青い空と赤い血、そして、彼女たちに降参した日



「き、貴様はっ!?」

「ティキュラも、アンリも、無事か」

「か、カイさんっ!」

「カイ様っ!」


 ギリギリで助け出したミルキ・ヘーラと、そしてティキュラとアンリは、俺に笑顔を向けてくれた。


「御当主、様……」

 痛めつけられたのだろう。あちこちにあざと、そしてミルキ・ヘーラは……下着姿の、裸体で。

 とても無事とはいえない、傷ついた姿で。


「貴様ら……」

「と、塔の天井がっ、ふっ飛ばされたっ!?」

「こ、こいつ何者だっ!?」

「この野郎っ!」

 動揺から解けた一人の兵士……爬虫類のような鱗を持った男、所謂『リザードマン』らしき男が一人、槍を手に突っ込んでくる。


 全く、目障りな。


「がっ!?」

 ティキュラ達に害が及ばぬよう一歩進み出て裏拳で首をへし折る。


 そのまま心臓に手刀を一突き入れ、その勢いで背骨を引き抜き握って砕き、両手で体を二つに引き裂いて空に放り投げる。


「なっ、あ、ああああっ!?」

「こ、こい、つっ、う、うあああああああっ!?」

 全く騒ぐな。

 まだ頭を潰していない。


 指先に血を集中させ、空に放ったトカゲの脳天に向け、放つ。


吸血鬼の足跡グレイプ・レーン


 圧縮した吸血鬼の血を、高圧水鉄砲のように噴き出して敵を貫く技だ。まさに水鉄砲ならぬ血鉄砲。これも吸血鬼の基本技の一つだが。


「なっ!?」

「くぁっ!?」

「爆発っ!?」


 圧縮率をあげればあげるほど、その速度と威力は高まる。

 だいたい秒速20キロ前後、時速にして7万2千キロほどで、衝突の際のエネルギーで血と貫いた相手が爆発するのだ。


 ここまでくると、指からレーザーでも撃っているように見えるから『ブラッドレーザー』なんて異名もある。


 そうして貫かれたトカゲの体が燃えながら四散するのを見届け、俺は前を向く。


「……」

 さて、見せしめはこのくらいでいいか。

 下手に奇襲でティキュラ達を狙われてもかなわん。敵の注意が俺に向いているうちに片付けよう。


「な、くっ! そうか……ふ、ふふっ! 貴様があの」

 一人、身の丈三メートルにもなろうという黄色いデカブツが笑い声をあげる。さっきまでミルキ・ヘーラを踏みつけていた、あの黄色いリザードマンだ。


「貴様が噂の、全裸の吸血鬼か!」

「ぐっ!?」

 おい。

 おい、何だって?


「噂通り、脱ぐと力を増すようだが、一人で乗り込んできたのは失策だったな!」

 な、何だ? 何か色々と誤解が進んでるぞ!? 何でそんな面白能力者になってるんだ俺!? 伝承がいい加減なのにもほどがあるぞ!


 確かにまあ、ここに来る前ベーオウ以外のレッサーオーク達が負傷しているのを手当てしているうち、巻く包帯が無くなってズボンまで引きちぎらなきゃならなくなったんだがっ!

 確かに今半裸だが! 全裸じゃないぞっ!? 半裸だぞっ!? ちゃんとチン〇ン隠れる分のズボンはあるからなっ!?


「全員で囲んでっ、叩きつぶっ!?」

 声を途中で途切れさせると、黄色いデカブツはバランスを崩したのか、その場に倒れこむ。

 ……何だ? ひょっとして気づいていなかったのか?


「な、何っ!? な、何故ワシがこけ……あ、足っ!? 足がッ! ああああああっ!?」

 ミルキ・ヘーラを助けるのに邪魔だったからな。

 彼女を足蹴にした足は、塔の天井と一緒に空の彼方へ切り飛ばしてやったんだ。


「きっ! 貴様っ! くそっ! かかれええええええっ!」

「うおおおおおおっ!」

 雄たけびと共に突撃してくる兵士達。ほとんどがリザードマンだが、中にはちょっと変わった見た目の奴もいる。鎧や服装を見る限り将校か、一般兵ではない身分なのか……いや、関係ないな。


 これから死ぬ輩には。


「ごぼっ!?」

「がぎっ!」

「げっ!」

 近づいてくる奴らは拳と蹴りで頭や胴体をちぎり、遠距離から魔法を放とうとした奴らはグレイプ・レーンで細切れにして燃やし、立ち止まって逃げようか思案していたやつらには千切った死体を投げつけて殺していく。


