第91話 異国の襲来
ロッドミンスター王国東端部に位置する港湾都市ぜセックスは混乱を極めていた。
突如として海上に現れた異国の艦隊が押し寄せ、目の前で自国の艦隊が敗北するのを彼らは目の当たりにした。
ゼセックスの領主であるチェオルフ伯爵は、事前に王国から通達されていた有事の際の計画に則って直ちに王都への使者を送り、籠城戦の備えを配下へ命じた。
そのわずか八時間後にロッドミンスター王国最大の港湾都市ゼセックスは陥落したのである。
音に聞く港湾都市は想定の構えをしていたにも関わらず、この異国の大兵力になすすべもなく蹂躙されたのだった。
「閣下、閣下」
チェオウルフ伯爵が居を構えていてた館の一室で、が浅黒い肌の武官が手にした物を差し出しながら言った。
「見てください。変わった鳥でしょう。この大陸にしかいない珍しい種です。ほら、実にいい声で鳴く」
閣下と呼ばれた男、選帝侯サラーム・ムガルティンは振り返って配下が持つ鳥かごへ目をやった。
「おお、実に美しい鳥だな。すぐに剥製にしてくれ。後日部屋に飾るとしよう」
「はい閣下、かしこまりました」
「ところで領主の家族は捕らえたか」
「はい、妻と娘を捕らえて牢につないでおります」
「そうか、では今宵は大いに楽しもう。征服者の愉悦はこのひとときにあると言ってもいい。ああ、あと、領主はどうなったのだったか」
「はい、死にましてございます」
「そうか、捕らえていたほうが使えたかもしれないが、まあやむを得まい。兵たちは久しぶりの戦で猛り狂っている」
「ところで閣下、例の子供が何やら乱心の様子で」
「ほう、どうしたのかな、様子を見てこよう」
ムガルティンは浅黒い肌で朗らかに笑うと、領主の間を出て外へ向かった。
そして領主の館の門前にたたずむ一人の少年の横で立ち止まると、彼の肩に手をかけてこう囁いた。
「アントニー君、よく見てごらん」
目の前に広がるのは上陸したイシュマール兵によって略奪の限りを尽くされているゼセックスの姿だった。
逃げ惑う人々、民家に押し入る兵。悲鳴があちこちからあがり、地獄の様相を見せている。
「こんな……こんなはずじゃ」
アントニーと呼ばれた少年は震えながらそう言って絶句する。
「こんなはずじゃ……って、わかりきっていたことだろう。君が叔母君と一緒に我が国へ亡命し、そう願ったんじゃないか」
「違う! 私はこのロッドミンスターをあるべき者の手に……」
「ロッドミンスターは亡きマシューデル殿下の王国だから、その息子である君が受け継ぐべきだとまだ妄想しているのかね」
「無礼者、王族に向かって……」
「アントニー君」
ムガルティンは物分りの悪い子供を諭すように優しく微笑みながらこう言った。
「君は私達の力を借りて国を取り戻すことを夢見た。だが、この国は今まさに異民族による侵略の最中なのだ。そして征服の果てにあるものが何か知っているかね?」
そして怯えるアントニーに顔を近づけ、こう囁いた。
「支配、同化、根絶。つまり君たちロッドミンスター人は我がイシュマールの子を産み続け、この地上から消えて無くなる。だから君もそろそろ立場をわきまえた方が良い。君の叔母上はよく理解したみたいだぞ。彼女は実によく我が兵士たちに貢献しているようだ。自ら進んでね」
ムガルティンは高らかに笑い声をあげる。
やがて傍らに侍るイシュマールが誇る大陸遠征第一軍に所属する将帥たちを見渡し、こう号令した。
「明朝に進軍再開。北は豊かだぞ」
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