第61話 海軍演習③

 ロイヤルオークにもうもうと立ち上がる黒煙を見て、対陣していた帝国艦隊の水兵たちは皆一様にこう思った。


「やべえ、当たっちまった……」


「どうするんだ、俺は知らねえぞ……」


 元々空砲でやる手筈となっていたのだ。それを提督であるアンクタンが突然予定を覆し実弾射撃を命じた。


 ほとんどの水兵が配属されたばかりの新兵だったので装填をするのもおぼつかず、砲撃を指示する士官も未熟であったため準備ができた砲座から順次に実弾を”適当な場所へ”撃ち出す状態になった。


 そんな栄えある帝国海軍艦隊司令、ジャン・ジャック・アンクタンの思惑はこうだった。


1、予定に無い実弾を使えば敵はびびる

2、俺たちは敵がびびった隙に全艦突っ込み距離を詰める

3、白兵戦で怖気付いた敵を全員海へ叩き落とす


 その目論見は”敵艦隊”旗艦、ロイヤルオークが火災を起こしたことで見事に崩れ去った。


 間違いなく軍事裁判、いや、下手をすれば両国間の戦争、すなわち帝国内乱のきっかけともなりかねない事態である。


 今や帝国艦隊の水兵たち全員が自分たちの指揮官であるアンクタン提督を見つめ、「どうすんだよこれ……」といった顔を向けてきている。


 アンクタン提督は旗艦船首にどっかと座り込んだまま海を眺め、表情を変えない。その背中は歴戦を思わせるに十分な風格を漂わせていた。


 だが、内心やべえと思っていた。


 さすがに当てちまうのはまずい。そこまではするつもりじゃなかった。


 でも、そうだな。戦ってのはだいたいそういうもんだ。思い通りにはいかないもんだし、それにいちいちびびっていちゃ大将は務まらねえ。


 海とおんなじだ。この大海のうねりや波を誰が決めてるってんだ? ようはなるがままさ。


 要は後で文句を言ってきそうな奴を全員海に沈めちまえばいい。よし決めた。男はやると決めたらやるもんだ。


 沈黙を保っていたアンクタン提督は立ち上がり、背後の水兵たちを振り返ると、こう言った。


「全艦砲撃の後、突貫。”敵艦隊を撃滅”する。従わねえ奴は俺が海に蹴り落とす」


 こうして、帝国艦隊とその構成国であるロッドミンスター艦隊による後に”ボルドー沖の海戦”と呼ばれる戦いが勃発したのである。

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