【第一章】デューク叙事詩~Confusion and sadness~

第1話 スライム


 目を覚ますと、木々が生い茂る森の中にいた。

 俺は木々に囲まれ、葉で覆われた空を見上げている。

 

 「お、気がついたみたいだね。」

 

 喋る花リコリスが顔を覗く。

 花に顔がついて喋るのはシュールだし怖いな。慣れなきゃ。

 

 「博史の目が覚めたことだし、さっさとこの森を抜けましょ。」

 

 記憶喪失の高飛車な少女比内天音ひないあまねが伸びをする。

 

 「いきなり名前呼びかよ……ま、いいけど。」

 

 「一緒に旅をするし、名前でいいでしょ。

 アンタも天音って気安く読んでもこの限りで許可するわ。」

 

 「それもそうだな。っていうかここは異世界ってとこでいいのか?」

 

 辺りを見渡すが特に現実世界と変わった感じはしない。森の中なのかあまり実感が湧かない。

 

 「うん。ここは確かに魔導書の中の世界だね。

 地球と違って魔力があるから、僕はとても居やすいよ。」

 

 「へーそうなんだ。そういえば、魔力って何なんだ?」

 

 「ねぇ、そんなことより、早く森を抜けましょうよ。どっかに町とかないの?」

 

 天音はイライラした様子で話を遮る。

 確かに、森を抜けて人の住む所に行きたい。

 

 「ごめんごめん。ただ僕もここら辺そんなに詳しくは無いんだよね。適当に歩いてみるかい?」

 

 「まぁ、動かないよりは何か発見があるかもな。」

 

 そう言い、俺達三人はあてもなくただ歩くことになった。

 

 「それで、魔力って結局何なんだ?」

 

 「うーん。説明すると色々とややこしいんだけど魔法を使うエネルギーだと思えばいいよ。

 簡単に説明すると、魔素と呼ばれる素粒子の相互作用によって魔力ができるんだ。地球にはそれが無いから魔力もできない。」

 

 歩きながら答える。この世界には魔素があるみたいだが、やはり日本にいるときとさほど変わらない。魔法使えるやつはそいつを感知できるのだろうか。

 

 「話は変わるけどネバーってどんな所なんだ?」

 

 「平和だった世界、かな?

 まだ話して無かったんだけど、僕は神に導かれたんだ。」

 

 「神って、あの神様か? あれは喩えじゃなかったのか?」

 

 「そうだね。あれは、地球に来る少し前の事なんだ。

 

 ーー僕はただのモンスターなんだけどある日、神様が女神の湖に行くよう夢で言われた。

 その湖に行くと神様が来てくれて、僕にこれから起こる未来を見せてくれたんだ。

 その未来というのが魔神によって支配されたネバーの無惨な姿さ。

 それを回避するために僕は一旦地球に逃げて、たまたまそこにいる人と共に魔導書の世界へ行くように言われたんだ。

 そして魔導書の世界で活躍するキーパーソンを味方につけて魔導書の最後にあるネバーへ再度来て魔神を撃退するんだ。」

 

 どこか悲しそうな顔をしてリコリスは語った。

 

 「へぇー。キーパーソンって例えばどういう人の事を言うんだ?」

 

 「うーん……勇者とか? 僕もどういう人達なのか分からないけど、多分強力な味方になってくれるんだろうね。」

 

 確かに物語の世界と考えるとそれに出てくる主人公辺りがキーパーソンとなるのだろう。

 しかし、今いる世界の物語は誰が主人公なのか、そもそも物語が何なのかを知らない。続けてリコリスは

 

 「話を戻すけど、そこからは前に話したのと同じ。その時に大親友の天音を連れていくんだけど、すぐに追っ手が来て天音は記憶喪失になって、今に至る訳だ。」

 

 「ふーん。あんたと私って親友同士だったんだ。どういう経緯で仲良くなったの?」

 

 これが一番の疑問点だ。日本での生活の記憶が残っている天音も、異世界へ転移したわけだ。

 彼女も神に導かれたのだろうか?

