番外編3 大魔王たちの帰路

大魔王たちの帰路



 あの吸血鬼に同盟を持ちかけた、その帰り道。

「あ! 帰ってきた! おーい、ガルー! ジャギュアー!」

 声と共に、ドドドドとこちらに駆けてくる一人の女と、一頭のリムルス。

 あいつらは俺達の迎えだ。


「おう、待たせたなー!」

 手を振ってやると、その女と一頭は嬉しそうにはしゃいで足を速める。


「相変わらず、足の速さは大したものですね」

 ジャギュアの視線の先には、このだだっ広い荒野を駆ける二人の姿。一瞬さっきの言葉はと思ったが……まあ、分かり切っているか。


 リムルスは、俺達にとっては昔から当たり前に生活の中にいる生き物で、最近では人間どもにも乗りこなすやつが出ているらしい。あいつらから言わせると『鳥族の馬』だそうだ。

 長くてデカいくちばしに太い首と大きな黒い羽、そして強靭な二本の足で大地を駆け抜ける、荒野の飛べない快速鳥。


 この荒野では、あの背に跨って移動するのが普通だ。じゃねえとこのだだっ広い荒野をいつまでも歩き続ける羽目になるからな。俺の変身も体力を使うから長いこと走るのには向いてねえし。


 で、そんなリムルスに跨るでもなく、それどころか奇妙な女。


「あれでもう少し脳みそが詰まってりゃいいんだが」

「大魔王もさして変わらないでしょう?」

「あ?」

 ジャギュアの舐めた口にひと睨みくれてやるが、相変わらずこの男はどこ吹く風と受け流した。ったく、涼しい顔しやがって、俺より多少頭が回るからってこういう所で調子に乗りやがる。


「ジャギュアてめえ、あんなのと一緒にすんじゃねえよ。あのバカよりは俺の方がっ」

「ガルゥーっ!」

 ドドドドと走ってきた勢いそのまま、このバカ女は俺にガシィッと抱き着いてきやがった。


「ガルー! 会いたかったよっ!」

「離れろバカ」

 俺の上半身をがっしり掴むように回されたかぎ爪。しがみついたそいつを片手で引っぺがすと、俺に首根っこ掴まれたまま、嬉しそうに笑いながら羽を振って……。


「えへへー! さっきぶり、ガルー」

「……ああ、さっきぶりだな、リン」

 一応は待ってくれていたリンに免じて、ため息一つで済ませてやる。


 俺や人間どものような顔に体、しかし手は鳥のような砂黄色と薄緑の混ざった羽に爪が生え、足もやはり鳥のような、或いは変身時の俺のような指が長く分かれた足と鋭いかぎ爪、長くピンとした尻尾にも羽。


 一見するとハーピィの特徴をそろえているが……こいつはハーピィじゃあねえ。


「ガルー! おかえりのちゅー」

「寝ぼけてんじゃねえよタコ」

「あーんケチー!」

 そう言って俺にひっつかまれたままジタバタとわめくリン。ったく、色気づきやがって。


 女、と言ったが背はあの吸血鬼くらいにちっこく、顔つきも甘ったりいしまだまだガキだ。羽と同じく砂黄色と薄緑の混ざった長めの髪をうなじのあたりで結んで、それが暴れる手足と同じようにブンブンと揺れる。

 どういう訳かガキっぽいくせにそこだけはやたらと育った胸も、それに合わせてブルンブルン。


「あー! ガルってばまた私の胸見てるー! えっちー!」

「うるせえよ。待ってる間なんもなかったか?」

「うんっ! リムルスと遊んでたよっ!」

 そこでようやく追いついてきたリムルスは、俺やリンなんかそっちのけでジャギュアの方に向かう。


「ああ、待たせたな」

「グルルゥー」

 ジャギュアに顔を差し出すように突き出して、撫でられると嬉しそうに鳴く。こいつはジャギュアがよく使うリムルスで、ジャギュアと行動することが多い俺とも一緒にいる時間は長いが……どういう訳か俺には全くなつかねえ。


