テーブル上の競り合い



「ああん? 城の外だあ?」

「中に通してはもらえないのですか?」

 青空の下。

 広がる荒野とモダンな城、そして大勢のレッサーオーク達が見守るそこで、俺達は会談の準備を進めていた。


「生憎この間の襲撃であちこち傷んでいてな。万が一にも崩落の可能性がある場所に客人を招くわけにはいかない。誰かさんが余計に立て付けを悪くしてくれたしな」

 俺はそう言って、岩を投げたであろうその男を見る。


「はっはっはっ! 悪い悪い。魔王軍の攻撃をしのいだっていうからよ、それだけ頑丈ならあの程度で崩れると思わなかったんでなあ」

 皮肉に皮肉で返すか、こいつめ。


 凶悪面したそいつはさも愉快そうに三白眼を釣り上げて笑う。縮れたような強烈な黒いくせ毛が、いかにもな悪党らしさを醸し出して。


 大魔王、だったか。

 まさか魔王をすっ飛ばして大魔王が攻めてくるなんて、思いもしなかったぞ。


――


「ケガ人や古ゴート族を城の中に。会談は外で行う」

 俺は会談前の短い間に、ベーオウと密かに打ち合わせをする。

「戦うにしてもあれはそれなりの手練れだ。室内では城に何かあるとマズイ……外に椅子とテーブルを運び出せ」

「へい」


 崩落の危険がある、なんて話は勿論嘘だ。

 俺は城を皆の避難場所にし、そこを守りながら戦える状況を作り出していく。


「旦那、あいつらどうですか? やりあって勝てそう、ですかね?」

「無論だ」

 誰が相手だろうと、負けるつもりはさらさらない。


「同盟、結ぶつもりですかい?」

「状況次第だな。奴らが何者であるか分からん以上は何も言えんが、魔王軍と戦う上で戦力の増強は必須だ。それに、そろそろ他勢力とも交易を持つ時かもしれん」

 望む望まないに関わらず、俺達はもう放っておいてはもらえないのだろう。

 ならば条件によっては、そのまま手を結ぶことだって視野に入れなければ。


「情報が少ないのが痛手だが」

「それなんですが……旦那、ピンチになったら俺達に任せてもらえやせんかね?」

「? それは……頼もしいことだが」


 はて、ベーオウから妙な提案が。


 あいつらがそこそこに強いことはベーオウも理解しているだろうし、正直レッサーオーク達が束になっても敵わないと思うが。


「あいつらの意図をよく見極め、条件が良けりゃ手を結ぶ。そんときゃあお互い遺恨が無いように、穏便に話を進める。そういう事でいいんですよね?」

「ああ……そううまくいくとは思えんが」

 いかにも攻撃的で威圧的な相手だ。

 あれはひと悶着と見ていいだろう。

 そんな相手に……。


「任せてくだせえ。旦那は、あいつらと面と向かって堂々と口で渡り合ってくだせえ。それはきっと旦那以外にはできねえと思いやすんで」

 ベーオウの言葉に、いや、その裏にある謎の自信に、どこか頼もしささえ覚えるのだった。


――


「お待たせした。かけられよ」

 準備が整い……と言ってもテーブルと三人分の椅子を外に運び出しただけだが。それでも客人には客人のもてなしを心掛け、俺は椅子への着席を促す。


「まずは聞こう。そちらが何者で、何の意図があって同盟を結ぼうとしているのか」

「ははっ、かたっ苦しいな。名乗っただろ? 大魔王だよ。大魔王ガルーヴェンだ」

 ガルーヴェン……。

 その不遜な男はこちらが用意した品のいいテーブルに、肘を乗せて答える。


「悪いが知らぬ名だ。大魔王なるものも……俺の記憶が正しければ、この世界を二分する勢力の長が名乗っていたのは『魔王』だったはずだが」

「その魔王選定に最終候補として残られたのがガルーヴェン様です」

 と、今度は黒い獣人が、こちらは見かけ品がよさそうな所作でそう答えた。


「現魔王ドラケルのやり方に疑問を持ち、勢力を率いて新たにこの世界に覇を唱えたのが我が主。ジオ・タイラント、魔王を超える魔王……大魔王ガルーヴェン様です」

「ッ! 旦那、思い当たりやした! そいつは最近南東に国を建てたっていう、魔王軍の元大幹部でさあ!」

「っ!?」

 な、にっ!?


「ははっ、話が早え。つまりそういう事だ。今は魔王軍と真っ向から対立してるってわけよ」

 ……驚いた。いや、名乗ってはいたが、コイツ本当に国を持つ『王』だったのか。


 現魔王ドラケル……魔王の名も初めて知ったが、俺以外にもその魔王のやり方に異を唱える者がいたわけだ。そいつこそが、今目の前に座るこの男。

 地を統べる暴君ジオ・タイラント、だったか。南東に国を持つという魔王軍元大幹部。その仰々しい名にふさわしいだけの実力がある、と。


 ……成程、肩書きでは完敗だな。


「それで大魔王、という訳か。これはまた、随分と偉い男が来たものだ」

「なっ!? きさっ」

「ははっ、別に好きで大魔王名乗ってんじゃねえよ。分かりやすいだろ? あの魔王より偉いってところがな」

 その男、ガルーヴェンは俺の皮肉など軽く笑い飛ばしてそう語りかける。黒い獣人の彼が、俺の不遜な態度にカッとなるように立ち上がる中で。


 ……おたおたする俺が見たかったか?

