第83話 攻防

 城壁上の敵砲台群が破壊される様子はロイの元からもよく見えた。


「バルクハルトはよくやった」


 ロイは周囲によく聞こえるようにそう言ったが、しかし心中はその言葉ほど穏やかではない。


 こちらの砲に無視ができない損耗が出ている。新兵科であるがゆえに運用を確立するには実戦経験が必要であり、それまではこうした損失もやむを得ない。

 しかしそれでも遠征の緒戦にして切り札とも言える砲兵部隊への損害は軽視できない。


 前途は楽観できない。まあそれは今にはじまったことではないのだが。


「さて、ここからだな」


 そうとも。全帝国兵が自分の行動、言動に注目している。


 あの男は皇帝たるに相応しいか。そう値踏みをしているのだ。


 試されているのはバルクハルトだけではないということ。


「攻城塔をさらに前進させろ!」


 ロイが号令を下すと、兵たちが慌ただしく動いた。




「砲台がやられただと?」


 公爵は血の気が引いていくのを感じた。


 まずい、これでは同時に迫りくる攻城塔と破城槌に対し、弓兵をかき集め火矢を射たせればどちらかは止められるだろうが、両方を相手にするには火力が足りない。


 どちらに火力を集中すべきか? 攻城塔がたどり着ければ敵の歩兵が殺到してくる。破城槌が城門を破れば敵の騎兵がなだれ込んでくる。


 城壁か城門か、守れるのは一つ。


 オタリアの援軍はまだか。いや、いまさら他国などあてにしても仕方がない。


 腹をくくれ。自らもまた小国とはいえ一国の主なのだ。こうなることは覚悟していたはずだ。


 知恵を絞れ。あのような大国にただ蹂躙されるだけであってたまるか。


 皇帝よ、意地を見せてやる。



 城門まで、あと百歩。


 グレボルトを中心とした破城槌部隊は矢と砲弾の雨にさらされながらも城門まで残すところ三分の一程度まで前進していた。


「隊長、砲撃も止んだみたいだし、そろそろ退ってもいいんじゃねえか。俺ら囮なんだしさあ」


「馬鹿野郎。それができればとっくにそうしてる。今背中を見せてみろ、一瞬であの世行きだ」


「え、じゃあどうするんですか」


「……進むしかねえだろ」


「城門を破るんで? そしたら門が開いた瞬間に敵が殺到してくるんじゃ?」


「うるせえ、いいから黙って押せ」


 そうは言ったもののグレボルトの顔面は冷や汗にまみれていた。


 畜生。とんだ貧乏くじじゃねえか。進めど地獄、下がれど地獄。留まっても地獄だ。


 いっそあれだ、何か思い込みでもして現実から逃避してみるってのはどうだ?


 そう誰だかが言っていたポジティブシンキングってやつだ。


 とするとここは、そうだな、あの城門が美しい処女だとする。で、この破城槌が俺様のち◯こだ。


 こうやって俺が一歩進むごとにあの鋼鉄の処女は身をよじらせながらこう言うんだ。


「ああ、騎士様。やめてえ、私まだしたことないの」


 その姿を見ながら俺はこの破城槌ちんkを堂々と前進させて行くってわけ。


 おお? なんだか悪くないぞ。この妄想は悪くない。少しやる気がでてきた。

 そういえば帝都を出発してからもうだいぶヤッてねえ。


 この城を落としたら俺は英雄。そう、帝国の先槍にして勇将、ランヌ侯グレボルト・カーマン!

 くっそモテるだろうなぁ。


 この戦いが終わったら俺、毎日十人は女を抱くんだ。


 あれ、なんだろうこの感じ。なんだか俺死ぬんじゃ──


「火矢だー!」


 配下が叫ぶ声を聞いてグレボルトは正気に戻った。


 城壁の上から赤く燃えた炎の矢の雨が、グレボルトの部隊に襲いかかる。


「うそだろ!?」


 前面に展開していた血鳥段大盾兵が矢を懸命に防ぐも、一部の矢が破城槌の屋根に突き刺さると、その木製部を燃やし始めた。


 グレボルトは破城鎚を押しながらこう考えた。


 やべえやべえやべえ、どうする、このままじゃ処女にたどり着く前に死んじまう。ちんkとか言ってる場合じゃなかった畜生ああどうする。


「隊長! このままじゃ本気でやべえぞ!」


「どうするったって、やるしかねえ!」


 やけくそだ、畜生。ああ、”焼けた糞”か。救えねえ、うまいこと言ったもんだ。


 城門まであと五十歩。



「敵はこちらの破城鎚に攻撃を絞るようです」


 配下の報告を受けたライル・ハンクシュタインは切れ長の目に鋭い光を宿し、顔を上げた。


「よし、攻城塔を全速で前進させましょう。今が好機です」


 全部で五台の攻城塔にはそれぞれ百名を超える兵が城壁上へ突入する体勢を取り、城壁へたどり着いた攻城塔から梯子がかけられるのを待っている。


 さらにその後方には数千の歩兵部隊が盾を構えながら前進し、突入隊が道を切り開いたなら後に続く。そして城壁を完全に制圧する手はずだった。


「急報ー!」


 しかし配下がもたらしたその報告が、ライルの目を大きく見開かせた。


「敵の援軍が到着!」


「馬鹿な、セラステレナ軍はまだはるか遠くにいるはず」


「オタリアです。敵はオタリア軍と思われます!」

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