託された命運、死ねない理由(微改訂)
「うっ、ううううぅっ! うえええんっ!」
「もう大丈夫。もう大丈夫だよ、アンリ」
旦那が出ていった小屋の中で、二人の少女は抱き合っていた。
人間どもの血にまみれたその場所で、そこだけがいつか見た絵画の中から切り取ったかのように、俺の目には神々しく映った。
ああ、成程。旦那のいう『誇り』をもって生きていると、こういう光景に出くわせたりするらしい。上半身裸の娘が、年下の少女とくんずほぐれつする中で、そこそこに実った胸が潰されたりこぼれそうになったりするさまは、何ともいえねえ良さがあって……。
「あ、あの、ベーオウさん」
「ん?」
「ちょ、ちょっと視線がやらしーんですけど」
おいおい、手を出してないってのに文句を言われるとは思わなかったぜ。
「ティキュラ、どうし……ひっ!? ご、ゴブリン!?」
「レッサーオークだ! あんなのと一緒にしねえでくれや」
思わぬ侮辱にため息をつく。っていうかこの古ゴート族の娘……アンリ、だったか。さっきまでのやり取り、聞いてなかったのか?
「あ、あのお方……あのお方は?」
アンリはまるで熱に浮かされたように視線を彷徨わせる。あのお方、とは、どうやら旦那の事らしい。
「カイさんは今、外の人間と戦ってる。ねえアンリ、アンリと一緒に戦ってた他の仲間は?」
「あ……」
ティキュラの嬢ちゃんの言葉に、アンリは寂しそうに黙って首を振った。まあ、分かっちゃいたことだが。
「ティキュラの方は? 皆、逃げられたの?」
「ん? 皆だぁ? どういうことだ嬢ちゃん」
「あ、ええと、その……」
俺の質問にティキュラの嬢ちゃんはバツが悪そうに目を背ける。
……ははあ、コイツ、
事情が呑み込めてねえアンリに、ティキュラの嬢ちゃんは改めて笑みを浮かべて。
「うん、きっと皆無事だよ。あ、あの、その、ベーオウさん」
「あん?」
「そ、その、他の皆は……えと、見逃してもらいたいって」
「そういうのは旦那に聞きな」
俺達オークが見つけた時には、既に仲間たちと逃げた後ってワケか。確かに一人でいるところを見つけた時は妙だと思ったが……。
この嬢ちゃん、さては自分から囮になりに来たな。
俺や旦那に黙っていたのは、知れば交渉の材料にされるからか。仲間たちの血も寄越せとか、女は全員その身を差し出せ、とかな。
それくらい、こっちは要求して当然なんだが。
「ティキュラの嬢ちゃんが隠してたのは……他の古ゴート族かい?」
「は、はい」
「女か?」
「うっ、そ、その……女、子供です」
戦いに向かない女子供を逃がしてたってか。まあ、俺達オークなら喜んで女全員頂くところなんだが……。
「旦那なら……ああ、そうだな、潤いにされるかもな」
「う、潤い!?」
「ち、血をお捧げしろって事!?」
一気に顔を真っ青にさせる二人を、ちょっと悪いが愉快な気分で眺めさせてもらった。
ま、俺だって騙されていたんだから、これくらいの仕返しはいいだろう。
「……まるっきり、手遅れだったわけじゃねえってことか」
救えた命は一つじゃねえ。旦那、俺たちゃちゃんと、間に合ってたみたいですぜ。
「頼んますよ、旦那」
旦那の肩には、そいつらの命運もかかっているんですから。
――
「おらああああっ!」
「うおおっ! やっちまえ兄貴っ!」
「押せぇっ! ぶっ殺せええっ!」
親玉の繰り出す鋭い連続突きを、横にステップを踏む要領で回避していく。
周りを囲まれ逃げ場を塞がれ、風を切り裂く刺突の嵐を、紙一重でかわしながら。
「はっ! やるじゃねえか吸血鬼っ! 俺の槍撃をっ! かわすなんざ!」
言うだけあって中々にいい腕をしている。槍の基本的な扱いは勿論、呼吸や歩法などきちんと武術を踏襲した動きだ。派手に攻撃しているようで、一番大事な守りも疎かにしていない。
先ほどから俺がわざと隙を見せているのに食いつく様子もない。
「何故、この村を襲った」
「何っ?」
「大して得るものもないこの村を」
槍、といっても先端についているのは片刃の剣なので、突きからの横薙ぎも適度に織り交ぜてくる。それをしゃがみや左右のフェイントを駆使してかわし続ける。
奴の槍の、射線上に入らないように。
「ははっ! 何、俺たちゃ拠点が欲しかったんだよ! ここは人間領からも魔王軍の砦からも離れてたんでな。都合がよかったん、だよっ!」
親玉はらちが明かないと判断したのか、突きに合わせて一歩後ろへ引こうとする。
その動作を……俺はずっと待っていた!