 生憎だが、そんなつもりはさらさらない。


「それで、同盟を結ぼうというのは」

 俺だってバカじゃない。現実世界あっちならまだしも、異世界こっちではコイツと俺の身分が天と地ほどかけ離れている事など十分承知だ。

 かたや国を持つ大魔王、かたや荒野の裸の王様。獣人の男が、身分が知れた後も態度を変えない俺に憤るのは当然なのだ。


 だが俺は、引き下がるわけにはいかない。


 俺は裸の王様であっても、一人ではないのだから。俺がへりくだれば、俺に付き従う全ての者たちが首を垂れることになる。

 俺達の仲間であるギガントオークに、手痛い傷を負わせたコイツにだ。


 悪いがそんな真似、俺の仲間たちにさせるつもりはさらさらない。


「……先ほども申し上げた通り、我々は共通の敵を持っています。ですので、結束しようという単純な話です」

 答えたのはあの黒い獣人。内心憤っているだろうに、澄ました態度でそう返す。

「魔王軍が攻めてきた際には力を貸しましょう。我らの、およそ五千の兵力で援軍として駆けつけます」

 ふむ、五千の兵、か。軍事上の同盟という話なら……。


「こちらに要求するものは?」

 さて、本番はここからだ。

 当たり前だが、同盟というのは『仲良くしましょう』という単純な話ではない。


「ええ、軍を送る見返りに、食糧を提供していただきたい」

 互いの利益のために、差し出せるものを差し出せ、という話だ。

 軍事同盟となれば、候補として挙がるのは『兵』と『食糧』。


「古ゴート族が定住しているのを見るに、中々に貯えがあるのだとお見受けします。ですので我々にもそれを譲っていただきたい」

「随分な話だな。その魔王軍を退けた後に来て『食糧を寄越せ』などとは」

「随分な話じゃねえよ。アレは魔王軍の本隊じゃねえ、ただの寄せ集めの侵略部隊だ。次に来る奴らはあんなに優しかねえぜ?」

 得意げに笑みを浮かべるガルーヴェン。恐らくはその通りなのだろう。魔王軍があの程度で終わるはずもない。


「だから俺が『守ってやる』って言ってるんだよ。全部取られてからじゃ、飯も何もねえだろ?」

「……」

 この男の言葉は……気に入らないが、多少なりとも心を動かされるものがある。

 この話はつまり、俺が寝ている間、皆を守ってくれるという事だから。


「どうだ? 悪い話じゃねえだろ?」

「……そうだな」

 現状では、いや、結局のところどこまで行ったって、俺は寝ている際の守りを必要とする。俺がベーオウ達に出会う前なら、多少の無理を押してでも必要とした力かもしれない。


「お前たちに、信用に足る誠意があればな」

 そう、出会う前、ならな。

「いきなり現れて、俺の大切な仲間を傷つけたお前たちを、どうやって信用しろと?」

 現状では、これは同盟ではなく侵略。

 魔王軍に殺されたくなかったら俺達の傘下に入れ、と突きつけられているのと同様だ。

 それは、俺が何度も繰り返してきたやり方。


 そして力を背景に従わせるのに、対抗するやり方はたった一つ。


「そう言うなって。おめえに会いてえ、って言っただけで殴りかかってくるような奴らだぜ? 殺さなかっただけマシだろ?」

「ああ、手加減してくれたことは感謝する。そうでなければ、今頃

「……ははぁ、言うじゃねえか」

 ガルーヴェンの纏う殺気が、一回りその強さを増した。


「じゃあ試してみるか? を」

 ようやく挑発に乗ってくれたか。

 先ほどからお互い相手に対してけん制を続けてきたわけだが、先にしびれを切らしたのはガルーヴェンだ。


 力に対抗するために必要なモノは、それを上回る力しかない。


 少なくとも現状では、俺達の勢力にとって一国との同盟は心強い後ろ盾になりうる。だが、それが一方的に支配下に置かれるようでは支配されるのと何ら変わらない。


 俺達が優位に立つには、少なくとも俺達の事を認めさせなければならない。一番手っ取り早いのは、この売られた喧嘩を買ってやること。


「泣いても知らねえぞ? 吸血鬼」

「それは楽しみだ。安心しろ、手加減はしよう」

 俺の言葉でざわついた空気が、今、ガルーヴェンの纏う覇気でビリビリと震えている。周りのレッサーオーク達は、その覇気に揃って頬を引きつらせて。まあ、だてに大魔王を名乗っているわけではないということか。


