第59話 海軍演習①
旧アミアン王国海軍はその時確かに存在していた。
セラステレナによる内部浸透が政権中枢に達していた頃のアミアン王国で、沿岸部にその王国艦隊は存在していた。
そして”宗教併合”の名の下、アミアン王国全体がセラステレナによって制圧されようとしていたとき、港に駐留していたアミアン海軍はいったいどうしたか。
彼らは何を思ったのか港を突如として出港し、全艦隊をもってセラステレナ教国本土沿岸に向かって猛然と突進したのである。
そして迎撃に出たセラステレナ海軍と一戦を交える結果となり、双方に少なからずの損害が出た。
それを知った今は亡きアミアン国王が慌てて停止命令を出し、艦隊は北上をやめ、セラステレナに降伏した。
そのまま港に抑留されているうちに南方からナプスブルク軍がやってきて旧アミアン王国領を制圧、セラステレナ軍を領内から追い出した。
しばらく忘れ去られていたような旧アミアン王国艦隊であったが、皇帝ロイの命令により”帝国海軍”として再編成されることになった。
そうやって生まれた”帝国海軍”の司令官は旧アミアン王国時代と同様、海の古豪の名に相応しい男、アミアン人であるジャン・ジャック・アンクタン提督が勤めている。
彼は知らない人間が見れば漁師と見紛うほどの武骨な風貌をした壮年の男で、白髪混じりの髪を海風に靡かせるその姿は”親父”と部下から呼ばれるに相応しい男だった。
アンクタン提督はセラステレナ海軍と一戦を交えた際、圧倒的戦力不利にあるにも関わらず敵の主力艦を半数以上沈め、かつ味方の主力艦をほぼ全て失うという極端な戦果を挙げたことでその実力に賛否両論が分かれる人物であったが、本来陸軍国であるナプスブルクの伝統と人材を中心に成り立つ帝国において他に代わりが務まる人物がいないというのが実情で、栄えある帝国艦隊司令はこのジャン・ジャック・アンクタン提督が担うことになっている。
そのアンクタン提督と麾下の艦隊は今、ナプスブルク王国東部にある新港、ボルドー港に駐留している。
この港はロイが摂政時代に押し進めた開発事業の結果漁村が生まれ変わり、現在は交易地兼軍港として大いに栄えている。ボルドー山開通事業に従事した鉱夫たちはそのまま漁師、あるいは交易商人となって新天地を栄えさせたのだった。
そしてこの港に停泊する”帝国海軍”艦艇はこれから沖に向かって出港しようとしていた。
目的は演習海戦であり、相手はロッドミンスター王国海軍である。
ロッドミンスター王国海軍の歴史は長く、深い。
元々大陸南部の存在し、国土の南方を海を経て他の大陸と接している都合上、古来より外敵の上陸を多数受けてきた。
それらを迎撃するために近海海軍が興り、強化され、長い年月を経て今も維持されている。
その司令官はロッドミンスター貴族、ロベストール・メラン提督である。
メランはロッドミンスター内乱時、ウルフレッドの敵であるマシューデル派に当初与していたが、ロイの買収工作により寝返った。そして今度はロッドミンスター王家に再び擦り寄り、そのまま海軍提督として全権を握っている。金銭の動きに聡く忠義の無い男ではあるが、実力を持つがゆえのこの地位であり、彼の地位に異を唱える者は誰もいない。
新興の帝国海軍、そしてこのロッドミンスター王国海軍、この両軍が演習という形でこの度一戦を交えようとしている。
無論これを皇帝ロイ、そしてウルフレッドをはじめ様々な各国要人が訪れ見学することになっている。
ここで両軍の戦力を見ておく。帝国海軍艦艇は新たに建造された艦船のほか、修理された旧アミアン王国艦艇が帝国式に命名しなおされている。
帝国海軍 司令官 ジャン・ジャック・アンクタン提督
主力艦
旗艦 二等戦列艦 ”装甲艦”ブレスラウ
二等戦列艦 ”装甲艦”ライプツィヒ
三等戦列艦 デルラント
三等戦列艦 アリアドネ
三等戦列艦 ニンフェー
三等戦列艦 デッサウ
他 砲艦六隻
それに対するロッドミンスター海軍は以下の通りである。
ロッドミンスター王国海軍 ロベストール・メラン提督
旗艦 一等戦列艦 ”装甲戦艦”ロイヤルオーク
一等戦列艦 ”装甲戦艦”グレデス・バリー
二等戦列艦 ”装甲艦”アルデバラン
二等戦列艦 ”装甲艦”モンテスタール
二等戦列艦 ”装甲艦”タイレルランド
二等戦列艦 ”装甲艦”インディニエイド
三等戦列艦・・・八隻
砲艦・・・多数
この堂々たる陣容はさすが歴史の違いをまざまざと見せつけるものであり、”帝国”が未だ形式的な意味合いが強いことを如実に表す現象の一つともいえた。
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