第64話 陸軍改革

 このように勃興したばかりの帝国の海軍は燦々たる有様であったが、一方で陸軍については順調であった。


 帝国陸軍の拡充と編成はランドルフを中心に行われており、兵士はまだ新兵が多いものの数と装備は上々といえる状態にあった。


 そうした兵士を率いる新たな将軍や士官も多く登用されている。多くはランドルフ配下から昇進させたり、旧アミアン貴族から登用するなどした者たちだったが、従属国であるナプスブルクやフィアット、はたまた構成国の外からわざわざ駆けつけてきて「皇帝陛下にお仕えしたい」と言ってくる者たちもいた。


 ランドルフはこれら一人ひとりと会い、軍人としての資質や性根、場合によっては手合わせまで行って人物を確かめ、これは思った人物をロイに推薦していた。


 ランドルフの他の将帥は若きジュリアン・ダルシアクのみというナプスブルク時代の厳しい状況からは一変して、将軍に昇格した元傭兵隊長グレボルト・カーマンの他に、こうした新参の者たちも加わって充実した陣容ができつつある。


 一方、ロイはランドルフに相応の地位を与えようとした。


 つまり他国でいう大将軍に匹敵する”帝国元帥”の位をランドルフに与え、帝国陸軍全軍の総大将として据えようとしたのだが、なんとランドルフはこれを固辞した。


「……全軍を率いる者はお前以外に適任がいない。どうしても嫌だと? ランドルフ」


「陛下。私は兵を操るよりも兵の先を駆けていたいのです」


 少し前では考えられないくらいランドルフは自分の望みをロイに対して口にするようになった。このもうすぐ七十歳にも届こうかという老人のわがままを目にするたび、ロイは思わず口元がほころびそうになる。


「つまりは暴れたいということか? 困った将軍だな、ええ?」


 ロイが戯れを込めてそう言うと、ランドルフが小さく口元を緩めて笑みを見せた。


 結局帝国元帥の地位は他に適任者なしということで当面の間空位ということになった。もし帝国全軍の指揮を執るような戦が起きた場合、皇帝ロイがその全権を握りライルがそれを補佐して臨む形になる。二正面作戦でも行わない限りは当面それで問題はない。


 結局、ランドルフには”騎兵将軍”という職位が与えられた。

 騎兵将軍とはおよそ千から三千程度の騎兵を率いる将軍である。

 現在の帝国の一人の将軍が率いる一個軍団はおよそ一万名で編成されていることから、その騎兵の数は随分と小規模な印象を受けるかもしれない。


 しかし騎兵の三千と歩兵の三千はまるで価値が違う。

 騎兵の方が戦闘力の面ではるかに上回るうえに、維持費も桁違いである。


 そして通常騎兵となる兵士は貴族の門弟か、歩兵で大きな手柄を上げたいわゆる精兵である。つまり名誉ある兵種と見られており、そんな騎兵軍の将軍となれば通常の将軍と権限は同格でも権威は明らかに上とみなされていた。


 だから率いる兵は少なくとも騎兵軍の長であるぞ、という意味を込めて騎兵将軍という名称が用意されているのである。


 ロイは、元帥が拒まれたのであれば、ランドルフの適正について最も適した職位がその騎兵将軍だと考えたことに加え、自分なりの彼の貢献に対する謝意をどうしても伝えたいという狙いがあり、ランドルフを騎兵将軍に任じた。


 ランドルフはこれを聞くと、地面にじんわりと水が染み込むように喜びの笑みを見せると、感謝を言葉にした。


 それと陸軍については一つ革新的な出来事があった。


 砲兵隊の設立である。


 従来、砲というものは戦列艦に載せて使うか、あるいは拠点に設置して防御に使うためのものであった。


 それは当然で、それほど砲というものは重量があり、大きく、運用に大量の人員が必要で、かつ大量の弾薬がなければならないという面で攻勢には適さない兵器だったからである。


 ランドルフが「私では判断しかねる男がおります」と言ってロイに会わせてきたのはティピッツという名の中年男だった。自らを技師だと名乗っている。


 まるでおとぎ話に出てくる小鬼か小人のような容貌の太った背の低い男で、彼は皇帝に会うなり額を油でテカらせながら熱弁を始めた。


 それに対しロイは最後まで黙って話を聞いてやってからこう言った。


「砲を攻勢に使うだと? そのために小型軽量な新型の砲を量産する、と」


「ええ、陛下。そうです。威力や射程は従来型に劣りますが、その分持ち運びやすくて組み立てやすい砲をたくさん作るんです。本体も弾薬も馬で十分運べるものをです。それなら攻城戦だけでなく、野戦でも使うことができます」


「しかし、射程の短い砲で敵城に近づけば壁上の弓兵の良い的になる。それに野戦では敵騎兵の格好の獲物だ」


「ええ、そのとおりです。ですから砲兵単体ではだめです。攻城塔と組み合わせて壁上を弓矢で牽制しつつ砲兵を接近させて、一気に壁や櫓を撃たせるんです。目的の物を壊したらすぐ離脱です。軽いからできます。野戦なら砲の一撃をお見舞いした後はむしろ囮となって敵騎兵を誘い込んでも良い。大事なことはこちらに砲兵がいることで相手は何らかの対策を打たなきゃ砲弾を浴び続けるはめになる。砲が戦場にあるだけでそういう状況を作り出せるってことです」


 そこまで聞いたロイはほとんど即答のようにしてこう言った。


「必要な物は全てランドルフに言うように。全権を君に任せる。ただちに取りかかれ」


「ありがたき幸せ! 陛下ぁ!」


 こうして出来上がった新型砲は従来型の半分以下のサイズのもので砲身も細く短かったため、まるでティピッツの○○○のようだということでいつの間にか”ピッツ砲”と名付けられ、運用に向けて訓練が始まっていた。

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