第五章 それぞれの目覚め
異世界の朝は慌ただしく
――朝だ。
甘いまどろみの波に揺蕩っていた俺を目覚めさせたのは、誰の身じろぎだったか。
「ん、う……」
互いの息のかかる距離で、その少女は、幸せそうに寝返りを打つ。
「……」
ああ、そうだ。
正確には、少女達、か。
「か、い、さま……んんう」
「ごとう、しゅ、さ……」
キングサイズのベッドに、ラミアの少女と古ゴート族の少女と、ちょっと大きなサキュバスがそれぞれ気持ちのよさそうな寝息を立てて眠っている。
そのぬくもりで、俺を包みながら。
「……」
ティキュラの白髪や褐色の頬を手の甲で撫でると、くすぐったそうにして笑う。
アンリのこげ茶色の髪をなでてやると、同じ色の毛並みがふるふると喜びに震えた。
ミルキ・ヘーラのウェーブがかった青紫の髪をすき、幸せそうな表情を窺う。
三人とも、俺の愛しい少女達だ。
「……」
昨日は久しぶりに血を吸って、そのまま三人をベッドに誘った。
俺自身が心のうちから湧き上がってくる衝動を、抑えられなかったから。
「……」
顔を真っ赤にして恥ずかしがったティキュラに、とろんとした目つきで体を預けてきたアンリ。そして甘い声で愛情をこれでもかと囁いてくれたミルキ・ヘーラ。
そんな昨夜の思い出に心をはせていると、また俺の欲望がムクムクと蘇っていく。朝から元気だな、と俺の息子に心で呟く。
「……」
さて、こうなってしまったからには……誰かを起こそうか?
いや、折角気持ちよく眠っているのだから、起こしたくはない。だがそうするとこのいやらしい気分はどうしたものかと。
……いや、いいさ。今はこのささやかな時間を噛みしめ……。
「だっ、旦那っ! 大変ですぜ旦那ってうおあああああああっ!?」
そんな俺の心に冷水をぶっかけるように、ドアを勢いよく開く、俺の従者。
「こっ、ここは天国っ!? 旦那、俺も混ぜてぐぎゃあああああっ!?」
「静かにしろ」
俺はベッドから跳ね起きてそのままベーオウに飛び掛かる。目つぶしも兼ねた顔面チョップに、相変わらず大げさに悶えるベーオウ。
ああ、全く。ノックもせずに非常識な。
「おぐっ! うぐおおおおっ! だ、旦那……昨夜はお楽しみで」
「ああ」
たっぷりお楽しみしましたとも。
「い、いや旦那、お、俺たちオークは女を分け合うって習慣がありやしてね」
「ダメだ」
「ちょ、ちょっとだけっ! 触るだけでもあだだだだっ!」
「ダメに決まっているだろう」
ベーオウの頭を片手でにぎにぎ。これまたオーバーなリアクションで叫ぶベーオウ。あ、しまった。静かにしたいのだった。
「ベーオウ、ティキュラたちは今寝ているんだ。静かにな」
「お、俺としたことが、取り乱しやして……た、大変なんですよ」
まあ、朝から俺の部屋をノックもせずに飛び込んできたのだから、それなりに非常事態なのは伝わる。
甘く蕩ける朝を味わうのはここまでだ。
俺もベーオウも頭は十分冷えた。
「何があった」
「襲撃ですっ! やつらもうそこまで」
その言葉を言い終わらないうちに……。
突然、轟音と共に、目の前の壁が……。
「っ!?」
「うぐおおっ! や、野郎もう攻撃をっ!?」
俺の部屋の前。
廊下と外とを隔てる壁が、轟音と共に砕け散って。
「くっ! 障壁を抜かれたかっ! ベーオウ! 敵の数はっ」
「おー! 起きたかっ! 乱暴な目覚ましで悪かったなあっ!」
眼下に広がる荒野で、けたたましい大声で豪快に笑う、一人の男。
「さっさと降りてきなっ! 噂の吸血鬼っ!」
「……なんだ、アレは?」
すぐさま壁の穴に張り付き、眼下を見下ろして。
そこに立っていたのは、恐らくは壁に穴をあけたのであろう筋肉質な大声の男と、もう一人、黒っぽい色の、スーツのような服に身を包んだ獣人。
「やってきたのは二人ですっ! 旦那を出せって静止も聞かずに突っ込んできたんでっ!」
「命知らずだな。魔王の手先か?」
壊れた壁には、何かを叩きつけたような衝撃の跡。真下を見ると巨大な岩。アレを投げつけたのか?
「い、いえっ、それが……」
ベーオウは、そうして一瞬ためらってから……。
「大魔王、って名乗りやした」
「……は?」
「それとなあっ! おめえが噂にたがわねえ奴ってのは分かったからよおっ!」
大声の男は、ベーオウと同じようにどこか躊躇いと困惑を含んだ口ぶりで。
「降りてくるときは服着てこーいっ! 男の裸なんてもんは見たかねえからよー!」
混迷する事態の中、その男の言葉だけは、シンプルに俺の醜態を物語っていた。
……そりゃあまあ、うん、ベッドの中では裸だったからな。
こうして異世界の、慌ただしい一日が始まるのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名
従者:ベーオウ
同盟:なし
従属:なし
備考:『大魔王』を名乗るものが襲撃中
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