第4話 初の共同作業です

「うわぁあ~、冷たいっ。気持ちぃ~い!」


 裸足になったアクアが、渓流にパシャパシャと入っていく。


 川は深くはないが、流れの速い個所があるから、シンラは眼が離せない。


「ねぇ、魚がいるよ」


 そんなシンラの心配をよそに、アクアは透き通った川面を覗き込む。魚はアクアの両足の間をするりと抜けて泳いで行って、思わず歓声を上げてしまう。


「うわぁ~、いまに右足に触って行ったよ。くすぐったい、捕まえたいなぁ」


「意味なく捕まえてどうする」


 シンラの言葉に、アクアはきょとんとした表情になる。


「意味あるよ。食べたら、おいしそう」


「く、食うのか?」


「うん、だってお腹空いた。シンラも、お腹空かない?一緒に、魚を捕まえて食べようよ」


 今度は、シンラがきょとんとした表情になった。


「俺は、魚は食ったことがない」


「えぇえ~、本当?じゃあ、絶対食べてみるべきだよ、すんごくおいしいよっ」


 にこっと無邪気な笑顔を見せるアクアに、シンラは言った。


「俺は、魚は食わない。と言うか、コーダは果物や木の実を主食とする生き物だ」


「えぇっ、そうなの?そんなオオカミみたいな顔してるくせに?」


「顔は関係ない」


 むぅ、とシンラの表情が不機嫌になった。


 アクアは渓流から川べりに上がると、そんなシンラの傍へ来て言った。




「じゃあ、あたしも果物でいい。どんなフルーツが、シンラは好きなの?」


 そう素直に問われて、シンラはあたりを見回した。


 渓流に沿って続く森には、豊富な果物や木の実がありそうだった。


「少し、森の奥に入ってみよう」


 アクアは草で足の水を払い、脱いでいた編み上げ靴を再び履くと元気に頷いた。




 森へ入ってすぐに、シンラは並びそびえる大木の傍で足を止めた。


「ちょっと待ってろ」


 と言うと、くるりと大木に背を向け、後ろ足で思い切り蹴った。


 ざざざざざっ、ごとん、どん、ごろ。


 堅そうな大きな実が2つ落ちてきた。


「うわっ」 


 驚いて飛び下がるアクアを尻目に、シンラは今度はその実の一つを蹴って大木に当てた。見事命中した木の実は、ぱこ、と真ん中からふたつに割れた。




「おいで」


 と呼ぶシンラに続いて、アクアはその実に近づき割れた半分を手に取った。


 中から、白いミルクのようなとろりとしたものが流れ出た。


 シンラが前足で器用に半分になった実を抑えて、長い舌でその実をずるりと舐めた。それを見て、アクアも同じように恐る恐る舌で中身をすくうようにしてみた。


「っ!」 


 アクアの眼が真ん丸になったのを嬉しそうに確認して、シンラは訊いた。


「どうだ、旨いだろう?」


「お、おいしいっ。濃くて甘ぁ~いミルクみたいだ」


「ヤコの実だ」


 シンラが自慢げに鼻をヒクつかせるのが、なんだか可愛い。




 半分に割れたヤコの実を残らず堪能して、アクアは言う。


「ねぇ、このもう一つの実、どうするの?」


「割って食ってもいいが、旨い果物はほかにもある」


「このまま、放っておくの?」


「持っていけないだろう」


 アクアは肩から斜め掛けにした袋を眼で示して、シンラに言った。


「これに入れて、持っていきたい。だっておいしいし、旅の途中でいつもこんな森があるとは限らないし」


 アクアが持っている袋は、どう見ても大きなヤコの実が入る大きさではない。無理に入れたら、破けてしまいそうだ。


「その袋には、とても入らないだろう」


 呆れたような顔をするシンラに、アクアはウインクをすると花が咲いたように微笑んだ。それから突然真剣な眼になると、ヤコの実をす、とにらんだ。


「え…」


 驚いたことに、シンラの眼の前で成犬の頭ほどもあるヤコの実が、小豆大あずきだいに変化した。すたすたすた、とアクアはその小豆大になったヤコの実に近づくと、拾い上げて斜め掛けにした袋の口から中へ落した。


「ね?」




 ね? じゃないだろう。お前、何をしたんだ。


 お前のその不思議なオッドアイの力なのか?




