あなたに出会えた運命を(後編)



「それでは、改めて聞こうか」

「は、はい」

 古ゴート族の衣服を上から羽織り、だいぶ落ち着いた様子のミルキ・ヘーラ。

 今度はテーブルを挟んで向き合って座る。これも最初の構図に戻った形だ。


「君は、何なんだ?」

 警戒は解かないが、かといって威圧するわけでもなく、落ち着いた口調でそう問いかける。

「……私は、その」


 ティキュラ達の行動で多少心を許したのか。

 やはり視線は泳がせつつも心を決めたように胸に手を当て、彼女は答える。


「……サキュバスです」

「……何?」

 俺だけじゃなく、周りの皆も一斉にざわつく。

 それは、予想だにしなかった答えだ。


「正確には【ジャイアントサキュバス】です」

「ジャ、ん!?」

 な、何だその聞きなれない名前は?


「私は、オーク達と全裸の吸血鬼が治めるという地の噂を聞いて、やってきたんです。サキュバスらしく、酒池肉林の宴に参加したくて」

 あ、ああ、そういうことなのか。

 最初は痴女か何かかと思ったが、これは……予想の斜め上だな。まさかサキュバスだとは。


 いや、正しくはジャイアントサキュバス、だったか?

 だからそんなに大きいのか……。


「では、その……そうだな、旅をしていた、というのは嘘なのか?」

「嘘じゃありません。各地を転々としていました。尤も、旅が好きという訳では……ないのですけれど」

 そう言って、彼女は自虐的に笑う。


「行く先々で、正体がばれて追い出されていただけですから」

「追い、出された?」

「私、サキュバスですよ?」

 そうして彼女は、今度は自虐的というより悲し気に笑う。青紫の髪が、ふっと首の動きに合わせて揺れて。


 目の覚めるような美人がそんな切なそうに笑うのを見ると、何も知らないのにこっちまで切なくなるな。


「サキュバスだと追い出されるのか?」

「えっ」


 そんな彼女も、俺の言葉に鳩が豆鉄砲喰らったかのようにぽかんと表情を固まらせた。


「え、あのー……はい、サキュバス、ですから」

「そうなのか。何分違う世界から来たのでな、そういう常識を知らないんだ」

「へ?」

 まあ通じないよな。忘れていてくれ。

 しかしサキュバス、か……。


「ここを出て、行くあては?」

「あ、いえ……ありません。人間の街を、追い出されたばかりですから」

 俺は、目の前の暗くふさぎ込む美女を見て……仕方ない、と一息。


「ならしばらくここにいるといい」

「それは……えっ?」


 そうしてはじかれるように顔をあげた彼女は、目を丸くして固まって……。


「え……ええええええええええええええっ!?」

 何故か彼女ではなく、周りが一斉に声をあげた。


 な、何だ? どうした?


「い、いやいや旦那っ! 今度は一転しすぎでしょう!? ほ、本気でこいつをここに置くつもりなんですかい!?」

 何だベーオウ、お前たちレッサーオークなら真っ先に喜ぶと思っていたんだが。

 それに別に、ティキュラに言われて判断を甘くしているわけじゃない。


「この上なくいい女だぞ?」

「い、いやいや! そこはそうでしょうけれど! 旦那、サキュバスって奴はその色香で国をも滅ぼしかねねえんですぜ!?」

 ふむ、さっき言っていた『サキュバスだから追い出される』というやつか。


「そんなに厄介なのか?」

「俺達オークでさえ手え出すのをためらうのがサキュバスでさあ! 一度ハマっちまえば、仕事も、食事すらも、何もかも手につかなくなっちまいやす!」

 ああ、幸せな快楽に溺れて堕落する、というやつか。てっきりそんな風に溺れてしまうのならきつく言い渡そうと思っていたところだが、意外とそういう感覚はしっかりしているらしい。


「事実か?」

「えっ」

 俺に唐突に話を振られて、固まっていたミルキ・ヘーラははっと我に返る。


「い、いえあの……そう、言われているのは、事実です。けれど実際、私達の魔法はそこまで相手を惑わす力はありません」

「どの程度だ?」

「その、魅惑の魔法は私達を『受け入れやすくする力』しかなくて……だから小さな違和感は消せても、大きな意思は消せません」

 ふむ、大きな意思は消せない、か。


「私がご奉仕したいと言った時も、それが私の本心かどうかを深く考えない程度にしか作用しなかったはずです。仮に恋人がいたり、私に興味が無ければ、私と肉体関係を結ぶことにはならないと思います。まして……私をサキュバスと知ってしまえば、尚更……」