 

 「君は僕を助けてくれたんだけど……その話は割愛しておくよ。」

 

 「え、何でだ? 天音がどういう経緯でネバーに来たのかずっと気になってたんだが。」

 

 「今はそれほど重要じゃないからね。天音が記憶を取り戻せばいいだけだし。ちょっと寂しいけどね。

 それはそうと、向こうに何か見えないか?」

 

 奥を見てみると円上の空間ができており、水色の何かがいる。

 

 「あれがモンスターのスライムだよ。

 打撃や斬撃に強い反面、炎系魔法に弱いんだ。」

 

 「動いてないな。寝ているのか?」

 

 「かもしれないね。これを機に博史に魔法というものを披露してあげるよ。」

 

 「おぉ、本当か!?」

 

 魔法が存在する世界に来たんだ。魔法を見たいし、願わくば使えるようになりたい。

 ワクワクした目でリコリスを見つめる。

 

 「じゃあ、危ないから少し離れていてね……ファイア!!」

 

 リコリスの葉の足元に魔法陣が浮かび上がり、手のような葉を前に出すと、そこから火の球がスライム目掛けて勢いよく発射する。

 

 「凄い勢いね。山火事にならないかしら。」

 

 天音も驚いている。が、魔法に対してではなく、山火事の心配をしていた。それもそうだが。

 

 「大丈夫だよ。よく見といてね。」

 

 火球がスライムに直撃し、炎が上がる。しかし、その炎は徐々に消えていく。

 煙が上がってよく見えないが他の木に燃え移った様子はない。

 

 「すごい、燃え移らないで炎が消えた!」

 

 「まぁ、放っとけば普通の炎同様に燃え移るんだけど、自分の意思で効果を無くす事ができるんだ。

 さてさて久しぶりの魔法の威力は……」

 

 なんとスライムが消えている。直撃して倒したということなのだろうか。

 しかし、どこからともなく渋い声が聞こえる。

 

 「不意討ちとは卑怯じゃあないかーー」

 

 「上だ! みんな横に回避して!」

 

 リコリスの声に反応して上を向くと、剣がこちらに向かって落ちてくる。

 間一髪で避けたが、それと同時に鈍く鋭い音が響く。

 

 「大丈夫かい博史!?」

 

 リコリスは天音を庇うように横の木の陰に隠れている。

 一方、俺はその木に背を向けて驚愕した。

 さっき立っていた地面はひび割れ、その真ん中に剣が刺さっていた。

 

 「危なかった……。あの剣は何なんだ!?」

 

 すると剣は液状に溶け、丸い水色の固形物に姿が変わる。その姿はさっき魔法で撃ったスライムの様だった。

 

 「ま、殺すつもりは無いがな。これはただの脅しだ。俺をただのスライムだと思わないことだな。」

 

 スライム本人だった。上から突撃してきた剣も、どこからともなく聞こえた渋い声もスライムのものだった。

 

 「いやーこれは驚いたよ。強い上に喋れるとは本当にただのスライムではないですね。先ほどの失礼をお許し下さい。」

 

 木の裏からリコリスが腰を低くした態度で出てくる。先に攻撃仕掛けといて、堂々と下手に出られると情けないが目をつぶろう。

 

 「まぁ、許してやろう。近頃モンスターも凶暴化しているからな。ここは比較的安全だがな。」

 

 そう言い、スライムは後ろにマントがついた騎士が持つような兜を体内から出して装備した。

 一頭身のため、体を守る鎧は兜で事足りるのだろう。

 

 「ありがとうございます。僕はリコリス。

 君にも名前があるのだろう?」

 

 君“にも“? リコリス以外でも固有名持っているモンスターもいるのか。

 そう言えばリコリスってモンスターとして種族は何なんだろう?

