あなたに出会えた運命を(前編)



「ルールは簡単だ。嘘をつかず正直に話せ」

 俺は長身の謎の美女、ミルキ・ヘーラの隣に立ちながら、座っている彼女の首にそっと手を這わせる。


「嘘をつけば、即座に首を跳ねる」

 かちかちと歯を噛みならし、怯えた顔で震える彼女の顔を、こちらに向けさせながら。


 初めとは目線の高さが逆転したな。流石の彼女も座っていると俺の方が高い。

 それでもあまり差がないのは……男としては少々傷つくな。


「その綺麗な顔を傷つけたくない、分かるか?」

「はっ、は……いっ」

「いい子だ。ではまず、お前は人間と魔王、どちらの陣営の所属だ」

 彼女は何らかの魔法を行使して俺達を欺いていた。

 ならばやはりスパイとして、どちらかの陣営から送り込まれてきたと考えるのが自然だろう。


「ち、ちが……違いますっ、わた、わたひっ、どちらの勢力でも、あ、りません……」

 緊張で所々言葉を噛んでいる。怯え切った表情で、とびきりの美女が。中々に可愛らしい事だ。

 その嘘もな。


「ルールを忘れてしまったのか?」

 俺が喉のあたりをくすぐってやると、コクンと喉が鳴る。


「もう一度聞く、どちらの陣営の所属だ」

「ほ、ほんひょうに……わ、わた、わたひっ……ひっ!?」

 俺は彼女のブラウスに手をかけ、そのまま首筋を露出させるように引きちぎる。


「や、何っ!? ひっ!? ぎゃあああああああああああああああああっ!」

 胸が見えるほど露出した左肩に、俺は乱暴に食らいついた。


「あぎっ!? いやあああああああっ!? いだいいいいいいいっ!」

 いつもより乱暴に皮膚を食い破って血を堪能する。久しぶりの味だ。とろけるような甘みと病みつきになるような強い生命力。人間に近いがこの味は……人間ではない。


「俺達吸血鬼は、血の味で相手が何を考えているかが分かる。嘘をついているかどうか程度、だがな」

 これはモンスターの血だ。今まで味わったことのない……何だ? 何の血だ?


