第2話 手紙

 新也は部屋に戻り、パシンっと障子を閉めた。

 ほっと息をつく。手元には手紙。

「何だかな……」

 先ほどと同じで、新也宛のその手紙に妙な点はなかった。裏を返してみても、差出人の名前や住所はない。

 用心をして軽く振ってみる。カサカサと中で紙と小さな何かが擦れる音がした。

 覚悟をして、開封する。

 中身はやはり三つ折りの紙が一枚。薄墨で一文あった。

『お気に召しませんでしたか』

 そして、

「っ……!」

 封筒を逆さにすると、爪切りで切ったような爪がパラパラと落ちてきた。

 新也は手のひらでそれを受けてしまい、叫び声をぐっと飲み込む。

 すぐにくずかごへ、手紙や封筒と一緒に投げ入れる。

 何にしろ、明日の早朝でここを出発する予定だ。

 もう手紙は来ないだろう。

 こわごわとくずかごを見るも、動いたり何か起こったりする様子はない。

 時間になり、新也は気落ちしたまま夕食へと向かった。


「……」

 夕食から戻り、部屋には布団が敷かれていた。

 端に寄せられたちゃぶ台の上に、一通の手紙が置いてある。

 住所はもはや無い。

 封筒には新也の名前が薄墨で書かれているだけだ。 

 新也はちゃぶ台に近寄った。

 封筒は真ん中が少し膨らんでいた。振るとまたカサカサと音がする。封筒の上から触れば、貝殻のような手触りがした。

 しかし、新也はまるで違う想像をした。

 生爪を剥がしたような、と。

 開封し、中身を見ずに紙だけをそっと取り出す。

 そこにはやはり一文。

『こちらではどうでしょうか』

 

 風呂に呼ばれ、帰ってきても同じだった。

 今度は布団の上に置いてある手紙。

 見れば、手に取る前から分かった。真ん中が膨れている。

 7〜8センチほどの棒状の物が入っているようだった。

 新也は中身をできるだけ見ないようにして、紙だけを抜き出す。

 今度は、

『どちらならお好みですか』

 とあった。前と比べで、流麗な文字が乱れている。なかなか受け取らない新也への苛立ちのうようなものが文面からも感じられた。

 やはり新也は中身を見ずに、くずかごへ捨てた。

 くしゃりと潰した封筒の中からは爪の剥がれた指先がちらりと覗いていた。


 その夜、新也はなかなか寝付けなかった。

 部屋を離れたり宿を離れると手紙が届く。明日はもう、宿を出るだけだ。部屋からそれまで一歩も出なければ良い。

 明け方近くなって、漸く新也はウトウトできた。

 朝が来た。宿が悪いわけではないだろうが、こんな宿はすぐにでも出たい。

 新也はさっと起き上がると着替え始めた。

 気づいたのは荷物をまとめてさあ出ようという時だった。

 ふすまを開けて、部屋の上がり框にそれはあった。

 ぐちゃぐちゃに泥が付着した包装紙。

 ぐるぐるに結われた麻紐。

 一抱えほどの小包だった。

 上に、やはり薄墨で新也の名前が書いてある白い封筒があった。

 震える手で、新也は封筒をつまんだ。

 一抱えある小包の方は何が入っているのか想像に難くない。

 紙、爪、指と大きくなっていった。 

 今度は最後の小包だ。

 差出人の頭、だろう。

 そっと封筒の中身を引き出す。

『今からお詫びのご挨拶に参ります』

 手紙の文章が呼応するように、いきなりガタンと箱が跳ねた。

「うわー!」

 新也は叫んだ。

 自身の荷物を握り、部屋を飛び出す。箱はガタガタとまだ跳ね続けている。

 女将さんに挨拶を……とカウンターを覗くも誰もいない。

「女将さん!」

 待っていられなかった。先に聞いていた料金をカウンターへ置き、飛び出す。

 表で待っていたタクシーに飛び乗り、その場を後にした。


 役所へは後日、きちんと宿泊の領収書が新也宛に届いたのだった。



【end】

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現代百物語 第23話 手紙 河野章 @konoakira

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