 ティキュラ達に害が及ばぬように、最速最小限にとどめて。


「これだけの人数でかか! れっ……ば……」

 黄色いデカブツを残して全員殺した後になって、そんな間抜けな声が聞こえた。


「これで全員か?」

 声の主、黄色いデカブツに近づきながら問いかけると、そいつは転んだ姿勢のまま恐怖に顔を引きつらせながらも……。

「しっ、襲撃者だっ! お前たち何をしているっ! 塔の上だ! ぜ、全部隊でかかれええっ!」

 大声で、叫んだのだ。


「それでいい」

 人間と敵対する魔王軍が、たったこれっぽっちの兵で大人しくなりはしないだろう。


「この程度では殺し足りないからな」

 この程度では、俺の怒りは収まらない。


「はっ、ははははっ! ば、ばかめっ! こ、このワシにっ! た、盾突こうなどっ!」

 黄色いデカブツは虚勢を張るように声を荒げているが、コイツを殺すのは最後にとっておく。今はわめき散らさせておくさ。


「何人の兵士がいる?」

「ふっ! 何人、だとっ!? 何千人だっ! オークどもだけでも千っ! 竜先兵を加えれば五千はくだらんっ!」

 竜先兵……さっきのリザードマンの事か? 勿論リザードマンというのは大まかな分類の事なので、より正確に分類すれば様々な種がいて、どれがどれなのかは俺には区別がつかないが。


「あの建物から湧いている奴らか」

 塔の端に足をかけ、見下ろすと大勢のリザードマンとオークが武器を手にこの塔を見上げていた。階段から登ろうと、大挙して押しかけてくるのが上から見えている。


 下まで降りるのも、登ってくるのを待つのも、面倒だ。


「貴様もっ! あれほどの数を相手に同じように、はっ!?」


 爆音がデカブツの言葉を遮る。

 グレイプ・レーンで、地上を一直線に薙ぎ払ったのだ。


 直撃を浴びた奴らが千切れるのは勿論、地面と激しく接触して瞬間的に沸騰、爆発。その余波で周りにいた全てを殺していく。


 赤い光が、全ての命を貪っていく。


「ひぎゃあああああっ!?」

「な、なんっ! ぐあああっ!」

「だっ! 駄目だっ! こんっ! あああああああああっ!」

 各所で叫び声が上がり、爆炎と血煙でそれがかき消されていく。俺の指から放たれた血の通り道レーンが、彼らの生の境界線になっていく。


 これより先は、死の世界。

 踏み込めば、待っているのは暗く深い闇の底。


 尤も、引く道など残しはしないがな。


「なっ、ば、かなっ!? こ、こんなっ……あ、あああああああっ!」

 黄色いデカブツがうめく中、ガリガリと、地面と建物を削り取り、燃やし、全てを瓦礫と灰に変えていく。この城に、何も残したりはしない。生き証人すら必要ではない。


 俺に牙を向けたこと。

 俺の仲間に牙を突き立てたこと。


 それを許しは……。


「そっ、そこまでだ吸血鬼っ!」

「ぐあっ!?」

「ッ!?」

 ほの暗い感情が胸を満たすのを止めたのは、少女の悲鳴。


「ッ! アンリっ」

「動くな吸血鬼っ! こいつの首を掻っ切られてもいいのかっ!?」

「で、でかしたぞっ!」


 いつの間にか、アンリを後ろから拘束しその首に鋭いナイフを突き立てるリザードマンが。

 いつ、どうやって!? 全く気配を感じず……。


「ふ、ふははっ! 貴様の強さもどうやら万能ではないようだなっ! ワシの精鋭が誇る隠密能力には気づかなんだかっ!」

 黄色いデカブツの言葉でアンリを拘束した男を見ると、どこかカメレオンのような雰囲気がある。

 まさか背景に溶け込んで接近されたというのか?


「か、カイ様っ! 私に構わずっ! 戦ってっ!」

「お、おいっ! 妙な真似するんじゃねえっ!」

 アンリはもがいて拘束から逃れようとするが、ボロボロの体で、両手を後ろで縛られたままではそれも叶わず。


 背後では、黄色いデカブツが立ち上がって近づく気配が……。


「ふ、ふふっ! そうだそうだっ! 動くなよ吸血鬼っ!」

「か、カイ様っ!? ダメっ! 避けっ」

「そうらああああっ!」

 バギイイッ、と音を立て、黄色いデカブツの拳が俺の顔へと叩きこまれて。


「ふはあっははははははははっ! どうだっ! ワシの拳は、岩をも砕……」

 ……岩が、何だって?


