新たに見えた景色
「手ひどくやられたな」
改めて、帰ってから二日後。
荒野に立ち、あちこち壊れた城を外から眺めて、俺は呟く。
「すいやせん、城はそこまで狙われねえとは思ってたんですが。俺の見通しが甘かったみてえです」
「馬鹿言え」
「あだっ!?」
俺は隣に立つベーオウの頭をぐしぐしと撫でる。髪がないからぐりぐりという感じに近いな。
「俺が言っているのは皆の怪我の方だ。特に誰かさんの怪我だがな」
包帯巻いて木の杖ついている、俺の隣に立つ誰かさんの事だ。
「俺が逃げろと言っていたにも関わらず、そんな怪我を負うまで戦ったどこかの誰かさんだがな」
「あだだだっ!? だ、旦那っ! こ、降参ですっ! き、傷がっ! うぐおっ!」
今回、一番の重傷者はベーオウだった。
他のレッサーオーク達は怪我こそしていたが、命にかかわるほどではなかった。俺が重傷者の手当てだけ済ませて、あとは彼らだけでお互いの治療ができたほどだ。
「次はちゃんと逃げろ」
そんな誰かさんのせいで、俺は生きた心地がしなかった。
仕方のない事だったかもしれないが、それでも俺を切り捨てるという選択肢を取れば、もう少しまともな結果になったはずだ。
「あー、それは……お断りしてえっすね」
「……何?」
「旦那、痛覚はあるんでしょう?」
ベーオウは特に気負うでもなく、自然と笑みを浮かべながらそう言った。
「寝てるときだって、殴られたり斬られたりしたら痛えってなる、そうでしょう?」
……正解だ。
いくら体が無限に再生するからといって、痛覚は無くならない。一度寝ている時に心臓や首を斬られ、脳をひっかきまわされた時なんか、起きてから数時間痛みにもだえ苦しんだ。
アレは、恐らくは一、二度傷つけられた程度だったのだろう。俺の再生を見て無駄だと思ってくれていなかったら……寝ている最中、何度も斬りつけられて痛めつけられていたら……数時間程度の苦しみでは済まなかっただろう。
強制睡眠は、俺のまごうことなき弱点なのだ。
「他の奴ら全員を逃がさなきゃならねえ破目になっても、俺だけは、旦那の傍に居やす」
だから……そんなセリフを堂々と吐くこいつに。
「バカ者……馬鹿者……ばかもの……」
「だああああぅっ!? だ、旦那っ! 頭っ! つ、つぶっ! うぐおあああああっ!」
誰が潰すか、バカモノ。
死ぬほど手加減しているわ、バカめ。
……ホント、バカめ。
「あ、あの、ベーオウさん」
と、そんな中割って入ってくる、黒髪のショートが可愛らしい一人の古ゴート族。俺の方にぺこりとお辞儀して。
「向こうの壁、だいぶ傷んでいるようで。思ったより崩れてます」
「ああ、しばらくはあぶねえから近寄らせるな。木材集めたらすぐに直すぞ」
古ゴート族の少女とそんなやり取りを交わすベーオウ。どちらも何か気負っている様子はない。寝る前では考えられなかった光景だ。
「あ、そ、それと、あの……」
おずおずと、手を前に出してくる。その手に握られているのは、草。
「や、薬草です。け、怪我が治るのが、早くなると、思うので」
差し出した先は俺ではなく、そう、ベーオウで。
「へへっ、ありがとうよ」
「いっ、いえっ!」
受け取ってそのまま食べる豪快なベーオウに、それを見て嬉しそうに笑う古ゴート族の少女。
ほほう? ほほほう?
