第81話 要塞戦

 グレボルトが率いる破城槌部隊が前進するほど敵弓兵の射撃が勢いと数を増して、吸い込まれるように降り注いでいく。


 時折砲撃音が鳴っては地面を揺らすが、それが命中したかどうかはここからでは見えない。


「頃合いだな」


 ロイは静かに呟いた。


「砲兵団、前進」


 皇帝の号令が下されると同時に、本陣前面に布陣してた一団が前進を開始した。



「前進!」


 砲兵隊長を務める若き将校、ハンス・バルクハルトは雷鳴のような声で号令する。


 麾下の帝国砲兵団が誇る十五門の砲が兵士たちによって押し出され前へと進んでいく。


 本来ならば人の手ではとても押し出すことなどできないのが砲の常であったが、帝国が開発したこの”ティピッツ砲”は細く短く軽量な砲身と車輪を備えているため、三人がかりであれば十分に移動させることができた。


 兵士たちは四人一組となってこの砲の側に付き、砲と運命を共にする覚悟を持つ。


「全隊停止! 目標、城壁上の敵砲台群。砲撃準備ぃ!」


 バルクハルトが再び命令を出すと、砲兵団の兵士たちは一斉に砲に飛びつき、砲撃準備を開始する。


「砲撃準備、よし!」


 兵士から砲撃準備完了の報告がもたらされる。バルクハルトは吠えた。


「っ撃てぇ!」


 バルクハルトの最も側に設置された砲から一門ずつ順に砲撃が繰り出され、もうもうとした煙をあげた。




「公爵、伏せて!」


 配下がそう叫ぶと同時に公爵はその場に身をかがめた。


 振動。敵の砲撃の大半は城壁に吸い込まれたようだ。


「……っ被害は!?」


「ありません! 全て城壁に命中した模様。大した損傷ではありません」


「当然だ、あんな小さな砲でこの要塞の城壁が破れるものか」


 とはいえ、固定砲台に命中すれば機能を喪失してしまうだろう。公爵は眼下の帝国兵を見下ろしながら思考した。


 砲台の目標を敵の砲兵に移すべきか? いや、そうすれば敵の破城鎚を止められなくなる。奴らめ、盾と護衛を多く配置していて弓兵の射撃が通らない。


 では弓兵を敵砲兵にあてるか? ……それには距離が開きすぎている。


 あの小型砲は実に嫌な性能をしている。


 小型故に配置は自由自在だ。砲を夜戦や陸戦部隊による攻城に使うなど今まで誰が想像しただろうか。


 威力は艦砲などよりだいぶ低いようだが、それでも城壁上の構造物や防衛設備を破壊するには充分。


 射程も弓兵よりは長く、こちらの矢は奴らには届かない。


 あれを考えた奴はきっと嫌な性格をしているに違いない。


 しかし、隠しきれぬ欠点も見える。


「今に奴らは弓兵隊の射程内に入る。落ち着いて狙いをつけるのだ」




「当たらねえ」


 バルクハルトは苛立ちを露わにそう吐き捨てた。


 このナプスブルク名門貴族の御曹司は、その生い立ちと比較してやや言葉遣いが荒い。


 黙ってさえいれば貴公子という他ない容貌も、戦場においては荒々しい蛮勇の化身となって配下を叱咤する。


 バルクハルトは歯を食いしばりながら思考する。


 こうも砲弾が当たらないとは。やはり実戦、それも攻城戦は勝手が違う。


「弾はあとどんぐらいある!?」


「弾はまだありますが、もう替えの砲身が!」


 畜生。やはり砲身か。この細くて短い”ティピッツ砲”は軽いのが取り柄だが、その分脆い。


 五発も撃てば砲身は歪んで交換しなくてはならない。兵たちには訓練で慣れさせているとはいえ、数に限度はある。


 ティピッツの短小包茎野郎。萎えるのも早えってか。


 どうする。いや、決まってる。


 バルクハルトは吠えあげる。


「砲兵団、突撃! 当たらねえならとことん近づくまでだ!」


 やるしかねえ。ここで役目を果たせなければ新興部隊の砲兵団は解散だ。なんとしても成功させてみせる。


 零距離にでも接近して敵砲台を叩く。


 バルクハルトは自ら身体を前に出すと、砲に取り付き、前へと押し出し始めた。


 砲兵が突撃を命じられた歴史上初の場面であった。




「やはりきたか!」


 公爵はここで初めて戦の主導権が自らの手に入りつつあることを確信した。


「弓兵、よく狙え。敵が射程内に充分入ってから斉射するのだ」


 当たらぬからといって前に出すぎだぞ若造。戦は一手誤ればすぐに地獄行きだ。




「陛下、バルクハルトの砲兵隊が前進しています……少々出すぎかと」


 副官のランゲが戦場の様子を見渡してそう言った。


 バルクハルトには焦りがある。それはロイも認めていた。


 静止の使者は今からでは間に合わないだろう。ならば彼の若さをうまく使ってやる方が良い。


「攻城塔部隊を前進させろ。塔の上から弓兵に射撃させ、城壁上の敵兵を牽制。砲兵を支援せよ!」




「敵の攻城塔が前進を開始しました」


「帝国の皇帝め、一気に仕掛ける気だな」


 公爵は思考する。


 破城槌と砲兵、それに攻城塔。どれが本命の主攻だ? いや、砲兵の目的はこちらの防御砲台の破壊だろう。城壁をあれで壊せると思ってはいまい。


 とすると破城槌か攻城塔、そのどちらかが本命。あるいは両方か。


「まずは砲兵を潰せ。その後弓兵は火矢を番え、攻城塔に射掛けよ」


 ここは砲兵を黙らせるべきだ。そうなれば攻城塔は裸も同然。砲台と火矢で瓦礫にしてくれる。


 公爵が己の判断に自信をみなぎらせたとき、それは起こった。


「公爵!」


「なんだ!?」


「砲台が……砲台に被害続出! 放棄の許可を求める声が出ています!」


「なんだと」


 城壁から身を乗り出した公爵が見たものは、破壊され瓦礫と化した味方砲台と、まさに目と鼻の先にまで接近していた帝国砲兵の姿だった。

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