現代百物語 第23話 手紙
河野章
第1話 旅先で
「今日はお世話になります」
「はい、どうぞ。ゆっくりお過ごしくださいな」
谷本新也(アラヤ)は出張で、N県の僻地に来ていた。
新也は市役所の広報部に配属されていた。
N県のその地区で先進的な村おこしが行われているということで、広報部として取材に……という話になったのだった。
先に荷物を預けようと寄ったのは、その日泊まる予定の旅館だった。
旅館と言っても古い民家を増改築して作られた建物で、古いのだけが取り柄ですよと70代になるというの女将さんが笑った。
しかし、古民家のようなそのロビーや狭い廊下は、よく磨かれ黒光りしていた。
「そうだ」
ふと、という感じで女将さんがカウンターの奥へ消えた。
「お手紙が届いているんですよ」
「え?」
新也は訝しく思った。
ここに来ているのは仕事で、勿論、逗留先は仕事関係者しか知らない。
職場の人間であれば仕事用の携帯があるので連絡はそちらに来るはずだが……と、思案しながら手紙を受け取った。
何か受け取り忘れた書類でもあっただろうか。
それ以外に、わざわざこのタイミングで新也に手紙を出す相手がいるとは考えられなかった。
間違いでは……と確認した宛先は確かに谷本新也になっていた。住所も確かめてもらったが宿泊先の旅館で間違いないという。
新也は案内された部屋へ荷物を置き、早速開封してみた。
中には三つ折りに畳まれた白い紙が一枚。
一行、流麗な薄墨で、
『お気に召すと良いのですが』
と書かれてあった。
その途端、バっと新也はその紙を取り落とした。
髪が数本、添えられていたからだ。
女性の髪を思わす、手のひらよりも少し長い髪。
パラパラと畳に髪は落ちた。
「何だこれ……」
気味悪いことこの上ない。
手の中の紙と畳の上に落ちた髪を見比べて新也は呻いた。
素手で持ちたくない、とティッシュで掴んで、髪を拾う。そのまま、届けられた手紙と一緒にクシャクシャに丸めてしまった。
改めて見れば、封筒は真っ白で、宛先など何も書かれていない。
いつもの怪異だろう。
そう結論付ける。
「はあ……」
仕事の前に止めてくれよ、と独りごちて、新也はくずかごに封筒と手紙を捨て、仕事の用意を始めた。
「また、お手紙が届いてますよ」
昼に広報の仕事にでかけ、夕に帰ってきたところだった。
流石に戸惑ったように、女将さんが新也に声をかけた。
「……ありがとうございます」
受け取るしかない。
新也は無理にへらっと笑って女将さんから自分あての手紙を受け取った。夕食は食事処で……と伝えてくる女将さんに礼を良い、新也は部屋へと急いだ。
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