「ぬっ!?」
バックステップに合わせて一気に距離を詰める。槍で鋭い突きを繰り出すためには、しっかりと地に足を付ける必要がある。
腕や上半身の力だけで繰り出す突きなど、もはや恐れるに足らず!
あと一撃、かわせば……。
「はっ! させるかっ!」
親玉は突き、ではなく、照準を合わせるように槍を横にスライドさせた。あの銀の針を織り交ぜて、
「そんなものっ」
打ち出された銀の針を、俺は難なく掴み取る。その武器が厄介なのは、槍の攻撃の合間に針攻撃を自在に織り交ぜられることだ。凄まじい貫通力と、ティキュラ達が何をされたのかもわからないほどの速度で飛来する超速の弾丸。
だが来るタイミングが分かっていれば、それも大した脅威ではな……。
「ッ!」
俺がそうして踏み込もうとした直後、まるでタイミングを計ったかのように鋭い殺気が向けられる。
正面からではなく横から。
飛来する……無数の針という形で!
「くっ!」
「こ、これでも止められるのか!?」
「こいつ、本当にバケモンかよっ!?」
周りを囲んでいる奴らからの不意打ち。それを受け止めている間に親玉はしっかり体勢を整えていた。針が来る間も常に防御の構えを解かずに。
……これでも攻めないか。
「どうした吸血鬼、当てが外れたか?」
今の連携は即席ではなく、あらかじめ合図を決めているような反応だった。この分じゃ、隙を突こうとするたびまた針が飛び、振り出しに戻される。
にやりと笑う男の、目だけが今も、俺の一挙手一投足を捕らえ続けている。
ふん、成程。守りにかける精度だけ見れば一級品だ。
「独立勢力として……この世界で、新たに覇を唱えるつもりか」
「あん?」
少し、趣向を変えてみるか。
「人間と魔王、どちらにも反旗を翻す、そういうことか?」
「はっ、何を言い出すかと思えば。そんな大それたことじゃねえよ」
親玉は槍を再び肩に。構えを解いたようでやはり動きに隙が無い。恐らく強引に攻めれば打ち取れるが……。
「好きに奪い、好きに殺す。そんで美味いもんをたらふく食らう。そんな思うがままの生き方をしてえだけよ」
「それが、この村で略奪を働いた理由だと?」
親玉は口角を持ち上げてにやりと笑う。
「この世は弱肉強食だ。殺される奴が悪いのさ。だから悪いのはこの村でよええ癖にのさばってた連中ってわけだ。そんな奴らに価値なんて……あっ!? でも、待てよ!?」
わざとらしく片手で顎を持ち上げ、芝居がかった調子で……。
「実はさっきよお、ちょっと
ゲラゲラと、下品に笑い飛ばす。
……下種が。
「あとはよお、その小屋にいるバケモノ女! 下半身はアレだが顔は悪くねえっ! せいぜい俺達強者の『糧』にしてやるさ! はははっ! よええ奴は、文字通り餌ってわけだ!」
「……成程、よく分かった」
この村に来て。
人間がここまで身勝手な生き物だったかと考えさせられたが、どうやらそうではないらしい。
「一つ聞く。お前たち、なぜ人間の世界でそうしない」
「……あ?」
「金銀財宝、美味い食事、いい女。そんなもの、人間の街に行けばいくらでも奪い放題だろう」
男の顔から、笑みが消える。
「こんな何もない辺鄙な村でいきがり、美味くもない肉を食らい、化け物と蔑む女に慰めてもらう、その理由は何だ」
「てめえ……」