「ガルには私がいるよ? ほら、撫でて撫でて」

「撫でるかバカ」

「あううううーーーーーーっ!?」

 何故か心の声を聞かれたような気がしたので俺は片手でリンを上下に振ってやる。リンのくせに生意気言いやがって。

 小さいくせに生意気なのを聞くと、ついさっきまで会っていたあの銀髪吸血鬼のガキを思い出す。


「そういやあいつ、なんて名前だったか?」

「あいつ……あの吸血鬼ですか? カイ、と呼ばれていましたね」

 言葉少なに、ジャギュアは俺の言いたかったことを理解して返事する。


「あの服に施された刺繍の模様は見覚えがあります。確か……ブルーダラク家のモノだったと」

「はっ! 何だアイツ、吸血鬼の名門出かよ」

 吸血鬼の家系なんてまるで知らねえが、その名前だけはよく知ってるぜ。


「つまりアレか? こんなアラル荒野の一帯にまで吸血鬼が進出してきたってことか? ご苦労なこった」

「ですが……いえ、今日の様子を見る限りやはり妙です。ブルーダラク家は現在魔王軍の勢力下ですし、魔王軍と敵対するとはどうも思えません。それにあの城には他に吸血鬼らしい者が一人も見当たらず……」

 ジャギュアはそうして一人でぶつくさやり始める。ふうん? まあ、ジャギュアに分からねえことを俺が考えても分かるわけねえな。ほっとくか。


「ねえ、その吸血鬼に会ってきたんでしょ? どんなだった?」

「んー?」

 俺に掴まれたまま大人しくなったリンが、ふと興味をひかれたように聞いてくる。


「そうだな……アレは、やべえな」

「っ!?」

「ふぇ?」

 あの時の……ついさっきまで対峙していた銀髪の吸血鬼を思い浮かべる。


「大魔王との力比べに勝ったのは驚きでしたが……どれ程のモノと見ますか?」

「えっ!? 怪力バカのガルに勝ったのっ!? あぶぁばばばばばばばっ!?」

「バカにバカなんていわれたくねえよ。つかあれは決着ついてねえんだから引き分けだ」


 リンのバカをブンブンと振りながら、俺は今も手に残る微かな痺れに……あの底知れぬ赤い瞳に改めて感服する。


「ありゃあ次元の違う力だ。俺達が押すだの引っ張るだのするのとは訳が違え。アイツに力で勝とうとするのは、例えるならこの星を引っ張り上げるようなもんだ」

「大魔王にそこまで言わせるとは……」

 ジャギュアは難しい顔でうめく。実際、俺も誰かをヤベえなんていうのは初めてだよ。


「……何か、能力や魔法を使われましたか?」

「そういう小細工じゃねえからヤベえんだよ。何の力かは知らねえが、とにかく力で張り合っちゃいけねえ、張り合っても意味がねえってことは分かった。それ以上は分からねえ」


 それ以上が知りたくて戦ってみるつもりだったが……まあ、アレはあれで予想外の収穫だったか。


「とにかくおめえらアイツに喧嘩売るんじゃねえぞ、死にたくなけりゃな。これから同盟も結ぶことだし仲良くしてやれ」

「……とてつもない力の持主なのは理解しました。なら、それで何故一度魔王軍に敗北を許したと思います?」

「はっ! 知らねえよ。力はあっても戦いは苦手なのかもな。やりあってみなけりゃ流石に判断できねえ。そうじゃなきゃ……攻めてきたときに寝てたんじゃねえのか?」

 俺の冗談にジャギュアもため息をつく。こいつの事だ。また厄介ごとが増えたとでも思ってるんだろうな。


 だが、俺から言わせりゃ……。


「……何か来たよ」

「お?」

「っ!? こ、これはっ!?」

 いち早く気づいたのはリンだ。危険察知能力、つうんだったか? こいつはバカだがこういう所じゃ妙に勘が鋭い。続いてジャギュアもその耳の良さで何か聞き取ったか。


「重厚な足音が重なっています。恐らくはオークの集団……魔王軍です」

「数」

「およそ……二百ほどかと。向こうの、地平線を越えたあたりでしょうか」

 俺にはねえ二人の能力のおかげで、こんな所をうろついてる奴らを発見できたわけだ。二百ってことは……また小さな村でも襲いに行くのか行ったのか知らねえが、ったく、胸糞ワリい。


「んじゃ、潰しとくか」


 この機会を……逃すなんて選択はねえなっ!