「あっ、す、すみませんっ! カイ様の分は無くてっ!」
「いや、気にするな」
俺が草をもらっても困るだけだ。それより、随分とまあ気に入られて……。
「やるじゃないか」
「えっ、ああそのっ! ま、まあ、旦那の助言のおかげっていうか、その」
珍しく照れるようにして言葉を濁すベーオウに、俺も満足だ。
「あー、ほ、他の奴らの様子を見てきやすっ!」
「あ、なら乗ってください、ベーオウさん」
逃げようとするベーオウに、自然な形で腰を落とす古ゴート族の少女。もうベーオウを、いや、レッサーオークを跨らせることに何の抵抗もない様子で……。
その光景を見て思い出す。
確か彼女……古ゴート族の村から帰る時にも、ベーオウを乗せていた子じゃないか。
「あー、その」
「はい?」
呼びかけて、俺は彼女の名を知らないことに気付いて……。
「ジゼールですよ、旦那」
そういう所にすぐに気づく有能な従者で嬉しいぞ。
「ジゼール、その男は賢そうに見えて自分の事はないがしろにしがちだ。だから色々と、頼む」
「はいっ、カイ様」
そうしてにっこりと笑うと、彼女はベーオウの怪我を気遣うように、ゆっくりと歩いていくのだった。
……やっぱり、見る目のある女はちゃんといるじゃないか。
「名前、一人一人覚えていかないとな」
周りを見ると、ベーオウとジゼールだけじゃない。古ゴート族にレッサーオークが跨っているのは、もう珍しい光景ではないのだ。
俺が寝ている間に、世界は進む。
俺も、早く追いつかなければ。
「ごーとうーしゅさーまー」
ぼふん、と柔らかさと重さを感じさせるような擬音で頭の上にのしかかる何か。
「ミルキ・ヘーラ。だから病み上がりなのだから動くなと」
「御心配おかけしています。けれどもう治りましたよー?」
そう言って後ろから俺に抱き着いて、その豊かな胸を俺の頭に乗せてくる。
「骨折していただろう?」
「はい。でももう治りましたし」
ムニムニと柔らかい体を押し付けながら、あっけらかんとそんな返事を。
彼女は肋骨に手痛いダメージを負っていたはずなのだが……実際こうして元気に動き回っている所を見るに本当に回復したのだろう。
モンスターのけがの回復は人間と比べても速いが、ミルキ・ヘーラのそれはかなり異様な速さだ。
まあ俺が言えたことじゃないかもしれないが。
「それに、御当主さまに何も恩返ししてませんからー。御当主様が起きているのに、私が寝ているなんてもったいなくて」
ムニムニムニ、とゴムボールを弾ませるようにしながら頭上で楽し気な声が響く。恩返し、だなんて、随分と殊勝なことを言う。
「礼を言うのは俺の方だ。起きたら、まさかこんな光景を見れるとは思わなかった」
レッサーオーク達と古ゴート族。二つを取り結ぶのに、俺はミルキ・ヘーラを……利用したのだから。
「私は特に何もしていませんよー? 皆さん最初から仲良くなるきっかけがあれば、いつでもこうなっていたと思います。御当主様も、そう思っていませんでした?」
ぎゅうう、と、今度は少し強く抱きすくめられて。
「私を受け入れてくださる口実、だったのでは?」
「さてな」
そう返すと、ミルキ・ヘーラは顔を埋めるように俺の頭に寄り添って、耳元で小さく『ありがとうございます』と呟いた。
その言葉が、素直な彼女の心を真っ直ぐ伝えるようなそんな言葉が、耳をくすぐる感覚に思わず痺れてしまった。
「ふふっ、お礼に、何でもしますよー?」
「……何でもか?」
俺はしなだれかかるミルキ・ヘーラの青紫の髪を、その緩いウェーブに沿って弄ぶ。
「いいのか? 男にそんな自由を許しても」
指を髪からその先、顔にまで伸ばして、徐々に首筋に沿って下げていく。さて、この先まで手を伸ばしたら……。
「はい。胸でもお尻でも、髪でも口でも、お好きな所をお好きなように、お好きなモノで汚していただいて構いませんよー?」
……な、何か予想よりドストレートな返答が。
「御当主様のおチン〇ンで、穴という穴ぶち〇してください」
「う、うん……」
ああしまった。彼女サキュバスだ。
そりゃあこの程度で照れたりしないか。というかその、そんな大っぴらに言われるとかえって、その……。
「大丈夫ですか? おっぱい揉みます?」
「ああ、じゃあ」
「カイ様」
うおおっとおっ!