 サキュバスと知っていれば拒絶することも可能ということか。確かに今のベーオウや周りの反応を見る限りそうらしいな。


 ミルキ・ヘーラは再び胸に手を当て、ぎゅっと、その手を握り締める。


「私、たちは……魅惑の魔法を使って集団に潜り込んで、好みの男性を、ハマらせます。多くの男性を虜にしようとすることもあれば、一人決めた相手に尽くすことも。私たちにとって交わりで得られる精は……食事であり、それ以上に大切な、肉体と精神の支えです」

 吸血鬼にとっての『血』のようなモノか。


「そうして得られる精の代わりに、私たちは快楽を提供します。その快楽は時に強い力を持って、ともすれば生き方を変えます。四六時中私たちの事ばかり考え……時に夢にまで出てくる、なんて言われたこともありました」

 ……流石に夢魔、と呼ばれるだけはある。


「ですがそれは、普通に恋をした男性が……いえ、恋をした男女が陥る状況と変わりはありません。いつも、どんな時でも、愛しい人への思いが頭の中を巡ってしまうのは、女も、私たちサキュバスも、同じです。そして私たちは……恋人の人生を壊したいだなんて思いません!」


 だんだんと、語る言葉にも熱がこもっていく。

 今まで抑圧していた心を、露わにするように。


「私たちに夢中になって何も手が付けられないというなら、接し方も変えますし、我慢もできます。いえ、します! だ、だから、そのっ」

 そうしてガタっと、椅子から勢いのまま立ち上がり。


「だ、だからっ、その……わ、私をここに置いてくださいっ!」

「……だ、そうだが」

「い、いや旦那。その、そうは言いやしても……」

 ベーオウはちらりとミルキ・ヘーラを見ながら、珍しく言葉に詰まる。


「あー、その、俺達だって死ぬほどいい女は大歓迎なんでさあ。ただ、死ぬほどってのが例えでもなんでもねえのが問題で」

「そんなに精気を吸われるのか?」

「いえ、交わり程度じゃ人間はともかく俺達オークは死んだりしやせんよ。ただ、こいつらに悪意があろうがなかろうが、いくつもの群れがサキュバス一匹に骨抜きにされて滅んだ、と聞いてやす」

「そっ、それは……」


 ここまで言葉や想いを尽くしても、サキュバスに対する警戒は消えない、か。成程厄介だ。


「その、カイ様。ベーオウさんの言う通りなんです。サキュバスが来るとその村の男たちは皆サキュバスに夢中になって、子孫をまともに残せずに滅んだり、追い出せても男女の仲に禍根を残したり、あまりいいことはないんです」