――


「ようし! このペースで行軍を続ければ、じきに目的の村へ着くな!」

 体躯のいいリムルスを駆りながら、ワシはオークどもを見下ろして部下に告げる。


「こんな奴らを押し付けられた時にはどうなるかと思ったが、案外順調に進みよる」

「ど、ドローメ様っ! 流石にオークどもにも疲れが見えています! 村に着けても、これでは満足に力を発揮できないのでは……」

 部下はワシと同じ竜族特有の大きな目を見開いて腑抜けたことを抜かす。全く、気分のいい所で水を差すな。


「魔王さまから下された命には、一刻も早く村を占領して拠点を築きあげよとある! 貴様、よもや魔王さまに逆らうつもりか?」

「め、めめ滅相もございませんっ! で、ですが、その……」

「なあに、村で捕まえた女は好きにしていいとでもいえば、こいつらの疲れも吹っ飛ぶ。心配はいらん」

 確かにオークどもは荒野での休まずの行軍で幾分足取りが重く見える。

 だがバネッサの砦が落とされた今、あまり悠長に構えている事などできぬわ。


 あの砦で幹部の幾人かが死んで空きができた。そんな中で下された新たな拠点設置の命令だ。

 これを成功させれば、そのまま新拠点の司令官に……そして幹部昇進も夢ではない!


「それに魔王さまからは、もう一つ賜ったがある。オークが一匹二匹くたばったところで問題なかろう。このまま進め!」

「は、はい……」

「で、伝令っ!」


 腑抜けた部下にそうしてげきを飛ばしていたところに、またしても水を差す一言が。


「今度は何だ。もう目的の村が見えたか?」

「ち、違います! 南西よりこちらに一直線に駆けてくる足音を感知っ! 数はおよそ三!」

「ほう?」

 四方に配置した哨戒しょうかい部隊が何か掴んだか。魔王軍を襲撃から守る要として魔王さまが重きを置いている奴らだ。誤報という事もあるまい。


「たかだか三人か。敵襲でも恐れることはあるまい。味方やもしれん、警戒しつつ確認を急がせ……」

「ただいま追加の伝令っ! 敵性の可能性大、応戦されたしとの事!」

「ふふ、仕事が速いな。しかし何だ? こんな荒野の真ん中で三人で奇襲だと?」

 随分とふざけた話だ。こちらは魔王さまより賜りしギガントオークが二百匹。向かってくるのはよほど腕に覚えのある者かただの馬鹿か……。


「まさか、例の全裸の吸血鬼……」

「っははははははははははははっ!」

 と、まさにそんなワシの想像を蹴っ飛ばすかのように、そのバカでかい声が響く。


「おうこらぁっ! てめえらこんな所で何やってんだっ! ああっ!?」

「な、何だあれは!?」

「ば、バカでかい地竜に誰か乗って……い、いや違うっ!?」

「足だけが竜族だと!?」

 オークどもと部下達の奇怪な叫びを聞いてワシも目を向けるが……その言葉の通りだ。


 巨大な地竜の足に、人間どものような体が……生えている!?


「な、なにいいいいいいいっ!? 何だあのバケモノは!?」

「誰がバケモノだ誰がよおっ! おらあああああっ!」

 その奇妙な体の男は背中から大剣を抜き、それを、あろうことかそのままこちらにぶん投げた。先端が丸く、まるでギロチンの刃のように迫る大剣が……。


「ぐぎゃびっ!?」

「ぶげっ!」

「ぐぼぼっ!?」

 オークどもの体が、数十匹分はじけ飛ぶ。

 血をまき散らし、広範囲にわたって飛び散るそれが、軍全体を一気に震え上がらせて。


「く、くそっ! 応戦だっ! 応戦しろっ!」

「奴は武器を投げた! 今度はこっちが……が」


 そう言葉を放とうとした部下も、千切れ飛ぶ。


 円を描くように、戻ってきた大剣に薙ぎ払われて。


「な、何だっ!? 武器が戻ってきたっ!?」

「く、鎖だ! アイツ鎖付きの剣をぶん回してやがるんだっ!」

 その言葉の通り、奴は長い鎖で繋がれた剣をぶん回して広範囲を斬りはらっていく。粗末なこん棒装備のオークどもには、それを防ぐ術がない。次々と悲鳴と血をまき散らして絶命していく。


 いや、だ、だがこれは……この戦い方は!


「ま、まさかっ!? あいつ……ガルーヴェンか!?」

 ああ、そうだ! 鎖付きの大剣を駆り、地竜の姿を纏うという噂の男だっ!