「どうした?」
「か、カイさん、そんな急にきりっとしても胸に潰されながらじゃ」
そんなどこか呆れ口調で呟くティキュラと、ちょっと真剣な顔のアンリがやってきて。
「カイ様、お願いがあるんです」
アンリはこげ茶色のショートポニーを揺らしながら、切り出す。
「私を……鍛えてくださいっ!」
「……ほう?」
思ってもいなかった言葉に、思わず目を丸くする。
「私、今回の戦いでもまた負けてしまいました。今度こそは負けないって誓っていたのに。だから……もっともっと、強くなりたいんですっ!」
強くなりたい、か。
そういえばアンリは、古ゴート族の村の時も一人囚われの身になっていた。他の古ゴート族の女性たちは逃げていたことを思えば、彼女は進んで戦いの地に残ったのだろう。
それは、何のためだ?
「理由を聞いても?」
「あ、それは長くなるので。あとでじゃダメですか?」
「……えっ!?」
い、いや……いやいやいや!?
この流れでそこ端折るのかっ!?
「抜け駆けは禁止なんです」
「ぬ、抜け駆け?」
「だから、今夜」
「旦那ーっ!」
と、そんな俺達の噛み合わない会話を遮る声が。
「ちょっと来てくだせえっ! 魔王軍の奴がっ!」
「ッ!」
随分早いお越しじゃないか。あれから二日でもう攻めてきたか。
遠くから呼びかけるベーオウに、俺も急いで駆けていき……。
「お、俺達も仲間に入れてくださいっ!」
何か、これまた予想と違う展開が。
「吸血鬼様のお力は拝見させていただきましたっ! 俺達はあなた様に降伏しますっ! ですからそのっ! 勢力の末端に加えていただければっ!」
「どうかっ! 力仕事でも兵士としてでも、なんでもしますのでっ!」
やってきてみれば、そこには図体のデカい灰色のオークが数十人、地面に這いつくばる姿が。
こいつら、確か魔王軍のオークだったな。ベーオウ達と一緒にいたオークと似ているが、どこかより精悍でいかついような印象がある。
「【ギガントオーク】でさあ。オークとしては一番体格がよくてつええ奴です」
ベーオウのシンプルな説明にふむと頷く。流石魔王軍の兵士だけあってオークの中でも選りすぐりなようだ。
「お前たち、あの砦の生き残りか」
「は、はいっ! 何とか生き延びまして」
「魔王軍は、また攻めてくるのか?」
俺の問いに、オーク達は一瞬戸惑いながらも、こう答えた。
「え、ええ。俺達は抜けてきたので正確な事なんて言えませんが」
「面目を潰されたままでいるとは思えませんからね、攻めてくるでしょう」
……まあ、そうだろうな。
あの程度で大人しくなるなら、この世界で人間と勢力を二分などしないだろう。
恐らく衝突は避けられない。
なら、俺達が俺達の道を貫くためには、強くなるしかないだろう。
「強大な魔王軍が攻めてくるというのに、お前たちはわざわざ敵対した相手の下に来たのか?」
「……俺たちゃ、魔王軍にとっちゃ使い捨ての兵士なんです」
「だからどっちみち、魔王が勝とうがどうしようが、俺達にはまともな未来はねえんです。大半はあの砦の奴らと、辿る道は同じでしょう」
「でもここでは、オークは使い捨ての兵士じゃなかった! だから、ここに来たんです! お願いしますっ! どうか俺達をっ!」
成程な。
「……」
「そうですね。旦那が寝てる間は、狩った獲物を運ぶのも一苦労でした。こき使える奴が増えるのは正直助かりやす」
目配せ一つで俺の意を察したのだろう。ベーオウの答えに、オーク達は表情を明るくさせる。
相変わらずできた従者だ。
「いいだろう。ただし、掴みたい未来があるのなら自分で手を伸ばせ。与えられた未来ではなく、お前たちが望む未来のために足掻け。それが」
利用する、されるだけの関係ではない、その先にあるもの。
「俺達と共に歩む条件だ」
「はっ、はいっ!」
歩幅を揃えて歩く、というのは、実は起きていても大変なのだと最近気づかされた。
現実では種族が違えばどうだの、利害がどうだの、男だ女だと、考え一つとっても皆同じではないのだ。
だが向かう先が同じなら、きっと同じ道を歩めるはずだ。
俺の従者達には、そうあって欲しいものだ。
それならいつも寝坊する俺でも、ついていけるのだからな。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名
従者:ベーオウ 状態【負傷】
同盟:なし
従属:なし
備考:新たに【ギガントオーク】67名が仲間に加わった
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