この世界の感覚がどうであろうと、こいつらは思うがままの生き方ができないから、ここにいるのだ。村を占領しながらも不満を垂れ、薄笑いを浮かべるのが精いっぱい。
要するにこいつらこそ、外れた者たち。
「何が好きなように生きる、だ。弱者が妥協して生きているだけだろう、半端者」
人の道、というやつからな。
「人の世で、まともに悪ぶることすらできなかった負け犬どもが」
「チッ!」
舌打ちと共に親玉が再び槍を構え……。
「馬鹿がっ! 兄貴がてめえの話に付き合ったのは時間稼ぎだ!」
「捕らえたぜっ! 俺達の拘束魔法でてめえの動きはっ!?」
ソレはさっきやった。足元に光る魔方陣を無視して再び親玉に近づき……。
「おめえら……」
親玉は、だが、全く動じた様子はなく。
「小屋を狙え」
「ッ!?」
俺にとって、最大の急所を狙い撃ってきた。
「ッ! しまっ!」
手下たちは即座に反応する。今まで俺を狙っていた無数の槍が、銀の針を打ち出す槍が、俺の後ろの小屋へと向けられ……。
一斉に牙をむく。
「くっ! 間に合っ!?」
「どうだ? 負け犬の牙に翻弄される気分はよ」
全ての針を何とか手で止め、けれど無理な体勢から飛び出したために完全に無防備になった俺に、にたりと視線が絡みつき……。
「ええっ! 吸血鬼っ!」
「ぐっ!?」
親玉の槍が、心臓に、突き立てられたのだった。
「ひゃはははははっ! バカがっ! てめぇのつまんねえ挑発になんか乗るかよっ! 俺はずっと考えてたんだぜ? てめえみてぇなおキレイな吸血鬼がなーんでこんな村にやってきたのかをよ!」
槍を突き刺したまま、親玉は俺の顔を覗き込む。不揃いな歯をむき出しにして。
「偉そうにご真っ当な道をとくとく語るのを見てよぉ、ああこいつは正義の味方よろしく駆けつけてきたわけかって合点がいったぜ! だから庇ってくれると思ったぜ、いい子ちゃんな吸血鬼ならなぁっ!」
随分、知ったような口で、好き勝手、言ってくれる……。
「俺たちゃ別にいいんだぜ? 負け犬でも半端者でもよお。俺達より弱いやつを踏みにじって好きなようにいたぶってぶっ殺せりゃなあっ!」
その槍から、俺の心臓を完全に貫いた槍から、ごぷりと、真っ赤な血があふれ出し……。
「もう一度聞くぜ? さっきまで負け犬だの蔑んでた相手に……こうしてぶっ刺される気分はよおっ! ええ!? どうなんだよっ!」
「最悪だ」
「なっ!?」
文字通り、
「だが、最後の針は、止めた」
「っ!?」
俺はそう言って、背中に回していた手を戻す。
親玉が俺を刺し貫く寸前。
最後の一撃として放った銀の針は、ちゃんと後ろで捕まえていたさ。
間に合わず、俺の体を貫いてから止める羽目になったが。
「ん? 何だお前、槍を引き抜けないのか?」
「ぐっ!?」
「……ああ、お前その身体能力を魔法で強化していたのか」
俺の魔法耐性は、俺に触れているモノにもある程度影響する。だから俺の心臓に突き刺さった槍を通して、親玉の身体強化魔法を打ち消しているのだ。
「大した達人だと思えば……がっかりさせてくれる」
「てっ、てめぇっ!? 何で生きてやがるっ!?」
親玉の上ずった声は、その動揺は、瞬く間に手下たちにも伝播してざわめきを起こす。俺にとってはよく見た光景だ。