「が、ガルーヴェン!? あ、あの、魔王さまに反旗を翻した……」

「ジオ・タイラントの異名を持つ怪物っ!? ひ、ひいいいいいっ!?」

「うろたえるなぁっ!」

 ワシは震えあがる部下とオークどもを怒鳴り飛ばす。


「いかに奴でも、数には勝てんっ! 一斉にかかれっ! 打ち取って名をあげろっ!」

「う、うお……うおおおおおっ!」

「か、かかれええええええっ!」

 一瞬の躊躇のあと、ほぼ全員がワシの命に従って奮起し突撃する。名の知れた強敵であろうと、数の有利とその首にかけられた名声。それがこいつらの判断を曇らせた。


 だが……それでいい。


「ぐぎゃひっ!?」

「うぎゃあああっ!」

「数揃えようが無駄なんだよおらああああああああああああああっ!」

 その言葉の通り、ガルーヴェンは大剣を振り回すのをやめて突っ込んできた。二メートルを超すギガントオークどもを、その巨大な足で踏み荒らしながらだ。


 ああそうとも。数を揃えても無駄……


「だ、駄目だっ!? 止まらねっあぎっ!」

「や、やめぶじゅっ!」

 次々とひき殺されるように散る部下とオークども。その圧倒的な、その名に恥じぬ『暴君』の突撃には確かに数を揃えても無駄だ。


 だが、ワシには切り札がある。


「どけこらあああああっ! 死ぬぞおらああああああああっ!」

「ひぎゃあっ!」

「ぐげぇっ!?」

 もはや避けることも叶わず死んでいく間抜けどもめ。だが、おかげでいい目くらましになった。切り札を最後まで隠すのにふさわしい壁ができた。


 ガルーヴェン……魔王軍でも最重要の討伐指定対象だ。

 あれを殺せれば幹部どころか、その上の大幹部の椅子にまで手が届く!


 この機を逃すものかっ!


「死ねえっ! ガルーヴェン!」

「っ!?」

 後ろ手に隠していた杖をかざし、魔法を発動させる。

 勿論ただの魔法ではない。放つは限界まで魔力を込めた大魔法!

 それも、魔王さまがお創りになられた宝玉により……。


「【大火竜の炎道ヴァルカーノ・ライン】っ! くらええっ!」

「ふぎゃああっ!」

「あがあああっ!」

「ぐあがああああああっ!?」

 ワシの前方、全てが火の海に包まれる。杖の先から放たれたワシの魔法を、魔王さまから賜った宝玉が何倍にも増幅したのだ。竜が火を噴くような火炎魔法が、岩をも溶かす火砕流となり道を作る。


 文字通り、誰も生きてなどいられない死の道を!


「ふははははっ! やったぞっ! これでワシも大幹部に昇進っ!?」

「てめえ……」

 そんな、直撃したオークどもを形も残さずに溶かした大魔法の中……。


「てめえの部下まで巻き込むたあ、どういう了見だ、ああ?」

「ば、バカな……な、なぜ、た、耐え……」

 その男は、降りかかった火の子でも払うように、大剣を、一振り。


「どういう了見だって聞いてんだよごらああああああっ!?」

「ひっ!?」

 ワシが作った死の道を、轟音と共に駆け抜けてくる。


「く、来るなあああっ!」

 ま、まだだっ! まだ魔力は残っているっ!

 もう一撃っ! も、もう一撃見舞ってやればっ!


「は、早くっ! 早くっ!」

 最早ワシを守る部下はいないのだ!

 ワシの前にいた者は、全て、灰となって消えてしまったのだから……。


 そう、目の前に迫る男以外はっ!


