第63話 前途多難


 ボルドー沖で行われた演習での一連の事件は、帝国のみならず周辺各国からも「ボルドー沖海戦(笑)」と苦笑されるか、あるい酒の席でのかっこうの肴話となった。


 あの日帝国海軍旗艦ブレスラウは、ロッドミンスター海軍旗艦ロイヤルオークにその船体を”派手にぶつけた”後、そのまま演習用の木剣を持った兵たちがアンクタンの怒声の下なだれ込み、船上は大乱闘の様相となった。


 それでも最初は互いに木剣で加減を交えて叩き合いをしていた両軍の水兵たちだったが、剣が折れたり、”そこまでやるとは思ってなかったのに”相手に思い切り木剣で殴りつけられると完全に頭に血が上り、「てめえ本気で打ったな」「お前こそ今のは頭を狙ったろ」と喧々諤々の状態となって、最終的には全員が木剣を捨て去って素手で掴み合い殴り合いの大騒ぎとなった。そしてこれは旗艦同士だけではなくグレデス・バリーとライプツィヒでも同様に行われていた。


 なんたる醜態か。その様子を苦々しく見ていたメラン提督だったが、呆気に取られていたその頬へアンクタンが放った右ストレートが綺麗に一発入った。


 すると”優雅なるロッドミンスター貴族”であるロベストール・メランは「ぶふぉ!?」という史上初のコメントを晒す醜態を見せることとなり、もはや上流階級の仮面は砕け、かつては海賊であったメラン一族の本性があらわとなり、船上で両軍の司令官が互いに汚く罵倒し合いながら殴り合うという珍事に発展した。


 最終的にメランがアンクタンに会心の一撃を打ち込んだと同時に洋服の裾を捕まれ、そのまま二人で海中に落下。水中でもがきながらも罵倒しあい互いに半分溺れながら殴り合い続けるという状態になって、周りの水兵たちは自分たちのそういった指揮官の様子を船上から眺めているうちに、「うちの提督なにやってんだ……」「子どもじゃねえんだから……」そういった意識が急速に芽生え、というか喧嘩に浮かれた熱が一気に冷めてしまい、「……終戦しよっか」「……うん」そんな空気が生まれて乱闘は急速に終結を見せた。


 ブレスラウとライプツィヒ以外に乗っていた新兵たちに至ってはすでに持ち場を離れ、両軍の提督と旗艦の様子を呆然と眺めているだけであった。


 そうやって船上の白兵戦が自然に沈静化したころあいに、ようやくロイとウルフレッドが派遣した使いが到着し、事態の完全収拾、そして総括へとなった。


 結果、帝国海軍はブレスラウが中破、ライプツィヒが小破。船首を吹き飛ばされたデッサウは自力で航行不能の大破相当。


 ロッドミンスター海軍はロイヤルオークが小破。さらには帝国艦アリアドネが逃げながら放った砲弾がまぐれ当たりしタイレルランドのマストが吹き飛ばされる損害を受けた。


 一等戦列艦のグレデス・バリーは装飾もその堂々たる艦体が自慢の船だったが、これもライプツィヒの捨て身の(というか演習では普通やらない)強引な接舷によって傷らだけとなり、これはウルフレッドを大いに怒らせた。


 しかし幸いなことに(ほとんど奇跡であるが)死者はなく、くわえてロイが珍しく、いやこの男として初めて狼狽とバツの悪さを全面に出した上で「……すまない」とウルフレッドに謝罪したため、ウルフレッドとしても一方的に被害者の立場を主張する気分にもなれなくなり、不運な災害にでも遭ったかのようなもんもんとした気持ちのまま、「……まあ、悪気はねえのは、わかったよ……」と演習を終了させることにした。


 そしてロイとウルフレッド双方の命令により、アンクタン提督とメラン提督は海から救助された後ただちに牢屋にぶちこまれ、両国の海軍最高司令官が不在になるという前代未聞の時期を迎えることになった。


 この二人とその艦隊が真に活躍を見せるには、まだいくらかの時が必要であった。

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