平凡な少年の魔導書物語~The Grimoire that spelled fate fairy tales~

城ヶ野 純輝

【第零章】プロローグ

プロローグ


趣味もなく、やりたい事もなく、ただ食っては寝て、目的もなく学校へ行く。


 学生として将来の事は考えてはいるけれど、無理にでも興味を持たなければ長く続かない。


 別に働きたくないのではなく、自分は何のために生きるのか、何をして生きればいいのか、答えが見つからない。


 そうして退屈な日常をーー無駄な時間を過ごしてもう高校三年生だ。進路に意識しなければいけない時期だ。


 「最悪、大学へ進学して考える時間を増やそうか……。」


 行くなら方向性を決めるべきだが、何も定まらない。このままではお先真っ暗だ。


そんなぼんやりとしたビジョンが視え、憂鬱になる。


 気分転換に普段行かない浜辺に来てみたが、最近貴重だと思えるようになった時間を過ぐ余裕がなくなり、考え出してしまう。さざ波の音でさえ雑音だと思える位に。


 俺はリアルで現実逃避をしたいと思えるようになった。


 「もう、生きる理由が見つからないなら……いっそーー」


 いや、別に病んでるわけではない。……多分。

 ただ、無駄な一生というのは自分にとっては虚しく、周りにとっては資源の無駄遣いに思われる。


 そうならないために生きる理由を見つけるべきだ。それを見つけられないなら、いっそ身を投げるのも手だ。あくまでも持論の範囲だが。


 それでも躊躇いはある。まだ微かな希望に期待している自分がまだ生きている。


 「ま、こんなところで死体が浮いてしまえば迷惑極まりないしな。迷惑をかけるのは最低限の事だけでいい。」


 気持ちを切り変え(大して変わらないが)、そろそろ帰ろうと立ち上がり、後ろへ振り向く。その時、一瞬だけ目に何かが移ったと脳が認識する前に、脊髄反射で左方向を二度見する。よく見ると人が倒れている。


 しばらく傍観してから助けなきゃと思い、近づく。我ながら本能から緊急性を感じていなく、人を助ける才能が無いことに痛感する。それを物語るように、砂浜に足跡を残しながら。


 声をかけながら肩を揺らす。意識はあるようで、まるで眠っているようにすら思えた。外傷は特になく、見たところ少女のため、貧血で倒れたとみた。


 しかし、波に触れ続けていたためか体は冷えている。貧血よりヤバい症状が出る前に、少女を住宅地付近の道路まで背負い、タクシーを呼ぼうとする。その時、少女は目を覚ました。


 「ここは……どこ?」


 細く小さな声で訊いてきた。かなり弱っているのかもしれない。


 「白野浜辺ですよ。今から病院に連れていく所ですが大丈夫ですか?」


 「私は大丈夫です。もう下ろしても構わないですよ。すぐに良くなると思うので。」


 そう言われ、少女を下ろす。


 「白野浜って事は……ここは日本なのね!」


 「ええ、まあそうですけど。海外へ行ってたのですか?」


 「多分そうなのかな? あまり覚えていなくて……記憶喪失なのかな? でも名前とか日本での生活はちゃんと覚えてるし……。」


 「……やっぱり病院へ行ったほうがいいのでは?」


 「ま、大丈夫っしょ。あ、私は比内天音ひないあまね。比内財閥の令嬢よ! 比内財閥位聞いたことあるでしょ!?」


 体調が良くなったのか、人が変わったように口調が変わった。


更に初対面で聞いたこともない財閥の令嬢を名乗るとか……第一印象がすぐに上書きされた。もしかして危ない薬をやってるんじゃ……。


 「ご存知無いです。身分を証明できるものとか無いですか?」


 「無いわよ。私だって気づいたらここにいるんだもの。見ての通り道具とか無いわよ。」


 不機嫌そうに答える。


 いくら退屈な日常に飽きたと言えども何かベクトルが違う。あまり関わりたくないので警察に電話しようとスマホの指を動かす。


 「あれ? 何かポケットに入ってる……花?」


 俺は発信ボタンを押すのを止め、少女の方を見る。右手には確かに白い薔薇の花を握っていた。


 俺はその花を凝視しては、普段使わない表情筋を存分に使った変な顔をしていただろう。


 「ふわぁー……さざ波の音を聞いてたら眠ってしまったよ。」


 なんとその花には真ん中に可愛らしい、小動物のような顔がついていた。おまけにあくびをして、喋るときた。


 動揺している内に、花は独りでに動きだし、葉を広く展開し、道路に立った。


 「やあ。僕はリコリス。見ての通り話せる花なんだ。花だけにってね。ハハ。」


 どう反応すればいいんだ? 彼女のポケットに入っていたから何か関係はあると思ったが、当の本人は口をあんぐり開けて唖然としている。


 一体何なんだこの花は?