 いまだ唖然とした顔をしたままで、シンラが口を開いた。


「お前の、そ、その眼は、他にもなにかできるのか?」


 ん? と悪戯いたずらっ子のような表情でシンラを見ると、アクアは小首を傾げた。


「知りたい?」




 なに、小悪魔ちっくに首をかしげてるんだ。


 そりゃ、知りたいに決まってるだろう。




 こくこくと頷くシンラに、アクアは言った。


「魚を獲るのを手伝ってくれたら、教えてあげてもいいよ?」








✵ ✵ ✵




 人生、いやコーダせい初の魚獲りに、シンラは奮闘していた。


 ばっしゃばっしゃと渓流に入り込み、前足の鋭い爪で魚を引っかけようとする。最初こそ上手くいかなかったが、コツがわかると面白いように魚は爪に引っかけられ川べりに放られた。


「もういいよ、十分だよ、シンラ」


 7尾の魚が、川べりの地面でビクビクしている。アクアはそれを拾い上げ、1尾1尾、上手に木の小枝に差していった。


 シンラとアクア、初の共同作業です…的な?




 シンラが黙って見ていると、アクアはこんもり持った落ち葉をぐるりと囲むように、小枝に差した魚を地面に差し立てていく。


 それからシンラの眼の前で、またアクアがあの真剣な眼になった。




 ぼっ。


 驚いたことに、落ち葉に火が点いた。その下にある木の枝にも火は燃え移って、小さな焚火が魚をあぶりはじめた。


 次第にこおばしい、なんとも言えないおいしそうな匂いが立ちはじめる。




「お前、火をおこせるのか」


 うん、とアクアは嬉しそうに頷くと、魚をくるりと反転させて反対側も焼けるようにしている。




 じゅぅじゅぅじゅぅ。


 魚から脂が落ち始めて、さらにいい匂いが鼻腔をくすぐる。食べ頃を教えるかのように、やがて焚火は赤い炭火になった。


 アクアが、枝に差した魚をシンラの前にずぃと差し出す。


「ね、食べてみて?」




 人生初、いやコーダせい 初の魚…。




「あ、シンラは猫舌?…イヌ科だから…犬舌?」


 初の焼き魚を緊張した面持ちで凝視するシンラをよそに、アクアは呑気に訳わからないことを言っている。




 ぱく。


 勇気を奮って、シンラは目の前に差し出された焼き魚に食らいついた。


「っ!」


「あ、やっぱり熱かった?」


 口をもごもご、眼を白黒させているシンラに、アクアはそう言うと焼き魚をふぅふぅし出した。


「さぁ、これで少しは熱くなくなったかな?はい、どうぞ?」




 驚いた。熱いが、火傷するほどじゃない。


 だが、初焼き魚は甘くなかった。ジューシーでもなかった。


 なんか、こう、はむっと脂っぽくて。…野生の味?




不味まずい?それともおいしい?」


 ひと口食べたきり、ものも言わなくなったシンラを、アクアが心配そうにのぞき込む。


 シンラは眼の前に再び差し出された魚を、ぱく、ともう一口頬張った。


 それを見たアクアは、嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。


「わ、やっぱり、おいしいでしょ?焼き魚、気に入った?シンラ」




 ま、不味まずくはない。 おいしい?…かもしれない。




 結局、その日の夕食として、アクアは4尾、シンラは3尾の魚を平らげた。






 ちっこいクセに、よく食うな、アクアは。


 しかも、俺より1尾多い。




 はぁ~、満腹ぅ。


 こんなお腹いっぱい食べたの、久しぶり。


 シンラとの旅って、案外悪くないかもっ。


 モフモフの寝床も最高だし。


 んんん、今日はいっぱい歩いたから、眠ぅ…。






 丸くなって木の根元で眠る1頭と独りを、遥か木の上から黒い二つの眼が見降ろしていた。


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