「あ、あれっ?」

「力任せで腰が入っていない」

 全く、武道を理解していないぬるい拳だ。


「寝てろ」

「ぶっぼあっ!?」


 ドズンと、殴られた力より少し強く、デカブツのボディーに正拳突きを見舞ってやる。

 腰を入れ、体をひねり、力を真っ直ぐ拳に乗せて。それでデカブツはダウンだ。


「……」

「ひいっ!?」

 俺が睨むと、カメレオンみたいなそいつは震えあがった。

 吸血鬼の赤い瞳で睨み、一歩、一歩と近づいていく。


「く、来るなっ! やめろっ! よ、寄るんじゃ、ねえええええっ!」

 カメレオンはナイフをこちらに向けて威嚇する。まだアンリが拘束されている以上、下手には動けない。隙をギリギリまで伺い、コイツが俺を攻撃したところで打ち取る。


 そう思って近づき……。


「や、やめっ! あっ!? えっ!? な、なん、何だぁっ!?」

「っ!」

 突然、カメレオンの動きがおかしくなる。


「きゅ、吸血鬼、何をしたあああっ!? あ、頭がっ!? あ、足がっ!」

 当然俺は何もしていない。急にふらつき、平衡感覚を失ったように混乱するカメレオン。

 こいつ、一体。


「させ、ないっ……」

「あっ!? え、あ、お、お前かあっ!? ら、ラミアが、な、何をっ!?」

「アンリから、離れろっ!」


 ティキュラだ。


 床に倒れ伏したまま、目だけを光らせ何か得体の知れない力を使っていた。

 これは……魔法? いや、違う。これは……。


「の、呪いかあっ!? てめえこんな力をっ! やはり希少種っ! うぐっ!? おっ! のれええっ! ま、まずはてめえからっ、し、始末っ!」

「させると思うか」

「え……あっ!? し、しまっ、ごぼっ!?」


 アンリから離れた間抜けの腹に、一発見舞って宙に浮かせる。

 お前は、一撃じゃ殺さん。


「飛べ」

 アンリに手を出そうとしたお前と、そして、油断してアンリを危険に晒した俺への怒りの分。


「ごぎぼごっ!?」

 空中回し蹴り。

 そいつの体を、地面に向かってふっ飛ばす。塔の上から角度をつけて飛ばすと、そいつは地面をガリガリガリと派手に音を立てて転がって、やがてバラバラになって散っていった。


