第57話 帝国の都
この大陸にその全土のおよそ四分の一を有する”帝国”を名乗る連合国家が誕生して三年が経った。
皇帝ロイ・ロジャー・ブラッドフォードは旧アミアン王国の都アミュール城を居城に構え、この帝国の都を”ブロケンガルド”と名を改めた。
ブロケンガルドとはロイの生まれ故郷に伝わる童話の登場人物の名である。
貧しい農夫だった彼はある日洞窟の中で古に滅びた王国の財宝を見つけ、富を我が物にする。
ブロケンガルドはその富を使って生まれ故郷の寂れた村をに産業を起こし、堂々たる都市へと変えていく。
彼は人々に英雄と称えられ、栄光の輝きに満ちた日々を送るが、やがて病を得て死の床につく。
もはや幾日の命も残されていないというブロケンガルドの元へ様々な人が訪ねてくる。
彼らが述べる気遣いの言葉の裏にあるものを、ブロケンガルドはよく理解していた。
彼らは皆一日の早いブロケンガルドの死と、その財産と権力の分け前を望んでいたのである。
ブロケンガルドは彼らに、自らの富をとある洞窟に隠したと伝える。
すると人々は争ってその洞窟のありかを探し、そして殺し合った。
やがてブロケンガルドが築いた街は外敵の侵入を招き、ただの荒れ果てた廃墟へと代わり、全て死に絶えた。
ロイはその名を自らの帝都に名付けた。そしてその真意を知る者はこの帝国には存在しなかった。
そして帝都ブロケンガルドは、従属国であるフィアット、ロッドミンスター、そしてナプスブルクを含めた経済圏の中心都市として大いに栄えた。
これまでそれぞれの国家がかけていた関税が全て撤廃され、通貨は帝国金に統一され、それぞれの国家の法はそのままに、その上位法として帝国法が布令されたのである。
領国内のあらゆる民族対立は皇帝の名の下に仲裁され、商人たちの争いは帝国外の経済圏へと移り富を帝国へ集め、人々は娯楽に手を出す余裕を得、それを”帝国文化”と呼び始める者もいた。
そうなると大きな問題が起きた。
それは深刻な人材不足である。
基本的に従属国である三カ国はそれぞれが独自の家臣団を持っており、これらに直接命令を下す権限を皇帝ロイは持たない。帝国と呼ばれるこの国家における皇帝の権力は、大陸の歴史上に存在した帝国のものと比べると慎ましい。人材、兵力的に壊滅的な被害を受けたフィアットはともかく、ロッドミンスター王国に関してはほぼ名目上のみの従属といえる状態ある。皇帝ロイの力はそんな”絶対的な権力者”には程遠いのが実態であり、従属する各国は高度な自治を維持している。したがって家臣団もそれぞれの国でこれまでとほぼ変わらぬ体制を続けている。
ナプスブルクだけは例外でランドルフを始めとした重要な人物を”皇帝の直臣”として強引に召しあげて帝都に住まわせてはいるが、それでもこの帝都の運営と防備を行うには圧倒的に人材が足りなかった。
そのため目下のところ参謀であるライルとグレーナーが人材の発掘と登用を行っている最中である。
この二人がこの新興の帝国における政務を執り仕切る官僚たちの中心人物であり、殺人的な業務をこなす日々が続いていた。
グレーナーは目の下にロイと同様のどす黒い隈をたたえ目をぎらつかせて城内を早足で歩き回っており、真夜中にすれ違った者はグレーナーを見て幽鬼の類だと勘違いし、剣で斬りつけそうになる事件が起きた。ライルにいたってはボサボサの髪がもはや鳥の巣のようになっている。風呂にもまともに入れていないようで、”風呂さえ入れば帝国一の美女”などと皮肉を込めて呼ばれている。
二人のうちのいずれかがやがて”帝国宰相”の地位を得る。そう誰もが確信しており、様々な噂がささやかれている。
しかしどちらがそうなるかは皇帝のみぞ知ることであった。
「陛下、こちらが件の劇場でございます」
副官のランゲ──現在は皇帝付従者が郊外にあるうらぶれた一件の建物を指差してそう言った。
”飯屋で隣を見れば皇帝がいる”というのは事実を元にしたジョークであり、皇帝ロイはそれほどに軽い足取りで自らの城内を視察していた。
目的は政治的な課題の発見、そして人材の発掘である。
ライル、グレーナーという人材がそれらにあたっていたとしても、ロイは自らでそれをなさねば気がすまなかった。
「ランゲ、まずは二人で観劇といこうじゃないか」
ランゲは訝しむような顔を見せたが、彼ももうこのような出来事に慣れつつある。
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