第82話 砲兵団

 バルクハルトは降り注ぐ矢を小盾で防ぎながら副官へ向かって叫ぶ。


「あと何門残ってる!?」


「五門は予備の砲身切れで後退、残り十二門です!」


「よし、もっと近づくぞ」


「隊長、しかし……」


「いいか、敵の砲を黙らせれば俺たちの勝ち、できなければ負けだ」


 矢がバルクハルトの腕をかすめる。しかし彼は歯を食いしばったまま耐える。


「前進! 必殺の距離まで詰めるぞ!」


 砲兵たちがこの愚かにも思える命令に素直に従うには訳がある。


 新設された砲兵団の兵の多くは、最初から砲兵であったわけではない。


 彼らの多くは従来の兵団、すなわち歩兵部隊に所属していた。


 そうして皇帝命令によって既存部隊から選び出されたのが彼らである。


 彼らを指名したのはそれぞれの部隊における高官たちである。


 もうおわかりだと思うが、つまり彼らは”落ちこぼれ”なのだ。


 優秀な兵をわざわざ自部隊から離れさせたいと思う幹部はいない。しかし皇帝命令であるから素行不良者を送るわけにもいかない。


 だから彼らのような、極めて素朴、勤勉でありながら、身体が小柄であったり華奢な”落ちこぼれ”が選抜されたという経緯がある。


 無論、彼らにとってこれは屈辱の極みだった。


 名も知れぬ新兵科への異動を命じられ、同僚たちの目線を背に受けながら馴染みある兵舎を後にしてきたのである。


 しかし彼らの意識は次第に変革していった。


 このみすぼらしく小さな砲を我が身になぞらえ愚痴をこぼす者も始めこそいたものの、やがてこの小さな新兵器の可能性に気づくとのめり込んでいった。


 そしてこの兵器であれば小柄な自分たちであっても巨人すら討ち果たすことができると知ると、訓練に力が入るようになった。


 彼らへ火をつけたのはバルクハルトである。


 彼はいわばエリートでありながら、他の兵らと同じく大きなコンプレックスを抱えている。


 武辺者こそ誉れ高き男とする名家のせがれにして、その武辺の才能を持たなかったからだ。


 だからこそバルクハルトはこの新兵科の隊長職を拝命したとき、これは天命だと確信したのだ。


 その彼の熱はまたたく間に兵らに伝播し、この小さな新興部隊は帝国軍中最も攻撃的かつ献身的な部隊となったのである。


「稼働全砲門、位置につきました」


「撃てぇ!」


 バルクハルトが吠えると同時に、十二門の砲が一斉に火を吹いた。


 バルクハルトは目の前に広がった光景を見てこう思った。


 砲は命中精度に難のある兵器。


 なんてことはない、ここまで近づけは外すことなど不可能なのだ。


「敵砲台、沈黙!」


 城壁上には鉄の砲弾を撃ち込まれて粉々に吹き飛んだ敵砲台の残骸が、無残にも散乱していた。


「よし、撤収。いいか、砲は死んでも持ち帰るぞ!」


 こうして要塞が誇る砲台群は、その壊滅をもって帝国砲兵団の初陣に華を添える形となったのである。

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