 黒い獣人の彼はこの事態も想定済みなのだろう。笑みを浮かべて静観する構えを見せた。初めにたった二人でやってきたのも、それでギガントオークとひと悶着起こしたのも、全てはこのためだったはず。

 俺もよくやったさ。少数で攻めることで相手に侮らせて手を出させ、それを打ち取るという作戦を。力で支配するにも道理は必要だからな。


 だが今その道理は消えた。なら、残るのは純粋な『力比べ』。

 この戦いで、勝った方が全てを取る。


「降参した方が負け……どうだ? 分かりやすくていいだろ」

「気絶しても負け、を加えてくれ。いちいち気絶した相手を起こして降参かと聞くのも馬鹿らしい」

「はっ! 生意気な吸血鬼だぜ」

 その三白眼を凶悪に歪め、ガルーヴェンは不敵に笑う。怒っているわけではない。実際、楽しくて仕方がないといった風に。


 ああ、そういう所は気が合うな。久しぶりに、張り合いのある相手だ。


「では、覚悟し」

「御歓談中、失礼しますー」

「……え?」


 震えるような戦いの空気の中。

 唐突に割って入るように、いや、いっそぶち壊すかのように響いた、どこか気の抜ける、のほほんとした声。


「お食事とお飲み物をお持ちしましたー」

「み、ミルキ・ヘーラ!?」

 そう、現れたのは、あろうことか俺の愛しい少女の一人。

 しかもその恰好……。


「あ? 今そんな場合じゃねえよ。後にしっ……」

「いえ。腹が減っては何とやらと申します。ぜひ、我が城の品を味わってみてください」

 大魔王の覇気が、みるみるしぼんでいくのが分かる。

 俺に向けられた凶悪な目線も、今はミルキ・ヘーラの大胆に露出した胸元に釘付けだ。

 彼女は、あろうことかシャツを大胆に肩まではだけ、その妖艶な笑みを隠そうともせずに迫って……。


 いや、いやいやちょっと待て!?


「お、おいミルキ・ヘーラ!? お前何を」

「旦那、ちょっと」

 思わずミルキ・ヘーラを止めかける俺に、さらに待ったをかける従者の声。


「ベ、ベーオウ!? これは、一体」

「ここで旦那の実力を見せるのは、得策じゃあねえですよ」

「なっ!?」

 そう、小声でいさめられたのだ。


「旦那の力がすげえのは俺達なら誰だって知ってやす。旦那は文字通り、俺達にとって正真正銘の切り札でさあ。けれどそれをあいつらに馬鹿正直に教えちまったら、色々やりづらくなりやすぜ」

 それは……い、いや! そうかもしれないが!


「それ以外にやりようがないだろうが! あいつらは何も優しく手をつなぎに来たわけじゃない。ここで力を見せるのが一番」

「旦那。旦那の力が知られりゃ、あいつらも『それだけつええのにどうして魔王軍の侵略部隊に一度敗北を許したのか』を探り始めやす。そうすりゃあいつらは必ず、旦那の『弱点』にたどり着きやす」

「!?」

 ベーオウの言葉に、俺は目から鱗が落ちる。


「色々とマズいでしょう? それは」

「そ、それは……その通りだがっ! だがまさかお前っ、よりにもよってミルキ・ヘーラにあの凶悪な男の相手をさせるつもりで」

「姉御、だけじゃねえですぜ」

「どうぞ、美味しいお酒です!」

「こちらは森で採れた果物になっています」

「なっ!?」

 そうして明るい声を響かせ、ティキュラにアンリが、古ゴート族達が笑みを浮かべて次々料理を運び始めたのだ。


「旦那が寝ている間、俺達だって遊んでたわけじゃねえですぜ。まあ任してくだせえ。俺達が場を整えますんで」

 その言葉に合わせるように、さっきまで殺伐としていたテーブルは、あっという間に酒池肉林の様相を見せる。

 手慣れた感じでそれぞれが料理を並べて。古ゴート族達は大魔王と獣人に、屈託のない笑みを向け。


「ここで旦那があいつらを力いっぱいぶん殴ったところで『寝ている間守ってやるから食糧を寄越せ』ってなっちまいやす。旦那に引っ付いてる俺達を人質にして。それじゃあ意味がねえ」

「……そうならないようにできると?」

「できやす。俺達と旦那、皆で力を合わせりゃあ」

 そう言い切るベーオウの瞳には、確かにそうだと感じさせるような頼もしさが。


 ……やれやれ、従者にこんな形で逆らわれるのは、生まれて初めてだ。


「俺は、何をすればいい?」

 いいだろう、見せてもらおう。

 力で支配しようとする相手を、どうやっていなすのか。


「あの大魔王と、力比べして勝てやすか?」

「……ふん、誰に向かって聞いている。あんなの小指で相手してやるさ」

「なら最後は、お任せしやす」


 そうして俺はたまっていた熱をため息とともに吐き出し、覚悟を決めた。


 自分の従者を、仲間たちを信じる覚悟を。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名

従者:ベーオウ

同盟:なし

従属:なし

備考:『大魔王』が来訪中





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