「おらあああああああああああああっ!」

「ひっ!?」

 奴の手が伸び、今にもワシの胸倉を掴んでしまいそうな、そんな時。


「っ! ま、間に合っ!」

 絶望的と思われた状況で、次の魔法の装填は意外なほど早く完了したのだ。

 さ、流石は魔王さまのお創りになられた宝玉っ! と、ワシが奴に杖を向けたのと……。


「ぶぎゅびっ!?」

 奴のに踏みつけられたのは、ほぼ同時だった。


「なんっ、ぶげっ、ば、がなっ!? なで、てに、あじっ」

「手に足を生やしちゃいけねえなんて決まりはねえよ」

 見れば、奴の巨大な足が消えていた。その代わりに手からはその足が生えて、リーチを伸ばしてワシの体をぶっ飛ばし、地に押しつぶしたのだ。


 こ、こいつ……そうか、ただ変身するだけではなく、自在に体の形を、変え……。


「おめえら、何が目的だった」

「っ、ぐ、ひっ!?」

 押しつぶされて、ワシの手からは杖が零れ落ちていた。もはや、全ての希望が断たれたに等しかった。


「さっさと話せ」

「ぐぎいいいいっ!? は、はなじまずっ! ま、魔王の命で、村を、じんりゃぐずるづもりでじだっ!」

 恐怖と、痛みの渦の中、それでもワシは必死に希望を探した。


「じ、じがだながっだんでずうっ! 魔王の命令でっ、ほ、ほんどうはごんなごとじだくありまぜんでじだあああああっ!」

 反魔王を掲げて立った相手だ。魔王を切り捨て、何とかこいつに取り入れないかと必死に知恵を巡らせて。


「ま、魔王なんでっ、く、くずのクソみだいなやづに、お、おどざれでえええええっ!」

「そうか。ま、予想通りか」

「えっ」


 そうして、ワシを押しつぶすのとは反対の方の手が、竜の顎へと変わる。

 びっしりと、ナイフのような歯が並ぶ、肉食獣の頂点となる捕食者の顎が……。


「な、んで? は、なじだ、のにっ」

「殺さねえなんて誰も言ってねえだろ」


 あ、ああ……そんな……。

 打ち取った後の名声に目がくらみ、判断を曇らせていたのは、まさか……この、ワシ?


 そうして無慈悲に、暴君の牙は突き立てられた。


――


「大魔王、哨戒部隊は全員片付けましたよ」

「やったやったー!」

 リンと共に合流し、この戦闘の終結を告げる。


「おー、よくやった」

 大魔王ガルーヴェン……いや、ガルは竜族の男の顔を、事も無げに放り捨てた。

「こいつ、大したことねえと思ったが妙な魔法を使いやがった。炎が一瞬で膨れあがったんだよ」

 そうして残った体の方を蹴っ飛ばして、彼は傍にあった杖を拾う。


「炎の魔法……相当な威力だったようですが、大丈夫でしたか?」

「問題ねえよ」

 ガルはカカカと凶悪な顔を嬉しそうに歪めて笑う。

 地面に走る土が溶けた跡、そして今も足の裏から伝わる残り火のような熱が、その威力を物語っていた。


 なのに、その直撃を受けたであろう目の前の男は、服にすら焦げ跡一つなくピンピンとしている。


「相変わらずで安心しましたよ」

「はっ、俺一人にこいつらほぼ全員押し付けといてよく言うぜ」

「仕方がないでしょう? 魔王軍の哨戒部隊を逃がせば、ここで起きたことを伝えられます。私とリンで最優先で始末しなければ」

 何だかんだガルだけが活躍したように見えて、私とリンが果たした役割も相応に大きい。力で迫るオーク達と違い情報収集能力に長け、一撃離脱を得意とする者たちを逃がさず仕留めるのは、それ以上の戦闘力と追撃力が無ければ不可能だからだ。


 そんな哨戒部隊を共に始末したリンを見れば、オークの死体相手に自分の爪を無邪気に突き刺して遊んでいた。ああ見えて彼女もその俊足と鋭い爪の一撃を持つ生粋のハンターだ。


