第5話 旅の意味

 カエルはどうしているの。長期の旅先で出会った人にカエルを飼っている、と教えると、皆こうやって家に放置されたカエルの無事を心配してくれる。知り合いに預けているとか、数日ならば勝手にやっているとか答える。実際、一週間以内の旅行であれば彼らは平気な顔をしている。それ以上の時には、だれか知人に預けたりする。

 先日、海外に出ねばならぬ予定があった。そして知人に家で預かってもらうことにした。うちのものは普段、立派なケージに入れられてゆうゆうぬくぬく暮らしているわけなのだが、今回は少しの間だけ小さな虫かごに入ってもらうことになった。いささか不服の表情だったが、なにも施されず死んでしまうより、だいぶマシだぞと言って聞かせた。

 私こそ普段はこの小さなアパートで一人と2匹で生活している。旅行前に部屋の整理をしていると、その荒れっぷりに普段のだらしなさに対して、深い溜息をついてしまう。そんなだから、こんな風に外に出て、大きく羽を伸ばすのは非常に気持ちがいいものである。たくさんの出会いがある。見たことのない風景や食事に出会う。そして、一回り憧れに近づいた気持ちになって自分のケージに帰ってくる。帰ってくるのは、少しばかりさみしい心地がする。楽しい思い出にいつまでも浸っていたいものだ。荷物の整理をしながら、旅先の友人とまたいつか会えるだろうか、あの場所は良かったのどうだのと思っているうちに、同居人のことを思い出した。

 はあ、迎えに行ってやらねばならない。原付に乗って知人宅までお迎えにあがった。長いこと世話になったねありがとう、と土産を渡すと、知人はたいそう喜んでくれた。虫かごの中のカエル達は、来た時と全く変わらぬ表情をしている。お帰り、と思っているんだろう。自分勝手に決めつけて、一週間ぶりのケージに戻してやった。そして、いつもみたいに思い思いの場所でくつろいだり、壁に登ったりするのであった。なにも変わらない、普段の日常にただいまと言う。この狭いケージの中で、改めて生きていくんだなあ、とついた溜息には活気があった。

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