「あ、よかっ、アンリ……カイ、さん」

「ティキュラっ! ああ、カイ様! ありがとうございますっ!」

 無事、に、済んだな。


「……すまない」

「え?」

「カイ、さま?」

 俺は笑みを浮かべる二人を見ていられず、くるりと背を向ける。

 そうして黄色いデカブツの前へと。


「あ、た、たすけっ、こ、降伏しますっ、で、ですから、どうか……」

 気絶から覚めたのだろう。完全に戦意を喪失した様子で、そいつは命乞いを始めた。


 見慣れた、光景だ。


「質問だ。お前たち、魔王の先兵だな。何故、俺の仲間に手を出した」

「ひっ、そ、それはっ! ま、魔王さまの命で、こ、この地を支配するため、し、仕方なくっ!」

「交渉もせずにか」

「へっ!? あ、そ、それはっ、さ、逆らえば皆殺しと、つ、通達して、おり……」

 それは交渉にもなっていない。

 ……尤も、俺が言えた台詞じゃないんだが。


「ど、どうかっ! お、お助けをっ! ま、魔王さまにあなたが幹部待遇になれるよう進言いたしますっ! で、ですからどうかっ!」

 魔王軍幹部の椅子か。

 この世界で、それがどれだけ魅力的なのかは知らんが。


「近々殺しに行く予定の相手に、仕える気など無い」

「っ!? ま、まさかっ! ま、魔王さまに盾突かれるとっ!? ひっ!?」

 俺はデカブツの首をがしっと掴み、引きずりながら塔の端へと歩いていく。


「あ、ああっ!? ど、どうかぁっ! どうかお助けをっ!? い、命だけはぁっ!」

「最後の質問だ。ティキュラとアンリとミルキ・ヘーラは……彼女たちは、命乞いなどしたか?」

「あっ……そ、それ……は……」

 デカブツの歯切れの悪い返事が、全てを物語っていた。


 ああ、命乞いくらい、してくれて構わないというのに。

 俺の事など捨ておいてくれと、言っていたというのに。


 ああ、全く……。


「どっ! どうか、きゅ、吸血鬼様ぁっ!? 慈悲をっ! お、お慈悲をぉっ!」

「安心しろ」


 質問は終わった。

 俺は塔の上から、デカブツを放り投げた。


「あ、へ?」

「すぐに殺してやる」


 吸血鬼の血で、細切れに刻んでやりながら。

 その黄色い巨体が、赤い鮮血の海に、沈んでいく。


 ――最後に、その瞳に俺への恐怖を映して。


 燃えながら爆散し、そうしてこの塔の主は、空へと帰っていった。


「……」

「か、カイ、さん?」

「カイ、様?」

 背中から、怯えたような、どこか不安げな声が聞こえた。

 ふいに、その声が、俺が力を見せた時の、かつての部下達のそれと重なった。


 最強の吸血鬼。

 始祖の再来。

 先々代の血を受け継ぎし真の王。


 そう言って、俺が寝ている間にしでかした事への報復に、恐怖し怯える彼らと。


「俺も、こいつらと同じだな」

「……え?」

「力で押さえつけ、逆らえば消す……やっぱり俺には、そんな生き方しかできそうもない」


 かつて、俺も同じことをしていた。


 俺達吸血鬼に従え。さもなくば、死ね。

 そんな暴君の振る舞いを、当たり前のように。


「なのに結局、俺は肝心の、お前たちを危険に晒した」

 そうだ。そんな俺に従ったとして、俺は誰かを、守ってやることなどできただろうか?

 俺の力は究極の鉾にはなっても、盾には、ならない。


 俺が寝ている間に、俺の大切なものは、みんな奪われていく。

 こんな頼りない、一時だけの最強の力など、何の役に立つというんだ。


「カイさん」

「……」

 そんなことを考えていると。

 いつの間にか、俺の後ろにティキュラとアンリとミルキ・ヘーラがいて。


「バカなんですか?」

「……えっ」


 バ……えっ? 俺が?

 未だかつて、生まれてこの方言われたことのない言葉にちょっと動揺していると。


「同じじゃないですっ!」

 三人に、抱きつかれた。


「あ、お、まえ、達」

「バカじゃないですか!? なんであんな奴とカイさんが一緒になるんですか!?」

「カイ様がいつ! 私に、私の一族に、従えなんて言ったんですか!?」

「御当主様が、私の居たいと思える場所をくれたんですっ! 私は、あいつじゃなくてあなたの傍にいたいんですっ!」


 三人が三人とも、ぎゅううと力を込めて俺を離さない。


「勝手に一人で全部しょい込んだりしないでくださいっ! 誰のためにいい女を目指してると思ってるんですかっ! 私を捨てたら、絶対後悔させますからねっ!」

「私だって! あなたと一緒に歩みたいっ! それに寝ている間撫でられるのを我慢してたぶん、撫でてもらわなければ気が済みませんっ!」

「離しませんっ! さっきの言葉を取り消すまでは絶対離しませんっ!」

 三人が三人とも、そう言って俺に真剣な目を向けてくる。揺るがない、煌めく強い意志を宿した瞳が、俺を映し……。


「あ、その……す、まない。悪かった。降参だ」

「あっ」


 俺はそう言って、優しく三人を、抱き返した。


「……ありがとう」

 ただその一言に、万感の思いを込めて。


 どう生きればいいのかなんて、まだ分からない。

 最強の力を持っていたって、俺はたかが16のガキなのだ。

 分からない。分からない、のに……。


 俺の心は、こんなにも今、救われている。


 進む道はまだ分からない。

 けれど、俺には、こんなにも大切だと思えるものがある。


 だから信じよう。

 俺の、この選んだ道が、間違いじゃない、と。


「え、あ、えと、あのっ、わ、私たちの方こそ、その」

「た、助けていただいて、ありがとう、ございます」

「……やっぱり、離しません」

 そんな言葉を聞きながら。


 塔の上は、涼し気に、さわやかな風が吹き抜ける。


 この世界に来た日と同じ、晴れ渡る空と。

 眼下に広がるのは、血臭漂う地獄絵図。


 俺の歩む道は、いつもこんなだが。

 それでも、共に歩んでくれる者がいることが、俺は何より嬉しい。


「帰ろうか……俺達の、城へ」


 そうして俺達は、帰路についたのだった。



<現在の勢力状況>

部下:安否不明

従者:ベーオウ 状態【ひんし】

同盟:なし

従属:なし

備考:ティキュラ、アンリ、ミルキ・ヘーラを救出

  :魔王軍との戦闘に勝利





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