 ベーオウだけでなく、アンリもこの件に関しては難色を示す。


「一族のためにも、私は……」

 申し訳なさそうに、いつも元気に踊らせているポニーテールも俯かせて。


「あ……その……」

 そして先ほど俺を止めたティキュラも、言葉を探してはそれが見つからないを繰り返していた。


 どうやらこれが、この世界における『サキュバスの評価』らしい。


 嫌悪するわけではないが、実害がある以上一緒には暮らせない。

 彼女の精いっぱいの説得を聞いても、それが限度だと言う。


 そうだな……吸血鬼も人間社会では似たような立場を味わったことがある。人間は俺達を必要以上に恐れるし、実際大切な血を奪いもするからだ。


 厄介者と遠ざけられる思いは、嫌というほど分かる。

 だが、いや……だからこそ。


「彼女にここにいて欲しいと思ったのは、半分はお前たちのためだ」

「え?」

「へ?」

「俺の考えを話そうか」

 俺は立ち上がり、ここにいる全員に聞こえるように告げた。


「彼女を迎え入れたその時は、一つ、決まりを新たに追加する」

 そうしてレッサーオーク達、古ゴート族、その全てが俺に視線を注ぐ中……。


「これまで俺は、レッサーオーク達に『女に手を出すな』とくぎを刺していた。まず……この決まりを取り除く」

「えっ!? 嘘っ!?」

「何と!?」


「代わりに、お互いの合意の下での『自由恋愛』を許可する!」

「ええええええええええええっ!?」


 俺の宣言に、皆が一斉にどよめく。

 まあそうだろうな。恋愛の自由、だなんて本来制限されるようなモノじゃないが、俺達にとっては事情が違う。


「ちょ、ちょっと待ってくださいカイ様っ! そ、それはオーク達に私たちを襲わせるって事ですか!?」

「ちゃんと聞いていてくれ。お互いの合意の下、つまりお前たち古ゴート族が嫌といえばオーク達は手が出せない」

「で、ですがそれはっ」

 アンリ達古ゴート族は皆一様に不安がる。当然だ。彼女たちにとって、何か付け入るための口実を与えられたように聞こえるのだろう。


 これを悪用してオーク達が自分たちを襲うのでは、と恐れている。だが……。


「お前たちにとって、これはオーク達に対抗するチャンスだ」

「えっ、ちゃ、チャンス?」

「お前たちは今、オークに無理やり襲われることを恐れているだろう? このままオーク達を押さえつけていれば、いつか間違いが起きるんじゃないかと」

 俺の言葉に、沈黙という形で答えを返す古ゴート族。


「だからあえて自由恋愛を許可した。ただしお前たちが良しと言わなければ手出しできないとなれば、オーク達は気に入られようと必死になる。文句も言い放題だ」

「そっ、それはそう、なのかもしれませんがっ!」

 彼女たちを代表するように、アンリは前に出た。


「あいつらがそれに我慢できなくなれば、結局は襲われてしまうかもしれないじゃないですかっ!」

「そんな時は、ミルキ・ヘーラを頼れ」

「えっ、か、彼女を?」

「そうだ。女と見れば見境なく手出ししようとするオークが尻込みするのが、あのミルキ・ヘーラだ」

 さっきまでのやり取りを聞いていれば分かっただろう。オーク達がどれだけサキュバスであるミルキ・ヘーラを警戒していたか。


「決まりを守らないやつが出たら、ミルキ・ヘーラに懲らしめてもらえ。彼女が、ミルキ・ヘーラが、お前たちのボディーガードだ」

 古ゴート族の間にざわめきが起こり、だんだんとそれが納得の声に変っていくのが分かる。

 その通り、ミルキ・ヘーラがオーク達に対抗するこの上ない切り札だと。


 先ほどまでのベーオウの頑なな態度が、しっかりとそれを証明していた。


「で、ですがカイ様、その、私たちに残った男の子達まで、彼女に魅了されてしまったら」

「それも忘れたか? サキュバスと知れれば魅了の魔法は効かない。そうなればもう、お前たち古ゴート族の男子を誰がモノにするかは『普通の恋愛』だ。取られたくなければ、女を磨け」