「ジャギュアが戦って、私はちゃーんと逃げたのをやっつけたよ! 褒めてっ!」

「あーえらいえらい」

「もー! ちゃんと褒めてっ!」


 だが、果たした役割は等価値だとしても、存在までが等価値ではない。


「その杖……恐らくはあの魔王の作った魔道具でしょう。話を聞くに、放った魔法に宝玉に貯えた魔力を加え爆発させる、と言ったところかと」

「はー、おもしれえもん作ったなドラケル。これがありゃあ誰でも大魔法使いってワケか」

「ですが貯えた魔力は恐らく使い捨てです。誰でも大魔法使い、ではなく数回は大魔法が使える、というのが正しい認識かと」

「細けえな。別にいいだろ、大魔法使いになれる杖でも」


 ガルはそう言って杖を掲げて、カッと空に向かって火球を放つ。派手な魔法にガルは上機嫌になりソレを見ていたリンもはしゃぐ。

 ああ、確かに。正確な認識では私が正しくても、他に与える影響としてはガルが正しい。


 誰でも大魔法使いになれる杖。それを量産できる魔王。人間どもは震えあがり、魔王軍は勢いづく。

 そこまで計算に入れて、あの男はこの杖を作ったのだろうから。


「うーし、今度こそ帰るぞ。っておい、もう魔法打てなくなっちまったぞ」

「だから言ったでしょう」

「えー!? リンもまほー使ってみたかった!」


 だが、そんなごまかしも、この男には通じなかった。

 この男の、強さには。


「次分捕ってやった時には使わせてやるよ。っていうかリン、お前は魔法使えねえだろ」

「え? だってそれを使えば誰でも魔法が使えるんじゃないの?」

「バカには使えねえよ」

 うがー! とその爪を立てて飛び掛かる彼女を、難なくいなして見せる。哨戒部隊をことごとく血祭りにあげた、彼女の俊足の一撃を。


 大剣を自在に操る類まれな『戦闘センス』と、『変身能力』からの予想もつかない数々の攻撃手段。

 そして、桁外れの精神力と魔力による、大魔法すら防ぎきるほどの『覇気の鎧』。


 この三つの柱がある限り、ガルは無敵だ。


 この力があれば、それこそ、魔王を排し大魔王としてこの世界に平穏をもたらすことすら、可能なのだ。

 私が叫んでも何の価値もない戯言を、この男なら、叶うに足る夢に変えることができる。


 この世界にとってガルの存在は……この男の価値は、計り知れないのだ。


「おい、ジャギュア」

「はい? ああ失礼、今行きます」

「ねえガル、そういえばさっき言ってた『どーめー』っていうのをすると、どうなるの?」

 私はリムルスに、そしてガルは彼女、リンに跨って、荒野を進む。


「まだ結べるって決まった訳じゃねえけどな」

 ガルは何を思ったのか、ため息をつきつつ浮かぬ顔をする。あの吸血鬼達に、ガルからの同盟を断る理由など無いと思うのだが。


 ガルはあの吸血鬼の力を相当警戒しているようだが……例えそれが事実であったとしても、それでもガルにはかなうまい。


 この男こそ、この世界で、最強を名乗るに相応しい男……。


「おいリン、お前、色仕掛けしてみろ」

「は?」

「えっ……ええ!? が、ガルっ! な、何なにっ!? とうとう私の魅力に気づいて!?」

「いいからやってみろ」

 唐突に、ガルが何かさせ始める。言われたリンはあたふたと何か考えてから、自分の胸を両手で押しつぶしてみせて……。


「……」

「……むぎゅぎゅっ!」

「……」

「むぎゅっ!」

「はあ」

「えええええっ!?」


 ガルのため息に……ああ、そうか。ようやく考えていることが分かった。


「何で何でっ!? これじゃダメっ!?」

「ああ、悪い。おめえに頼んだ俺がバカだった」

「うわああああああんっ! ガルのばかあああああああああっ!」

 あの男の脳裏には、今日接待を受けた背の高い女の姿がよぎっているのだろう。

 それでせいぜい、あの吸血鬼の女よりも自分たちの方がすげえんだぞと自慢したくてたまらないのだろう。


 ああ、なんて子供っぽい張り合い方を。


「ガル、そもそもあのサキュバスらしき女性に勝てる者は……恐らく我らの勢力にいません」

「うっせーな、ワンチャンあるかもしれねえだろ? 頭すっからかんでも黙ってりゃばれねえ」

「あのですねえ……」

 はあと、今度はこっちがため息をついてしまった。


「じゃあっ! えとっ……ちゅ、ちゅー!」

「……コレを我らの代表として送り出すつもりですか?」

「ああ、悪い。今度こそ俺がバカだった」

「何だよ二人してえええええっ! うわあああああんっ!」

 やれやれ、何に悩んでいるかと思えば。


 まあ、子供っぽさなら向こうの吸血鬼も相応のモノか。地竜の姿になったガルに向けられた瞳……あれは、まごうことなき子供のあこがれに満ちた瞳だったから。


 あの目を見て、ガルは、戦うのをやめたのだから。


「同盟を結ぶに、いい相手かもしれませんね」

「お? そう思うか? ならよジャギュア、ここはおめえの……」

「私の妻ならあの吸血鬼に見せるつもりはありませんよ」

 先手を打ってガルを黙らせる。全く、リンがダメなら別の女でなどと。


「いいじゃねえかよっ! ほら、おめえの自慢の女だろ? あの毛並みで吸血鬼もイチコロ」

「冗談じゃありません! あんなサキュバスの真似事させられますか!」


 なあなあとなおもしつこく食い下がるガルと、わんわん泣くリンと、そうしてまたため息をついてしまう私たちは、こうして荒野の帰路につくのだった。





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