第53話 会談・南方の脅威
フィアットに訪れたロイが通されたのは、王国の都、その迎賓館の一室だった。
ロイはここでフィアット王が訪れるのを待つことになっている。
ここまでの扱いを見るに、どうやらロイはフィアット王に歓迎されていない。当然といえばそうだ。王の弟であるバルディーニ対抗はロイのせいで死んだと受け取られている。
そしてロイの目の前にいる男もそうだ。
ウルフレッド・ゴトランド。ロッドミンスター王国の内乱を鎮め、その王位についた男。
この男もまた、ロイの側へ着座しながら沈黙している。
ロイはウルフレッドを注意深く観察する。
言動は粗野。しかしそれはこの男の知性を物語るものではない。極めて冷淡な計算が行える男だということはこれまでの戦での動きを見ればよくわかる。
同様に感じるのは、その心底の存在する暗さ。へどろのような鬱屈した暗さ。あるいは憎悪。この男はそれを持っている。
それはロイにとって非常に覚えのある感情。だからこそウルフレッドへの警戒は怠らない。ロイはそう考えていた。
「結局」
二人の沈黙を破ったにはウルフレッドだった。
「俺たちは手を組む他ないのさ。手を組まなければ俺たちもあんたらも、背後を敵に突かれることになる」
もし同盟を破棄することがあればロッドミンスターはナプスブルクの背後を襲う。隠すこともなくウルフレッドはそう述べたわけだ。
ロイはそれに対し口を開いた。
「そちらの背後をナプスブルクが脅かすことはない。私の目は目下北を見ているからな。とすれば貴国が恐る事態はただ一つ」
ウルフレッドはそれを聞くと忌々しそうな顔を浮かべて、「ああ」と相槌した。
「つまり、海を挟んだ大国、イシュマール帝国か」
「ご明察で。摂政殿」
「あの巨大な帝国は内乱によって荒れに荒れていたと聞く。それが治ったというわけか」
「……選帝侯。つまりあの国の権力者たちを従えて国をまとめたのは若干十八歳の皇女様だそうだ。策謀渦巻く宮中で、男兄弟たち全てを有力領主である選帝侯たちの謀略で失い、一時は自身の命すら危うい状況から立ち直りつつある。どれがどうしたわけか選帝侯たちの支持を取り付け、女帝として君臨したのつい前年のことだ」
「それで、その大国の恨みをあなたが買ってしまったと」
ロイのその言葉を聞いたウルフレッドは大きくため息を吐いてみせる。この時、少しだけ男が素顔を見せたような気がした。
「俺の兄、マシューデルの息子と、俺の妹がイシュメールに亡命した」
「捕らえられなかったのか」
「無理だった。有能な奴が一人いてな。家臣に欲しかったが……」
「それで、亡命した二人が再びロッドミンスターに帰ってくると。イシュメールの大軍を連れて」
「数年でそうなる。必ずだ。あの国の新たな女帝は国を統治するための権威と実績を欲している。それを得るのにうってつけだからな」
「ロッドミンスター単独で迎撃できるのか?」
「無理。絶対に無理だ。そこまで自惚れてはいない。選帝侯一人の軍勢相手に数ヶ月防衛できるかどうかといったところが現状だ」
「その有様ではナプスブルクが加わったところでどうにもならないのではないか」
「かもな、摂政殿。だから俺はこの数年でよほどのことをやって見せなければならないんだ。あんたと争ってる暇なんてこれっぽちもない」
「そうか、それはよかった」
ウルフレッドは自分の予想に反し、ロイが不気味なほどに落ち着いていることに気づき、狼狽を見せた。
「摂政殿……あんた、何を企んでいる?」
ウルフレッドが見つめる先にいるロイは、静かに、そして不気味に微笑みをたたえていた。
迎賓室のドアが叩かれた。フィアット王がやってきたのだろう。
このわずか数分の内に、この王は腰を抜かすことになる。そして同席するウルフレッドすらも驚愕する一手が、ロイの口から語られたのである。
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