 そういうものは、法や規律で縛れるものではないのだからな。


「だ、旦那っ! その、俺たちゃあ嬉しいですが……結局は受け入れてもらえなきゃ」

「情けない事を言うなベーオウ。いいか? はっきり言っておく」

 ベーオウだけでなく、他のレッサーオーク達も、自分たちが古ゴート族に受け入れてもらえるなどと考えてはいないようだ。こっちを見る顔つきがもう諦めている。


 それじゃダメだ。


「お前たち……レディーに対する接し方がなっていないっ!」

「え、ええっ!?」

「そもそもお前たちもっとモテる努力をしろっ! そんなんじゃ受け入れてもらえるわけないだろうがっ!」


 当たり前だが、当たり前のことだ。

 俺達が可愛い女の子に惹かれるように、女の子も格好いい男に惹かれるのだから。


「まず風呂だっ! お前たち気づいてないのか!? 古ゴート族は土の匂いは気にしてないが、狩りの後の返り血の匂いに怯えているのをっ!」

「き、気づきやせんでした……。てか風呂って」

「あ、ああ。あの面倒くせえ奴だよな」

「俺達にゃあああいうのは合いませんで」

「モテたくないのかっ!」


 びくっ、と俺の一言に電流走るオーク達。


「まず清潔さは基本中の基本だ! 常に心掛けろ! 綺麗にさわやかにするだけで女子の付き合いたいという基準は楽々突破できる!」

「なっ!? そ、そんな簡単にっ!?」

 ざわっ、と彼らの中で、何かが変わり始める気配が。


「それと視線だっ! 散々言ってきたが食事中の古ゴート族にいやらしい視線を向けるなっ! 彼女たちは無防備な瞬間を襲われるのを恐れるんだ!」

「で、でもそりゃあ」

「俺達の唯一の楽しみみてえなもんで」

 か、悲しい事言うもんじゃない。


「逆に考えてみろ。草を食べる無防備な瞬間に、お前たちが彼女たちに背を向け守るように立てば、どうなる?」

「え?」

「襲われる恐怖がそのまま頼もしさに早変わりだっ!」

「す、すげえっ!」

「おおっ!」


 単純で助かる。

 まあ実際、男女の関係なんてそんな複雑な事じゃないんだがな。


「あとお前ら事あるごとにやらしー話をするのをやめろっ! 体目当てでモノ扱いされて喜ぶ女子はいないっ! だから胸を揉みたいだのあの白い首筋に噛みつきたいだの願望を聞こえるところで垂れ流すな!」

「さ、最後のは旦那のじゃ」

「モテたくないのかっ!」

「モテてえですっ!」

 いい返事だ!


「お前たち顔はそれほど悪く無いし、背が低いのは古ゴート族も同じなのだから気にならないだろう。今言ったことを守れるのなら、あとは心で勝負できる」

 古ゴート族はお前たちを恐れてこそいるが、心の底から嫌っているわけではない。


「欲しいのならいい男になって振り向かせろ。それが恋愛のルールだ」

「へ、へいっ!」

 ベーオウ達の顔つきはもう、戦う男のソレになっていた。やらしー男のそれではない。

 これならもう、大丈夫だな。


「最後に、ミルキ・ヘーラ」

 そうして俺は、彼女の方に歩み寄る。


「居場所を失う痛みは、俺も多少なりとも知っているつもりだ」

「御当主、様……」


 この世界に来て、これまでの繋がりを全て失った。


 失ってみて分かった。

 それがどれだけ大切なものだったのかが。どれだけ自分が誰かに支えられていたかが。


 そして今、再び自分がそれを、手にしているのかもしれないという事も。


「失ったものと同じではないだろうが、ここには俺の自慢の仲間たちがいる。サキュバスには多少不自由かもしれないが」

 俺より高い位置から、綺麗な瞳が俺を覗き込む。

 その血の味のように、本当は純粋で、嘘のつけない素直な瞳が。


「よければ一緒に、暮らさないか?」

「ッ! は、はいっ! はいっ!」

 ミルキ・ヘーラは大きく腰を折り、まるで小さな少女のようにか細く震えながら、それでもその先を、しっかりと口にする。


「み、皆さんっ! これから、よろしくお願いします!」

 その一言は、今度こそ受け入れられた。

 ミルキ・ヘーラの周りに古ゴート族が集まって、笑いながら泣き出してしまった彼女を温かく迎えている。


 俺を慕う部下も従者も誰もいなくなったこの世界で、今こうして心穏やかにいられるのは、こういう奴らのおかげだ。


 俺が一方的に助けたなどと思ってはいない。

 彼らがいなければ、俺はまだきっと、この世界で独りぼっちだっただろうから。


「……カイさんは、やっぱり凄いですね」

 しゅるる、と静かに彼女は俺の隣に立つ。


「まさか、サキュバスと知っても受け入れるなんて」

「害をもたらすだけなら拒絶したがな」

 結局のところ、価値観の違う相手を拒絶するというのは、究極的には安定を守る、つまり『変化を望まない』という事だ。


 だが俺達には、変化が必要だった。

 いつか破裂する爆弾を抱えながら、それがいつ破裂するかを恐れる暮らしを、彼らにはさせたくなかった。


「『落ち着いて』みたら、特に問題なさそうだと分かったからな。誰かさんのおかげで」

「……私、思いあがってました」

 ティキュラはそう言って、表情を曇らせて俯く。


「最初は、ミルキ・ヘーラさんが悪い人じゃなさそうだって……受け入れたいって、思ったのに。アンリ達やベーオウさん達に何かあったらって考えたら、急に、怖くなって」

「ああ」

 その気持ちはよく分かる。

 大切なものができると、それを失うのが怖くなる。


 どうやらそう思うのは、俺だけではないらしい。


「だからちょっとだけ、悪い考えが浮かびました。でもカイさんはしっかりと、皆の事を考えながらミルキ・ヘーラさんを受け止めて……」

 そんなに大それたことはしていない。それに、ティキュラがいなければ、俺は今頃彼女を食い殺していたかもしれないのだ。


 だから礼を言うのは……。


「それに自分の事、あんなに素直に言えるなんて……隠していたのに……」

「……ティキュラ?」

 俺が一言言いかけたところで、ティキュラから、これまでに感じなかった暗い何かが小声で零れて……。


「カイさんっ!」

「ん?」

「私、ミルキ・ヘーラさんを師匠と呼びますっ!」

 な、何?