「吸血鬼はその血で傷を塞ぐっ! だが心臓に杭や針を打ち込まれりゃ! 流れそのものを止められりゃどんな吸血鬼だってひとたまりもねえはずだっ!」
ほう? よく知っているじゃないか。
吸血鬼の弱点にまつわる伝承はかなりいい加減だ。
ニンニク投げつけられたり十字架投げつけられたりと、まあ前にも語ったように、人間たちは俺達吸血鬼がそれぞれ固有の弱点を持つという事を知らないのだ。
だがその中でも、心臓に杭を打ち込むのだけは例外だ。俺達は血の流れと共に生きている。血を自在に操り、或いは武器として、或いは傷を即座に塞ぐのにも使う。
だからその要である心臓に異物を打ち込まれれば、どんな吸血鬼でも動きを止める。命を取られる。
心臓に杭を打ち込むことだけは、俺達共通の『弱点』といっていい。
もっとも俺は、その例外なんだが。
「逆に聞くが、お前は死ねるか?」
「な、何っ!?」
「志半ばで、
俺は動揺したままの親玉の腹に、そっと足をかけ……。
「俺は死ねない」
思いっきり、足で真上にぶん投げた!
「ひゅっ……」
僅かな悲鳴、いや、空気の漏れる音だったのか?
親玉が最後に残したそんな声は、荒野の風がさらって、掻き消えて……。
そうして彼は、空の彼方へと消えていった。
「あっ! ああああああ兄貴っ!?」
「う、嘘だろこいつっ!?」
「成程、これはいい」
一応、どう殺すべきかは悩んでいたのだ。
こいつらが恐らくは人間社会から外れているのは想像に難くないが、それでも禍根を残さぬよう、少なくとも吸血鬼が殺したと思われぬようにしなければならない。だから吸血鬼の力を封印したまま戦っていたが……。
心臓に突き刺さった槍を引き抜き、俺を囲んでいた手下どもに向かって歩きだす。
「そもそも、死体を残さなければいいだけだったな」
「あっ、ああああああああ!?」
「や、やめっ! ひいいっ!?」
そう、
「掃除の手間も省ける」
「くっ、くそっ! 撃てっ! うち殺せぇっ!」
誰かのそんな言葉で最後の理性を取り戻した連中が、一斉に俺に針を飛ばす。
だが、そんなものはもうどうという事もない。むしろ俺を狙ってくれるのなら受け止め易いというもの。およそ二十本の針をパラパラと地面に撒きながら、前進する。
というより、今
「連射はきかないらしいな」
「ああっ! そ、そんなっ!? うがあああっ!」
「いぎゃあああああああああっ!?」
親玉を失い、残った烏合の衆を文字通りの意味で星屑に変えていく。
「たっ、助けてっ! 助けてくださいっ!」
「こっ、降伏しますっ! 命だけはっ!」
「弱肉強食、と言っていたが、悪いな」
逃げるもの、腰を抜かすもの、諦めるもの、命乞いをするもの。
今俺の目に映るのは、そんな風に心を恐怖に染め抜かれた、弱き人間達。
それらすべての弱者となった奴らを見渡して……。
「喰う気など、せんな」
最後の一人の悲鳴が掻き消えるまで。
俺はコイツらを、空の彼方へと放り投げていくのだった。
<現在の勢力状況>
部下:なし
従者:ベーオウ(仮)
同盟:なし
従属:なし
備考:ラミア(?)ガールのティキュラと、彼女の仲間を助ける契約中
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