第4話 カエル達の成長
私が幼いころ、自宅の庭にいた。庭には、布団が干してあった。狭い庭であった。私は、白い布団にゆっくりとぶつかった。すると、わたしの意識はすっと体を抜け出した。目の前の私は何故か静かにしくしくと泣き出してしまった。その子の魂はなにもするわけでもなくただ、痛いはずもないのに、顔をうずめたまま泣き続ける自らの情けない身体を眺めるだけであった。そして、それが一体誰なのか分からなかった。いや、確かに自分なのだが、では、この光景を見ているのは、誰なのか。今となっては謎であるし、果たして、本当にあった出来事なのかどうかすら怪しいのである。
数年前に、私はひどくひどく辛い思いをした。それからというもの、しばらくの間、自分を見失った。心地がしないのである。言動すべてに自分の魂を感じぬ頃があった。生きているのかすら、よく分からない状況だった。ただ、好きな物に変化が無かったことが唯一の救いで、アイデンティティを保つのには、自分の嗜好を大切にすることが大事であった。ある時、トウキョウへ出た。そこで、3匹のカエルの子供を買った。カエルの子供は、全くカエルに似つかない顔をしていて、これからしばらくかけてカエルみたいになって行くのである。私のアイデンティティはそういうものだった。目の大きなリョウセイルイが私自身を定義づけるものだった。
カエルの子供は、すくすくと育って、後肢の次に前肢が出来た。子供は、一匹ずつ順番に自分の親と同じ格好になって水の上に上がれるようになった。それから教えてもいないのに虫を食べることを覚え、さらにまた、すくすくと大きくなった。私は、カエルが陸に上がった時に初めて名前を付けた。一、二、三と順番に。皆、よく食べた。最初は小さな虫かごで飼っていたが、私は奮発して大きな家をこしらえてやった。さあて、大きな家に引っ越そうというときに、二番目が死んでしまった。つまり、”間抜け”になってしまった。最初からこの名づけはあまり良くなかったのかもしれない。私は、上陸順の次に、”郎”という漢字を与えていた。カエルの性別は大人になってからしか分からない。鳴くのはオスだけだし、メスは成熟すると卵が腹から透けて見えるようになる。三番目の郎は、ついにメスであった。
カエルのケージは、私が普段、テレビを見たり、飯を食べるときにつかう座いすから目が届くところにある。友人お手製の温室の中でぬくぬくと生きている。ふと、視線を感じることがある。目を当てると、カエルがこちらを興味深く熱心に眺めている。何者かよく分かっているのか、いないのか、ただ、見つめているのである。
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