第71話 遠征計画

 ロイを含めた帝国の重鎮たちは目下のところ大陸北征計画について議論を重ねる日々が続いていた。


 主だった参加者は皇帝ロイ、ライル、グレーナー及び、ランドルフ、グレボルト、ジュリアン、そして軍団長以上の将軍である。


 これら将軍の多くは帝国が建国されてから選考を経て仕官したか、あるいはランドルフ麾下からの昇進組、もしくは元ナプスブルク軍の指揮官で、現国王アルノー二世によって閑職に就かされていた者の中でこれはと思われた人物たちであり、その中でも特に優れた者を複数の兵団を束ねる軍団長に任じている。


 当初遠征計画は非現実的とされていた。

 しかし要害の迅速な攻略を可能とする砲兵隊、軍隊の長駆進撃を可能にする工兵団。この二つが創設されたことによりいよいよ反帝国連盟への先手を打った攻撃作戦が現実味を帯びてきたのである。


 現在、帝国の北部はセラステレナ本国と国境を面しにらみ合いの状態となっている。


 この国境地帯は両軍によって多数の砦が築かれ、まるで要塞線のように厳重な防備が敷かれていた。


 今回の遠征にあたってはこの防衛網を超えてセラステレナ領に侵攻する、というのは下策であるとの判断で重臣一同一致している。


 つまり基本計画はまっすぐに北進するのではなく、別ルート、すなわち帝国北西部にある二つの反帝国連盟所属の中小国を速攻によって攻略する迂回作戦である。


 ここまでは全ての重臣、そしてロイの考え共に一致している。


 意見が分かれているのはここからの行動である。


 二国を撃破後はそのまま大陸西部の海岸線を北進し、ヤオメン共和国へ進撃、アイザック・アディンセルを討つべし。


 こう主張する”北進派”はライルとロイの二名である。これはライルの発案による計画であり、それにロイが賛同を示した形になる。


 しかし現在この計画は他の重臣たちから猛反発を受けている。

 北西部にある二つの反帝国国家を制圧しさらに北進すれば、当然脇腹をセラステレナ本国に晒すことになるからである。


 だから二カ国の制圧後は東進し、セラステレナ本国を攻略すべしというのが重臣たちの意見である。


 この”東進派”の筆頭はランドルフ、そしてグレーナーであり、他の全ての軍団長もこれに賛同している。


 先にも述べたように皇帝であるロイは北進派に属している。

 ならば計画はヤオメン攻略で決まりではないか思うが、それは現実と異なる。


 帝国が建国されてからというもの、この新たな組織は急速に肥大化しつつある。


 ナプスブルク時代とは比べ物にならない兵力を抱え、おびただしい数の人民を政治によって治め続けなければならない。


 摂政時代とは異なりロイといえど全てを見通し、直接支配することは難しくなってきている。


 そのロイの代行を多くの者が行い、この新興の帝国はぎりぎりのところで成立している。


 ゆえに重臣たちの発言には影響力がある。

 仮に彼らの反対を押し切りロイが事を進めるのなら、絶対に失敗は許されない。もし失敗すればそれがどんなに些細なことであったとしても帝国の根幹を揺るがしかねない事態へとつながる。それほどにこのできたばかりの帝国、その皇帝の権威はもろいのだ。


 だからロイは彼らの意見を無視できない。むしろナプスブルク時代以上に意識する必要がある。ゆえにライルと共にその説得、つまり”東進派”の切り崩しを行っている最中なのだ。


 ヤオメン攻略重視案を立てたライルは、この遠征の勝算についてこのように主張する。


 反帝国連盟の盟主であるセラステレナおよびその教皇は、いわばお飾りの存在である。


 そして彼らの実質的な首魁はヤオメン共和国の議長、アイザック・アディンセルであり、彼は帝国打倒を実現するべく着実に計画を進行させている。その猶予はもはやあと一年も残されていないということは、帝国人事院長レフ・ヴィチコフによってもたらせれた情報だった。


 ならば一刻の猶予もなく我々はヤオメン共和国に向けて北進すべきであり、アイザック・アディンセルの早期打倒こそが反帝国連盟の破壊に最も効果的かつ最短の道である、というのがライルの主張である。


 対しこれに反対するランドルフ、グレーナーの意見はこうである。


 まずアイザック・アディンセルなる人物が反帝国連盟の影の首魁であるということはレフ・ヴィチコフの情報のみが根拠であり、現時点ではあくまで憶測に過ぎない。


 加えて保有戦力を鑑みれば敵の主戦力はやはりセラステレナ教国、もしくは大陸北東部のグスロフ王国であり、ヤオメン共和国はその政治体制上の理由から国外へ出兵できる数は千にも満たず、アイザック・アディンセルの影響力は低いであろうということ。


 帝国北西の二国を攻略したあとさらに北へ進撃すれば、遠征軍はセラステレナによって横腹を突かれ窮地に陥るであろうということ。


 これらの理由によって二国攻略後は東進してセラステレナを攻略、しかる後に正面から戦線を押し上げ大陸を北進すべしというのがランドルフらの意見である。


 これに対しロイは苦い顔をする他ない。


 我が娘アビゲイルには悪魔が憑いており、それと同じような存在がアディンセルの娘にも取り憑いている。だからヴィチコフの情報は間違いなく真実だ。


 奴らは悪魔たちは互いに互いを吸収するために相手を拿捕することを望み、喰らうべくその身体の父親を”脅迫”し、利用している。


 だからこの偉大なる帝国はそのために作られた幻想の国家であり、大陸でこれまで起こった戦、そしてこれから起こるであろう大惨劇は全て悪魔狩りのための行動による結果であり、諸君らの命はこれからもそのために消費される。


 大変申し訳無いがアディンセルとその娘を捕らえることさえできれば全ては成功で、できなければセラステレナが討てようが全ては失敗。


 だからヤオメン共和国を最短の道で攻め落とすことこそ最善の道なのだ。逆に敵に先手を打たれれば私は死に、娘は悪魔ごと魂を喰われる。


 などといえば東進派は理解を示してくれるだろうか?


 ロイは我ながら馬鹿馬鹿しいほどの状況だと笑いたくなる。同時に口を強く噛みしめる。


 真実を共有されたライルのみがそのロイの心中を察している。だがこの秘密をこの場の全員に言えば、その場で国家が崩壊することはわかりきっていた。


 そうなると東進派の主張は軍事論的にきわめて真っ当であり、だからこそロイとライルは彼らを説得できないでいる。


 逆に、反対する重臣たちの中には今回のライルの様子を訝しむ者もいた。


 先の戦いからのライルを知る者であれば、彼女は大胆な提案をすることは稀でないが、しかし話の筋は終始整っていて反論をすれば理路整然とした答えが返ってきた。


 しかし今回はどうも様子が違う。顔にこそ出ていないがその策は精彩に欠く。まるで彼女自身でもそれが無謀で危険な賭けであると認識しているかのように。


 ランドルフを始めとした建国以前からの自分の中にはそう思う者もいた。


 ともあれ、遠征計画の実行まではまだ時が必要でありそうだった。

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