 「二人ともそんなに驚いたような顔をしないでくれよ。慣れてもらわないと困るんだ。」


 「何でアンタは私のポケットに入ってたわけ? てか何で喋れるのよ!」


 彼女は青ざめた顔で訊く。


 「君を助けるためだよ。喋れるのはそういう生き物さ。」


花のさっきまでの可愛らしい笑顔が、神妙な表情に切り替わる。


 「は……? どういうこと?」


 再び唖然とする彼女を見て、「開いた口が塞がらない」ということわざを思い出した。まさにこの瞬間、彼女を形容するのに丁度いい言葉だ。


 「……彼女を助けるとは……?」


俺は恐る恐る訊いてみた。


 「君は佐藤博史さとうひろし……で合ってるかな? 君が察している通り、彼女は記憶喪失なんだーー」


「ーー何で俺の名前を!? お前は何者なんだ!」


 「味方ってとこかな? ここで会ったのも何かの縁。いや、神様が導いたような、運命的な出会いさ。単刀直入に訊くけど……彼女の記憶を取り戻す“冒険“をしないかい?」


 なぜ“冒険“なのか大体予想ついた。と言うのも花が喋るのを見て感づいていた。生きる理由が見つかったのかもしれない。


俺はそれを確信し、徐々に冷静さを取り戻していった。


 「……具体的に俺は何をすればいいんだ?」


 「この魔導書に綴られた物語の世界に入るんだ。中身は分からないけれど、そこからネバーへ行けるはずなんだ。」


 そう言い、どこから出したのか分からない分厚い本が出てきた。その本は吸い込むような黒色で、真ん中に埋め込まれた赤い宝石が際立つ。どこかその宝石は本から出たがっているのか、または入り込まれているのかを訴えているように見えた。


 「そのネバーへ行ったらどうなるんだ?」


 「そもそも僕と天音はそのネバーからやって来たんだ。けれどそのネバーは侵略され、僕達は避難した。だけどその道中追っ手に攻撃されて、その衝撃で天音は記憶を失った……。」


俺は天音の方を見た。当然、記憶喪失なので心当たりが無さそうな顔をしている。しかし、いつの間にか驚いた表情から真剣な表情に変わっていた。彼女なりに理解はしているのだろうか。


 「何とかネバーを抜け出せて良かったよ。でも代わりに自分の魔力を犠牲にして、簡単な魔法しか使えない状況なんだ。

 僕は天音の記憶を取り戻して、ネバーも取り戻したい! そのためには君の力が必要ってことなんだ。」


確信が現実へと変わり、胸の奥から大きな衝撃を受けた。


 ーー非日常なんて創造上の事なのは分かっている。平和だから退屈な日常を送れていたのも分かっている。だけど、なにも変わらない平和に面白さはない。そんな世界で何にも興味を持たない俺は、生きる理由は見つからなかった。だから死んでもいいとさえも思えた。


ーーやっとこの時が来たんだ。


 「本当に神様に導かれたような、運命的な出会いだな。」


 いい退屈しのぎだ。この一言に限る。神様は俺の事を良く知っているのかもしれない。


色々と疑問に思う点はあるが、こんな退屈な日常におさらばできるのならそんなに気にしないし、それどころではないだろう。


「ありがとう。そうだね、神様に感謝しないと。」


花はまた、明るい笑顔を見せた。


 「ふーん。なるほどね……。ま、私の知らない間で何があったのかはぶっちゃけ興味無いけど、さっさと解決して欲しいわね。早く家に帰りたいし。よろしく頼むよー。」


 「はいはい。俺に任しとけ。」


 彼女は本当に自分の置かれている状況を分かっているのだろうか。記憶喪失だから実感が無いのか?


 俺もぶっちゃけ彼女や、この花を救うというのは建前なんだけど。ま、人としての心を持っていないのは今に限ったことじゃないしな。


 それにしても見かけは良く、如何にも才女らしいのだが、高飛車で上から目線な態度が気にくわない。記憶取り戻してもろくなことが無さそう。


ーーっていうか、あの喋る花は彼女の事を知っているみたいだけど何でここまでして記憶を取り戻したいと思うんだ……? いや、ネバーを救うためだからか。


何か動機に違和感を覚えたが、気にしないでおこう。


 「それじゃ、準備はいいかな? できたらこの魔法陣に手をかざしてね。」


 魔導書の見開きのページには紙いっぱいの魔法陣が描かれていた。円の中に五芒星が描かれ、それを囲むように記号のようなものが規則正しく並んでいる。まさにイメージ通りの魔法陣だ。


 俺は言われた通りにそれに手をかざす。その刹那、まばゆい光が身を包み、意識が遠ざかっていく……。


 その過程で俺はもう一つ気になった点を思い出した。


彼女はネバーからやって来たようだが、それ以前に日本で生活していた……。

 ただ俺が聞いたことないだけで、比内財閥が日本に存在するのか、あるいは別の世界線の日本からやって来たのか……?

 どちらにせよネバーにいた経緯が気になる。


 考えれば考えるほど彼女は謎ばかり深まり、とうとう俺の意識は無くなった……。



ーー何も変わらない平和な日常。それを退屈と形容するのは贅沢なものだ。だが、彼は身を投げ棄てる覚悟すら何処かに潜んでいた。


非日常とはすなわち混乱、戦乱、狂気、絶望、そして荒廃……。魔導書の世界はまさにそれに該当するといえる。


抗えない運命を目の当たりにする事を彼は知る由もない。


かくして彼らは無事にネバーへ辿り着けるのか、それは神のみぞ知る。


そうして誰も知らない不安を残し、物語が始まるーー

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