「それで、色々教えてもらうんです! 代わりに今度は、ちゃんと食べられる食料をお出しします!」

 ……やっぱり、食えない前提で出してたんだな、パイナップル。


「一応断っておくが、パイナップルは美味いぞ」

「えっ!?」


 驚きに目を見開くティキュラからは、さっきの暗さは消えていた。

 ……何だったんだ、今のは?


「あ、御当主様」

 そうして俺達に一陣の風を吹かせてくれた張本人が歩み寄ってくる。


「改めて、受け入れていただき、ありがとうございます」

「……言っておくが、調子に乗ってレッサーオーク達をいじめるような事でもあればタダではすまさん。俺が直々に仕置きしてやる」

 受け入れはしたが、勿論それは俺の大切な仲間たちを傷つけないという前提の下だ。ここはきちんとくぎを刺しておかねばな。


「ふふっ、魅力的ですけれど、そんなことはしません。私はいただいたこの信頼を、裏切りたくはありませんから」

 そう言ってとびきりの美人がまたとびきりの笑みを浮かべる。


 ……ああそうか。

 血を吸った時にも感じた。ミルキ・ヘーラはサキュバスであるという事以外、本当に素直で正直なのだ。いや、だからこそ厄介だったのだろう。


 この裏表のない笑顔に人生を狂わされる男は、まあ、多いだろうからな。苦労するわけだ。


 あとさらっとMっぽい発言は聞き流してよかったのか?


「人間の街を追われて、魔王軍も迫る中で、でもやっぱりここにきて、本当に良かったです。ここに来て私は」

「……ん?」


 待て、いや、ちょっと待った。

 今何か唐突に、引っかかる言葉が


「ミルキ・ヘーラ、君は、魔王軍からも追われているのか?」

 ここに来て、また外の勢力の話が。


「え? ああいえ、私が追われているのではなく、最近魔王軍がこの地に進出し始めているという噂を聞いたので」

 な、何だと?


「荒野の小さな村々も支配下に置くつもりなのだろうと……そういえば、御当主様は魔王軍の一員ではないのですね。吸血鬼の独立勢力なのでしょうか?」

 まあ、ブルーダラク家は魔界から現実世界に進出した独立勢力ではあるんだが……いや今はいい。そうではない。


 魔王軍がこの地にやってくるだと?


「ミルキ・ヘーラ、その噂は」


 そう、言いかけた。

 言いかけたところで、突然、目の前の美女の顔が歪んだ。


「っ!?」

「えっ!?」

「カイさん!?」

「旦那っ!?」


 違う、ミルキ・ヘーラの顔が歪んだのではない。世界全てが歪んだのだ。

 もっと正確に言えば、俺の意識が揺れたのだ。


「ば、かなっ!?」

 立っていられず、思わず膝をついて。襲い来るいつもの強烈なアレと……。

 そして、に何度もえずく。


 強制睡眠、だと!?

 馬鹿な、周期が早すぎる!


 というか、なんだ、この、気持ち悪さっ!?


「ベ……オウ……」

「だ、旦那っ! どうしやしたっ!?」

「い、いかっ……まお、ぐん……にげ、ろ、おれ、おいて、け」

「なっ!?」

「なな、かい、へやに……すてて、いけ」

「何言ってんですかいっ!? 旦那を置いて逃げる訳」

「い、から……皆、なかよ、く……」


 そうして、言いたいことの半分も言い切らないうちに。


 俺の意識は、深い暗闇の底へと、落ちていくのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名

従者:ベーオウ(仮)

同盟:なし

従属:なし

備考:新たにミルキ・ヘーラが城で暮らすことに

  :『強制睡眠(?)』発動





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