あーら、言ってくれるじゃん。流石にあんたみたいな美形に言われるとムカつくわ」

 女は小悪魔めいた笑みを浮かべて……やつらに向かって、告げた。


「殺しちゃえ……って!?」

「悪いな、先に殺した」

 気配を探ることに集中すれば、俺にもおぼろげに分かるぞ。

 血の鞭を振った先。もう殺してしまったが、茂みの中で小さくうごめいていた者の正体。


「ゴブリン、だったか」

「あーあ……折角姿まで見せたのに、台無し」

 女はさっきまでのどこか楽しげだった雰囲気を消し飛ばして、殺気を惜しげもなく放つ。地面に転がる、緑色をした人型の死体を見つつ。


「人間の子供と大きさは同程度……だが、気配を消すのが上手いな。そうやって身を潜めて投げナイフで攻撃するワケか」

「ふふ、でしょ? 凄いでしょ? あたしそのゴブリン達を鍛えた【ゴブリンテイマー】なんだから」

 そうして女は一転してケラケラと笑う。情緒の不安定な奴だ。ゴブリンテイマーは言葉の響きから何をするか概ね察しが付くが……。


「気を付けてっ! まだいるっ! 茂みの中にいっぱい潜んでるっ!」

「ちっ、うるせえなあイヌッコロ。後であたしのゴブリンちゃんのおもちゃにしてやるから」

 ワーウルフの少女の言う通り、この女の狙いは不意打ちだ。ゴブリン達はこれだけ上手く気配を消せるのだ。その能力を生かさない手はないのだろう。


 だがその脅威は、種が割れなければの話。


「お前との会話も飽きた。魔王軍がここで何をするつもりだったか語る気がないなら」

「殺すって? やってみなよ吸血鬼っ!」

 叫んだ女は、これもいつの間に手に持っていたのか、白い宝玉をこちらにかざし……。


「魔王さまから賜った『時間停止の宝玉』よっ!」

「なっ!?」


 その言葉の響きに、十分すぎるほど凶悪なものを読み取った俺は……。


「もう遅いっ!」

 宝玉が光り、その直後、俺の体を包むように何かが……。

「がっ!?」

「えっ!?」

 ドゴン、という爆音。


 俺と女が叫んだのは、ほぼ同時だった。


 俺は自分の周りの空気が爆発的に弾けるのを感じ、その圧迫感で思わずたじろぐ。

「な、何で効かない!?」

 一方女もこんな効果ではなかったのだと目の前の様子に驚いていた。


「くっ!」

 魔法耐性はちゃんと効いているのか? だが、押し固められるような風圧で一瞬だが足を止められた。こんな事、今まで一度だってなかったのに。


「くそっ! 畜生っ!」

 女はその一瞬で形勢判断をして背を向けた。

「逃がすと思……ぐっ!?」

「吸血鬼!?」

 バゴンとまたしても俺の周りの空気が弾け、四方八方からくる風に体を揺さぶられる。無理やり進もうと思えば進めるだろうが……これは、くっ!


「種が割れない以上、下手に動けないかっ」

 俺が足を取られた一瞬で、あの女の気配は森の中に紛れて掻き消えていた。

 気配の消し方は間違いなく一流だ。この広い森の中……くそっ、追える気がしない。


「っ!? 何かくるっ! 吸血鬼!」

 その言葉の直後だ。森の奥から、小さな黒い雨粒がこちらに向かってぶわっと広がっているのを見たのは。


 黒い雨粒の正体。

 無数の矢が飛来するのを見て……。


「あっ、危ないっ! 皆逃げ」

「悪いが、この世界で一度懲りたんでな」

 俺は少女の言葉を強引に遮って、矢の雨の方へ。


 かつて古ゴート族の村で戦った時に、ティキュラ達のいる小屋を人質にとられた。あの時心臓を貫かれた傷はすぐに塞がったが。


「全員、伏せろっ!」

 同じ轍を、二度は踏まん!


「えっ、手から、剣がっ!」

 体から、隠していたブルーダラク家の宝剣を抜く。吸血鬼の血の圧縮術で収納していたのだ。

 そして輝く直刀を、深く背中側に回して。


「はあああああああっ!」

 一歩前に踏み出し、その足で大地を砕き、剣を思いっきり振るう。


「きゃ、きゃああああああっ!?」

「うごおあああああっ!?」

 少女と、残っていた他のワーウルフ達の悲鳴を巻き上げるように、爆風が起こる。俺は目の前の空間を力任せに叩き切ったのだ。


 刹那の間に亀裂を入れられた空間は、瞬く間にそれを元に戻そうと荒れ狂う。そうして俺の前方の空間で嵐が起こり、それが巨大な渦となって周囲をズタズタにしていくのだ。俺達に迫っていた矢の雨は、この風に根こそぎ薙ぎ払われた。


 いちいち手で止めていたらきりがない。

 だからこうして、まとめて吹き飛ばすことにしたんだ。


「だ、旦那。そう思ったって普通はできやしませんぜ」

「ベーオウか。だから心を読むな」

 俺の背後から現れた従者に一言言ってから、刀を収める。

 追い払いはしたが……やれやれ、最後まで翻弄される形になってしまったな。


「戦闘は、ひとまずは終わった。後はワーウルフ達から話を聞いて」

 俺が気配を再度確かめてそう告げたところで、ぐわし、と俺の手を掴む柔らかい感触。


 ふさふさとした柔らかい、狼の毛の感触が……。


「ダン、ナ……そう、わたしの、ダンナだっ!」

「え」

「……ありゃあ」

 先ほどはこの子をシャープな美形なんて表現したが……撤回しよう。なんだかすごくあどけない子供の笑みで、続けてこう言われた。


「私を、お前のにしてくれっ!」


 ……どうやら、厄介ごとの種を拾ってしまったようだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王と交渉中

従属:なし

備考:ワーウルフの少女と出会って……





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