「そしてお前は……嘘は、ついていない?」

「ふっ、えっぐっ、ひぐっ」

 意外だが、血の味は先ほどの話が本当だと主張していた。血の味は嘘をつかない。つまり彼女は本当に『どちらの陣営の所属でもない』という事になる。


 だが、血の味はモンスターのモノ。これは……。


「お前の本当の目的は何だ? 何を探るためにここに来た?」

「ひっ、ひぐっ! ち、ちがっ! 違いますっ! ほ、ほんどうに、さ、探るとか、そ、そういう、が、害を及ぼそうとしたわけではなく……ひぎっ!?」

 同じ場所に噛みついて、わざとらしく奥歯で肌を乱暴にこすりながらの吸血。血を吸い上げるたびにビクンビクンと体を跳ね上げる彼女は、中々にそそらせてくれる。


 ああ勿論、肌に傷が残らないような噛み方をしてるがな。


「……悪意は、無いのか?」

「ふっ! ふぐっ! は、はいぃっ、あり、ありまぜんっ! ありまぜんっ!」

 ……本当に、無いらしい。

 何だ? じゃあ何なんだ本当に。


「君は、何者だ?」

「そっ! それ、はっ、それ、は……」

 はーはーと息を荒くし、俺から逃れようとするかのように視線を泳がせる。先ほどまでは素直に答えていたのに、ここにきてだんまりか。


 やれやれ、随分と余裕だな。


「少し、手加減が過ぎたようだ」

「あっ!? や、やだっ! ゆ、許し! やっ!? た、たすっ、けっ!」

「もっととびきり、痛くしてや」

「ストーーーーーーーーーーッぷ!」


 と、そんなところで場違いな叫びが。


「ストップ! ストップですっ! カイさん! これ以上はダメです!」

「え?」

「ちょ、ちょーっとショッキングでした! 休憩! 休憩を入れます!」

「おお、よしよし」

 突然俺とミルキ・ヘーラの間に割って入ったティキュラが両手を広げて通せんぼする。アンリはアンリで泣きじゃくるミルキ・ヘーラをあやしていた。


「い、いや待て! まだ何も」

「こ、これ以上は同じ女の子として止めますっ! ちゃ、ちゃんと休憩を挟んだら再開させますから!」

「だ、だが」

「ダメですっ!」


 そう言い切ったティキュラの瞳は、強い光をたたえて、震えていた。


「か、カイさんが考えて、みんなのためにやってくれてるのは分かります! け、けどっ! このやり方は、きっとダメですっ! ダメな気がしますっ!」

「っ!」

 言葉では強気で、けれどその姿は見た目相応に幼く。少女は恐怖に震える自分を必死にこらえて、俺の前に立ちふさがっていた。


 その目には、はっきりと俺だけを映して。


「わ、悪い人ならっ、カイさんがやっつけても何も思いませんけど、わ、悪い人じゃないなら……そ、そんなカイさんを見ちゃったら、わ、私……」

 目の前の少女、ティキュラは、震えながらそう言ったのだ。


「……」

 ああ、優しいな。ティキュラは。

 こんな状況でも、弱いものの味方ができるのか。


 それは道徳的に素晴らしいことだ。お互いを支えあいながら生きるためには、絶対に必要な考えだろう。互いを思いやり、痛みを享受し、困難を分け合って乗り越えるためには。

 それはなんて……。


 甘ったるい考えなのだろうか。


「そいつは少なくとも、お前たちを洗脳しようとしたんだぞ」

「ッ!?」


 敵対する相手が最低の悪党だ、なんて、そんな状況の方が少ない。


 相手には相手の正義があり、そして悪にもそれなりの事情があり、そして何より、相手に何一つ非が無かったとしても、そいつが俺達の仲間を傷つけに来たのだとしたら?


 許せるのか?

 黙って見ているのか?


 俺なら、この手で……。


「……」

「わ……」

 ティキュラは、広げた手を徐々に下げ……。


「わけが、あるのかも、しれません」

「っ! ティキュラ……」

 その言葉に、いや、少女の、湖面のように澄んだ瞳に、思わず目を見開いた。


「ですから、聞いてみましょう。面と向かって、今度は落ち着いて。その訳が納得できない時は……その時は、その……」

 ああ、そうか……違うのだ。


 彼女が心配していたのは、後ろのミルキ・ヘーラじゃあない。

 最初からずっと、その瞳に映っていたのは……。


「そ、その……ちゃんと、落ち着いて全部聞いてからの方が、あ、えとえと、あのっ」


 俺、か。


 いつの間にか、拳をめいっぱい握りしめていたことに気付く。

 力加減もできず、骨が全部折れては治りを繰り返していた。


 こんな状態では、落ち着いてと言われて当然じゃないか。

 皆を洗脳されかけ、冷静さを失っていたのは、俺の方か。


「だ、だからっ、そのっ!」

「……参った」

「えっ!?」

 俺は大きく息を吐き、たまっていた熱を出しながら、両手をあげて降参する。


「分かったから、そんな顔で通せんぼはやめてくれ」

 結構ズキリと来るんだぞ、それ。


 それを突破するのは、敵の大群をひねりつぶすよりよっぽど困難だ。


 甘い、と分かっていながらも、どうやら冷静に話し合ってみるしかなさそうだ。

 多分そうすることでしか、俺はその瞳と向き合うことはできないのだろう。


「ちゃんと話してくれるのなら、悪いようにはしないから」

「あ……」


 ティキュラの顔にまた笑みが戻ったことに、心の底から安堵しながら、そう思うのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名

従者:ベーオウ(仮)

同盟:なし

従属:なし

備考:『尋問』休止中





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