 

 「俺はエースだ。悪意の無いモンスターを他のモンスターや人間から守る騎士をやっている。誰にも忠誠は誓ってないがな。

 見たところ君達は……この森で迷った様子だな?」

 

 「そうなんだ。近くの町へ案内してくれないかい?」

 

 一気にフレンドリーになった。リコリスはコミュ力結構あるみたいだ。確かに、コミュ障の俺でもリコリスとなら話しやすい気がする。

 

 「良かろう。迷った者を安全な所まで案内するのも騎士の務め。ついてくるがいい。」

 

 そうして三人はエースを名乗るスライムの騎士の後に続き、沈黙が続いた中、やっと森を出た。



 「あの向こうに見えるのが世界の中心に位置するセントラル王国だ。あそこまでもう少し歩くぞ。」

 

 およそ3km先に立派なお城が見える。やっと異世界に来たという実感が湧いてきた。

 

 「はぁー……まだ歩くのね。私もう疲れたよ。」

 

 天音はそこで座り込む。確かに結構歩いたので足が棒になった。しかし、この疲労状態で一度座り込んだらもう立てなくなる。

 

 「残念ながら俺も急がなくちゃならない。

 お前達もさっさと王国に着いて今後の平和を祈りたいだろう?」

 

 「今後の平和? どういう事なんだい?」

 

 リコリスが眉を上げて訊く。

 

 「ん? どういう事って……そりゃあサタンメテオの事だろ。上見てみろよ。」

 

 空を見て度肝を抜かれた。上空には巨大な岩石ーー月が大気圏に突入した時に見れそうなレベルのそれが浮いていた。思わず座り込んでしまった。同時に初めてリコリスを見たとき以上の変な顔をしているだろう。

 他の二人も顔を青ざめている。

 

 「知らなかったのか? 全く幸せそうな奴らだ。因みにコイツは丁度あと一週間で落ちる見込みらしいな。」

 

 は!? 一週間!?

 

 「何であんなのが落ちてくるんだよ!?」

 

 足に力が入らないが上体を勢いよく飛び上げた。

 

 「俺にも分からん。一ヶ月前に突如現れて、まるで悪魔が落とした隕石ということでサタンメテオと呼ばれるようになった。

 そして、コイツが近づくにつれ、モンスターが次々と凶暴化しているんだ。」

 

 「それを止めるにはどうしたらいいんだい?」

 

 リコリスは顔を青ざめたまま、しかし声はいつもの調子で訊く。

 

 「分からない。ただ策はそこそこある。

 例えば俺は、コイツを破壊するために強い奴らを探しに旅に出たんだが……なかなか見つからんな。

 さっきの森は俺の休憩場ってわけだ。この辺は弱いのしかいないからな。」

 

 「じゃあ、僕たちも協力するよ。」

 

 「その気持ちはありがたいが……君達の実力じゃあ、逆に危ない。

 とりあえず、これで危機を感じただろう? さっさと王国に行くぞ。」

 

 確かにあれをどうにかしなきゃ世界が崩壊するだろう。俺もこんな序盤で死にたくないし、王国で策を考えなければ。

 だが、今は足に力が入らない。

 

 「悪い、森で歩きまくったせいで足が動かない。」

 

 「おいおい、それで男か? ったくしょうがねえな。……ヒール。」

 

 小さな魔法陣が俺の体の下に現れ、見る見る内に足の痛みが消え、体が楽になった。

 

 「おお、すげえ! ありがとう!」

 

 「あー楽になったわ~。これでいくらでも動けるわ。」

 

 ついでに天音も回復してもらい、今までにない調子の良さを見せた。

 

 「これでも初級魔法なんだが凄い効き目だな……最初からやっとけばよかったかな。

 そんじゃ、気を取り直して日没前に王国へ行くぞ。」

 

 山に囲まれた草原の向こうにある大きなお城のある王国を目指して四人は再び歩き出す。

 

 

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